ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.10
日本航空高等学校 吹奏楽団

コロナ禍も3年が過ぎ、ぶらあぼ編集部では多くの音楽家から吹奏楽部の苦難の状況を耳にしてきました。そこで吹奏楽と言えばこの方、吹奏楽作家のオザワ部長が吹奏楽部を応援するこのシリーズ。音楽へひたむきな情熱を燃やす若者の姿は、見ている私たちも元気にしてくれます。

混迷のウクライナからも……1/3が留学生の多国籍吹奏楽団!

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 専用練習場「ウイングホール」に集まった日本航空高等学校 吹奏楽団の団員45人は、音楽監督である千野こころ先生の指揮で合奏練習を行なっていた。曲は吹奏楽ポップスの定番のひとつ、《オーメンズ・オブ・ラブ》だ。

 よく見ると、この吹奏楽団は一般的な高校の吹奏楽部と違っている点があった。ひとつは、服装。男子はパイロット風、女子はキャビンアテンダント風の服装をしている。それが日本航空高校の制服だ(制服はほかにも何パターンかある)。

 そして、もうひとつの大きな違いが、団員たちの顔立ち。一見しただけでも彫りの深い顔立ちの者もいれば、金髪の者もいるのがわかる。実は、日本航空高校の団員45人のうち、3分の1にあたる15人が留学生なのだ。

 山梨県甲斐市にある日本航空高校の吹奏楽団は、約1年前にも本連載で取り上げ、学校内に滑走路や旅客機のモックアップがあるユニークな学校のバンドとして紹介した。

 当時もモンゴルからの留学生が所属してはいたのだが、さらに留学生の割合が増えている。みな日本での大学進学や就職、あるいは日本語を習得して通訳になることなどを目指して来日している。国籍はモンゴルが12人、トルコとキルギスが1人ずつ——そして、ウクライナが1人。

 現在、ロシアによる侵攻に揺れているウクライナからやってきたのは、金色の髪に大きな優しい瞳を持つオレクサンドル・コロペツキ。愛称はサシャ。ウクライナ西部の、美しい歴史的建造物の多いイヴァーノ=フランキーウシク出身だ。

右:サシャことオレクサンドル・コロペツキさん

「サシャはお兄さんとふたりで難民として来日しました。日本航空高校はウクライナ難民を受け入れていて、学校の敷地内にある住宅で暮らしています。いまは附属中学校の3年に在籍しています」
 千野先生はそう語る。

 当初、サシャは吹奏楽団に入っていなかった。昨年の11月、楽団は《ディープ・パープル・メドレー》を練習していた。あるとき千野先生は、メドレーの中の1曲《スモーク・オン・ザ・ウォーター》の前奏部分(有名なギターのリフ)を外でサシャがギターで弾いているのを見かけた。きっと楽団の演奏を聴いて弾きたくなったのだろうと千野先生は思った。

「音楽が好きなら、一緒にやらない?」
 千野先生がそう声をかけたことがきっかけになり、サシャは吹奏楽団の一員となった。いまはアルトサックスを練習中だ。

練習風景

「戦争を避けるため、日本に来ました。でも、もともと日本がいちばん好きな国で、行ってみたいと思っていました。ウクライナにいるころから『けいおん!』や『ワンピース』などの日本のアニメや車が好きでした。それに、日本の女の子は小さくて、顔が可愛いので好きです」
 サシャはそう言うと、照れくさそうに顔を赤らめた。

 ウクライナが戦火に巻き込まれた後、状況をつかめないまま来日した。山梨の日本航空高校では明るく毎日を過ごしているサシャだが、やはり心の奥底には祖国への思いが押し込められている。

「日本語を覚えるのも早いし、部活が大好きで、みんなの弟という感じです。練習中には悲しそうな顔を見せたことはないですが、ポツリと『ウクライナに帰りたい』と漏らしたこともありました。私自身にとって、以前はウクライナでの戦争は遠い世界のことのようでしたが、サシャに出会ってからは自分にも関わりのあることとして考えるようになりました」
 3年生で団長の松永野々花はそう語った。

左より:松永野々花さん、千野こころ先生

 留学生が多いと、日本人だけの部活と違う難しさがある。

 たとえば、トルコ人のセルウェルとキルギス人のイスラムはイスラム教徒。食事はハラルフード(宗教上許された食品)だし、年に一度はラマダン(断食月)がある。ラマダンのときは日の出から日没まで水も食べ物も口にしてはならない。

