ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!
vol.1 さいたま市立浦和高等学校 吹奏楽部

コロナ禍も3年目、ぶらあぼ編集部では多くの音楽家から吹奏楽部の苦難の状況を耳にしてきました。そこで吹奏楽と言えばこの方、吹奏楽作家のオザワ部長に登場いただき吹奏楽部を応援する企画を始めます。まだマスクが取れない日々ですが、音楽へひたむきな情熱を燃やす若者の姿は、見ている私たちも元気にしてくれます。
vol.1 さいたま市立浦和高等学校 吹奏楽部
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写真・取材・文:オザワ部長(吹奏楽作家)

「せっかく楽しい曲なのに、私たちが演奏するとなんだかつまらなくなっちゃうな……」

 埼玉県のさいたま市立浦和高校吹奏楽部の3年生で、部長を務めるバリトンサックス担当・当麻野乃(たいまのの)は悩んでいた。

 吹奏楽コンクールの課題曲は5曲。その中から市立浦和が選んだのは奥本伴在(ともあり)作曲《サーカスハットマーチ》だった。タイトルのとおり、次々とサーカスの演目が繰り広げられるような賑やかな行進曲だが、どうも思うような演奏ができないのだ。

 毎年行われている吹奏楽コンクールのA部門(大編成)では、各団体は課題曲と自由曲を合計12分以内で演奏し、審査を受ける。埼玉県の場合、地区大会、県大会で代表校に選ばれ、埼玉県・群馬県・新潟県・山梨県の代表校が集まって行われる西関東大会で上位3校に入ると、全日本吹奏楽コンクール(全国大会)に出場できる。

 10月に名古屋で開催される全日本吹奏楽コンクールに出ることは市立浦和にとって悲願だ。これまで西関東大会で金賞(成績上位の団体に与えられる)を4回受賞している強豪バンドだが、全国大会にはまだ一度も手が届いていない。
 夢の舞台に立つためにも、課題曲《サーカスハットマーチ》をどう仕上げていくかがまさに「課題」だった。

 市立浦和は昨年のコンクールで西関東大会まで進出したため、今年は地区大会はシードとなり、8月10日の県大会が初戦。まだ日にちはあるが、のんびりしてはいられないことを部長の野乃はわかっていた。これまでもコロナ禍で部活停止や活動制限などがあったし、今後も急に練習できなくなるときが来ないとも限らない。

 サックスパートの同期で、アルトサックスを担当している杉山陽菜(はるな)も「演奏が平板になっちゃう。課題曲、どうしたらいいんだろう」と野乃と同じ悩みを抱えていた。

 市立浦和の3年生はコンクールが終わった時点で引退となる。西関東大会止まりなら9月上旬だが、全国大会まで行けば10月下旬まで部活ができる。進学校だけに受験のことも気になるが、ふたりとも「大好きな部活をできるだけ長くやりきってから受験に取り組みたい」と思っていた。

 そんなとき、ぱんだウインドオーケストラのコンサートと前日のリハーサルを見学できる、という話が舞い込んできたのだった。

公開リハーサルを見学

 注目の若手プロ吹奏楽団であり、コンサートマスターの上野耕平(サクソフォン)を中心に各地でのコンサートやメディア出演などで活躍しているぱんだウインドオーケストラ。4月28日に、世界を股にかけて活躍する山田和樹を指揮に迎え、所沢市民文化センター ミューズでコンサートを開催することになっていた。しかも、チケット購入者は前日の公開リハーサルを見学できる特典付きだ。

 曲目には、吹奏楽の名曲《アルメニアン・ダンス パートI》(アルフレッド・リード)や上野がソロを務める協奏曲《バラード – アルト・サクソフォンと吹奏楽のための》(同)のほか、今年度の吹奏楽コンクール課題曲全曲も含まれていた。

 野乃や陽菜たち市立浦和高校吹奏楽部のメンバーにとっては、自分たちが演奏する予定の《サーカスハットマーチ》の演奏を学べるこれ以上ないチャンスだ。

 ふたりは、同じサックスパートの3年生の上郡山由夏(かみこおりやまゆか)、平林綾華、石澤花音(かのん)、川北裕暉(ゆうき)、さらに顧問の小泉信介先生を加えた7人で本番前日のリハーサルを見学した。

