ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.12
島根県立出雲商業高等学校 吹奏楽部

コロナ禍も3年が過ぎ、ぶらあぼ編集部では多くの音楽家から吹奏楽部の苦難の状況を耳にしてきました。そこで吹奏楽と言えばこの方、吹奏楽作家のオザワ部長が吹奏楽部を応援するこのシリーズ。音楽へひたむきな情熱を燃やす若者の姿は、見ている私たちも元気にしてくれます。

ピンク衣装の花々が大阪城ホールに咲き乱れる日まで

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 島根県立出雲商業高校吹奏楽部の3年生、チャオはファゴットを担当している。「チャオ」というのは部活でつけられたあだ名で、本名は山根采華。吹奏楽を始めたのは高校からだ。

 中学まではソフトテニス部でラケットを振っていたチャオは、「進学も就職も強いから」という理由で出雲商業高校に入学した。出身中学は出雲市立第一中学校。吹奏楽部は全日本吹奏楽コンクールになんと49回も出場している、全国にその名が轟く名門だ。

 中学時代のチャオは「吹奏楽部って厳しそうだな」と部活の様子を横目で見てはいたが、興味はまったくなかった。

 ところが、高校の入学式の日、華やかなピンク色の衣装で新入生歓迎の演奏をする吹奏楽部の姿に心を奪われた。スウィングジャズのスタンダードナンバー《It Don’t Mean A Thing》を演奏しながら、脚で激しいステップを繰り返し、体を揺らす。まるでダンスだ。吹奏楽というと椅子に座って演奏するイメージだったチャオは驚いた。女子部員のピンク色のケープが翻り、ミニスカートが揺れていた。男子部員のスラックスを穿いた脚もキビキビと動く。演奏の合間には笑顔を振りまき、新入生に手を振る。そんな吹奏楽部員たちの姿はキラキラ輝いていた。

(うわっ、カッコいいな……!)

 チャオは特にトランペットを演奏している女子の先輩に注目した。外見はボーイッシュで、脚を前後左右に素早く動かすステップのキレがすごかった。時折見せる笑顔に胸がときめいた。

(私もあの先輩みたいになれたらいいな)

 チャオは思い切って初心者で吹奏楽部に入部することを決めた。

 憧れの先輩と同じトランペットを希望したが、同期に誰も経験者がいないファゴットを任せられることになった。
「待って! この楽器、指の数よりキーが多いんだけど!」
 演奏の難度が高いファゴットに悪戦苦闘しながらも、チャオは部活にのめり込んでいった。

山根采華(ことは)さんと片岡利之先生

 島根県出雲市は「吹奏楽王国」と呼ばれ、出雲一中をはじめ吹奏楽が盛んな学校が集まっている。中でも出雲商業はマーチングの名門として知られている。

 1964年に創部され、マーチングに取り組み始めたのは2012年。国内外で人気の京都橘高校吹奏楽部のマーチングスタイルから学び、衣装も京都橘のケープ+ミニスカートをリスペクトしたデザインの通称「ピンク衣装」にした。そして、「マーチングの聖地」と呼ばれる大阪城ホールで毎年開催されている全日本マーチングコンテストにも7回出場している。イベントなどに出演すると、多くのファンが来場する人気ぶりだ。

 マーチングとは、30メートル四方のフロアで演奏しながら、行進やパフォーマンス(演技)を披露する吹奏楽の一ジャンル。多くの学校は行進する速さや方向を変えたり、奏者で図形や文字を描いたりすることが多いが、出雲商業はそれに加えて「ステップ」と呼ばれる両脚を激しく動かすダンス的な動きをしている。

ダンスの振り付けはこのふたり
ドラムメジャーの河原乙加(おとか)さんとマーチングリーダーの小村彩さん

 そもそも吹奏楽部は文化部なので、部員には運動が苦手な者も少なくない。ステップともなればなおさらだ。しかし、運動部出身のチャオは行進やステップの動きを感覚的に身につけられた。特に、右、左と軸になる脚を変えながら交互に飛び跳ねるような「バトン」という動きは得意だった。体力づくりのための体幹を鍛えるトレーニングなども苦にならなかった。中学時代の経験が生きたのだ。