 習慣の違いはもちろん、日本語をある程度習得するまでは意思疎通が難しい点もある。
 だが、それはメリットにもなると野々花は言う。
「日本人の団員はみんな必死に身振り手振りでコミュニケーションしようとしているうちに積極的になる気がします。日本とは違う文化も自然と学べます。普通の学校の吹奏楽部ではなかなか経験できないことだと思います」

 部活動や「先輩・後輩」という年功序列の考え方は日本特有だと言われている。だが、意外にも留学生はそれらをポジティブに受け入れている。
「部活は初めてですけど、楽しいです。先輩を尊敬していますし、早く後輩がほしいです」
 サシャはそう言っていたし、ほかの留学生たちも同じだと千野先生は語る。
「実は、コンクールに対しても留学生は前向きです。細かいところを繰り返し練習することも厭わないですし、メンバーになってコンクールに出たい、と真剣に練習しています」

左:ソドくんことルハグワドルジ・ソドバヤルさん

 ルハグワドルジ・ソドバヤルはウランバートル出身のモンゴル人。愛称はソド。クラリネット担当の高校2年生だ。

 ソドは昨年7月に来日し、吹奏楽団に入った。今年1月9日に行われた山梨吹奏楽コンクール新人戦でほかの留学生たちとともに初めてコンクールに参加。3月29日には関東各県・山梨・石川の代表校が集まる首都圏学校交歓演奏会にも出場した。

「心臓が痛い……」
 本番前、ソドは緊張した状態をそう表現した。同じパートの団長、野々花には「しっかり音を出してまわりと合わせるように」と言われていたが、ソドは気弱になって音を小さくしてしまい、演奏後に「ごめんなさい……」と野々花に謝った。

 今年度、日本航空高校はコンクールのB部門(30人まで)に出場する予定だが、そうすると15人がサブメンバーになってしまう。ソドは「選ばれないかもしれない」と泣いたことがあった。

 ソドの反応は、どれも日本人の学生と同じだ。根っこにある感情や心理に違いはない。そんなことがリアルにわかるのも日本航空高校ならではだ。

 首都圏学校交歓演奏会で演奏した自由曲は鈴木英史作曲《大いなる約束の大地~チンギス・ハーン》。ソドたちモンゴル出身のメンバーは祖国の英傑をテーマにした曲が選ばれたことを喜び、大会が終わった後もときどき個々に演奏しているという。

 いまは今年度の夏のコンクールに向けて本格的に動き出し始める時期だ。

 言語や習慣、伝統、文化、宗教が違う異国からやってきた留学生たち。戦争で祖国を離れざるを得なかった少年。そして、日本人の学生たち。日本航空高校吹奏楽団の45人は、吹奏楽を通じて心を通わせようとしている。楽団の活動を通じて、お互いの違いを受け入れ、同じ人間として共通する部分でつながり合おうとしている。

 日本の学校吹奏楽史上、極めて稀な多国籍バンドがどんな音楽を奏で、どんなサウンドを響かせるのか——。
 日本航空高校吹奏楽団の今後に注目したい。
(ぶらあぼ2023年6月号より)

留学生の皆さん

編集長’s voice  – 取材に立ち会って感じたこと –
今回2回目の取材となった日本航空高校。残念ながら今回は滑走路越しの富士山は見えなかったが、八ヶ岳や南アルプスはうっすらと見え、つい深呼吸したくなる。そんな自然に囲まれた広々とした環境の校舎に様々な国の言語が飛び交っている。吹奏楽団にも15人!の留学生がいる。言葉だけでなく習慣や宗教も異なり、取材に行ったときにもちょうどラマダンの期間中という留学生が!取材中はカタコトの日本語や英語でコミュニケーションをとっていたが、演奏中は言葉はいらない。音楽を通じて留学生と交流ができるなんて吹奏楽は素晴らしい。

『空とラッパと小倉トースト』
オザワ部長 著
学研プラス 音楽事業室 ¥1694

⬇️⬇️⬇️これから開催される“吹奏楽”の公演を「ぶらあぼコンサート検索」でチェック⬇️⬇️⬇️