「指揮者の山田さんが伝えたイメージを、すぐに上野さんたち奏者が演奏で表現できるのがすごい」
「自分たちと同じ楽器を使っているのに、聴いたことがないような音が響いている」
「自分のパートが休みのときでも、しっかり音楽に集中して、演奏に参加しているような雰囲気が伝わってくる」

 6人は初めて目にするプロのリハーサルに驚きを隠せなかった。

 何より全員が感じていたことは、「音楽を奏でる楽しさや喜びが伝わってくる」ということだった。それは、ともすると自分たちが忘れてしまいがちになるものだった。

質問に答える上野耕平さん

 リハーサル終了後、市立浦和の6人と小泉先生は特別に楽団のはからいで上野に質問をする時間をもらった。

 部長の野乃はやや緊張しながらこう尋ねた。
「私は本番の前日に不安になったりするんですけど、上野さんは何を考えていらっしゃいますか?」

「考えるよりも、リラックスしてしっかり寝るようにしています。練習はやってもやっても不安は消えないので、前日はやりすぎないことが大事ですね」
 上野は微笑みを浮かべながら答えてくれた。

 陽菜はこんなことを質問した。
「上野さんは小学生から吹奏楽を始めたそうですが、大人になって気づいた吹奏楽の面白さはありますか?」

「たとえばサクソフォンとクラリネット、サクソフォンとトランペットが一緒に吹いたときに音が混ざり合って何の楽器かわからない良い音がするんです。そこがオーケストラとの違いで、大人になって面白いと気づいたところ。でも、まだまだ吹奏楽は進化できるし、未知の領域があると思うから、すごくやりがいがある音楽だと思います」

 その後、上野は6人の高校生に向かってこう語った。
「演奏で音を外したからって命を取られるわけじゃないんだから、どうやったら楽しくなるかっていう方向に音楽を持っていったほうがいいですよ。『失敗しないように』なんて思っていたら、楽しい音楽はできない。自分もいつも大事故を覚悟で吹いているし、もし大事故を起こしたとしてもちょっと恥をかくだけ。吹奏楽コンクールもそうでしょう。失敗を恐れず、思い切り表現したほうが伝わる。それこそが金賞よりも価値があることだと思いませんか?」
 その言葉は、野乃や陽菜の心に刺さった。

左から当麻野乃、川北裕暉、石沢花音、杉山陽菜、上郡山由夏、平林綾華

 翌日、野乃たち6人は同じ会場で行われたぱんだウインドオーケストラと山田和樹による演奏会本番に足を運んだ。そして、上野が語った「どうやったら楽しくなるか」の答えを耳で、目で、心で感じ取った。

 そこには、各奏者の表現の自由さがあり、複数の楽器の音のブレンドがあり、瞬間瞬間に生まれでてくる合奏のライブ感があった。特に、課題曲《サーカスハットマーチ》は目まぐるしい場面の変化がユーモラスに表現されていた。

 部長の野乃は思った。
「コンクールに向けて課題曲を突き詰めて練習していくとだんだん苦しくなってきてしまう。でも、『ここはどう吹きたい?』と場面ごとの表現を考えていったら、上野さんが言う『楽しさ』を見つけていけるんじゃないかな……」

 陽菜は、奏者同士の目に見えない演奏中のコミュニケーションに気づいた。
「プロの皆さんは、楽譜に沿って自分のパートを演奏するだけでなく、まわりの音を聴きながら一緒に音楽をつくり上げているんだ。私たちもそんなふうにやってみたら、楽しい演奏ができるかも」

 野乃たち3年生にとって、高校生活最後の吹奏楽コンクール。出るからには、その頂点である全国大会に出場してみたい。最高賞である金賞を手にし、歓喜に酔いしれたい。

 けれど、何より大切なのは、たとえコンクールであっても楽しい音楽を奏でること。そのために、失敗を恐れず、自分がやりたい表現に挑むこと。自分たちは吹奏楽が楽しいから、吹奏楽が大好きだから、毎日部活に没頭しているのだ。コンクールも、楽しもう。

 ステージ上では、ぱんだウインドオーケストラと山田和樹の熱演が続いていた。と、それに重なるように、コンクールの舞台で楽しげに演奏する市立浦和高校吹奏楽部の姿がおぼろげに浮かんできた。

「それこそが金賞よりも価値があることだと思いませんか?」

 心によみがえってくる上野の言葉とともに、野乃や陽菜たち市立浦和高校吹奏楽部は夏に向けて走り出していく。

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