 一方、やはりファゴットの演奏には苦戦が続いた。しかも、演奏しながら動かなければいけないし、楽譜もすべて暗譜だ。そして、いくら苦戦していても、マーチングの演奏・演技のときには「出商(いずしょう)スマイル」と呼ばれる、キラキラ輝く笑みを浮かべることになっている。

「少しでもみんなに追いつかな!」
 必死に笑顔を作り、ファゴットを吹きながらステップを踏む日々が続いた。

 チャオが1年生だった2021年11月、出雲商業は全日本マーチングコンテストに出場することになった。

「ここがマーチングの聖地なんだな!」
 驚くほど広い大阪城ホールに感動を覚えながら、チャオはピンク衣装のスカートの裾を弾ませ、部員たちとともにフロアに飛び出していった。そして、何度も何度も練習してきたマーチングを披露した。吹奏楽部に入って初めての大舞台に「間違えたらいけん!」と緊張しながらファゴットを吹き、ステップを踏んだ。

 楽しさもあったが、やはり「うまくできた」とは言えなかった。

 出雲商業の出番の直後に、目標としている京都橘が出演するという嬉しい偶然もあった。

 審査結果は出雲商業は出場校の下位約3分の1に与えられる銅賞。京都橘は金賞だった。チャオは、残念ではあったが、吹奏楽部に入って7カ月ほどで大舞台を経験できたことが嬉しかった。
 そして、「来年はもっと上を目指そう」と思った。

 ところが、翌年のマーチングコンテストで出雲商業は全国大会の前の中国大会で代表に選ばれず、大阪城ホールに進めなかった。

 心にズンと来る喪失感を覚えながらも、チャオの心は「来年こそは絶対大阪城ホールへ行こう!」と燃え始めていた。

躍動感あふれるパフォーマンス!

 現在、出雲商業の顧問は片岡利之先生だ。出雲育ちで、2015年には出雲商業の近くにある島根県立出雲高校吹奏楽部を率いて全日本吹奏楽コンクールにも出場したことがある。

「中国大会では演技は評価が高いけど、演奏が低い。そこがうちの弱点だけん、冬場に演奏力を鍛えよう」

 先生の指摘に従って、チャオたちは基礎から徹底して練習した。また、チャオはファゴット経験者である片岡先生から直接演奏上の指導も受けた。春を迎えるころ、チャオは、自分も仲間たちも確実に上達してきているという手応えを感じた。

 4月になって新入部員を迎え入れた。全部員で51名。最大81名まで出場できるマーチングコンテストでは、人数が少ないと迫力やダイナミックさで不利になる。しかし、部員同士の団結力や華麗なステップでそれを跳ね返し、全国への扉を開くつもりだ。

 人気の出雲商業は、春以降、毎週のようにイベントなどに招かれてピンク衣装で演奏やパレードを行ってきた。
「やっぱお客さんの拍手や歓声は、うちらのパワーの源だ!」
 チャオたちはモチベーションを高め、さらに練習に打ち込んだ。

 今年度の部活のスローガンは「桜梅桃李」。桜・梅・桃・李(すもも)のように、部員一人ひとりが個性的な花を咲かせながらみんなでまとまっていこう、という意味が込められている。

 ピンク衣装に身を包んだ51輪の花が大阪城ホールに咲き乱れる日まで——チャオたち出雲商業は力強く歩み続けていく。


編集長’s voice  – 取材に立ち会って感じたこと –
ぶらあぼブラス!初の山陰シリーズ。これから2号にわたって島根県出雲市の高校をご紹介します。まず最初は出雲商業高校。すでにYouTubeでも再生数75万回という動画もあるマーチングの有名校。取材中の演奏後も「生徒に任せていますから」と穏やかに微笑む片岡先生。生徒たちものびのびと音楽を楽しんでいる様子が伝わってきて、こちらまで思わずニコニコしてしまう。「自らが音楽を楽しむ」、周りの人も楽しい気持ちにさせる秘訣ですね。

『空とラッパと小倉トースト』
オザワ部長 著
学研プラス 音楽事業室 ¥1694

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