●vol.1 さいたま市立浦和高等学校 吹奏楽部
●vol.2 茨城県立境高等学校 吹奏楽部
●vol.3 日本航空高等学校 吹奏楽団
●vol.4 東海大学菅生高等学校 吹奏楽部
●vol.5 尼崎市立尼崎双星高等学校 吹奏楽部
●vol.6 秋田県立秋田南高等学校 吹奏楽部
●vol.7 千葉県立国府台高等学校 吹奏楽部
●vol.8 高校生による夢の吹奏楽コンサート
●vol.9 和歌山県立星林高等学校吹奏楽部
●vol.10 日本航空高等学校 吹奏楽団
●vol.11 日本ウェルネス高等学校 吹奏楽部
●vol.12 島根県立出雲商業高等学校 吹奏楽部
●vol.13 出雲北陵高等学校 吹奏楽部
●vol.14 柏市立柏高等学校 吹奏楽部
●vol.15 横浜市立保土ケ谷中学校 吹奏楽部
●vol.16 北海道札幌国際情報高校 吹奏楽部
●vol.17 駒澤大学附属苫小牧高等学校 吹奏楽局
●vol.18 船橋市立船橋高等学校 吹奏楽部
●vol.19 第51回マーチングバンド全国大会
●vol.20 生駒市立生駒中学校 吹奏楽部
●vol.21 京都橘高等学校吹奏楽部
●vol.22 洛南高等学校 吹奏楽部
●vol.23 スペシャル対談 上野耕平&児玉隼人
●vol.24 沖縄県立小禄高等学校 吹奏楽部
●vol.25 佐賀学園高等学校 吹奏楽部
●vol.26 中村明夫(長崎短期大学保育学科准教授)
●vol.27 石川県立金沢桜丘高等学校 吹奏楽部
●vol.28 第72回全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部レポート
マエストロの指揮するプロオケと「本気」で共演した中学生たち
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
9月16日、ヴェルディ作曲《歌劇「アイーダ」より“凱旋行進曲”》の勇壮な響きが横浜みなとみらいホールを満たしていた。指揮するのはマエストロ横山奏さん。演奏は神奈川フィルハーモニー管弦楽団……だけではない。
プロのオーケストラの後方で楽器を奏でているのは、なんと制服姿の中学生たち。横浜市立保土ケ谷中学校吹奏楽部だったのだ。
神奈川フィルと横浜18区の子どもたちが共演する夢のコンサート企画「ヨコハマ・ネクストコンサート」。記念すべき第1回に選ばれたのが保土ケ谷区にある保土ケ谷中学校吹奏楽部だ。
現在、部員は86名。顧問である山田康二先生の指導のもと、賑やかに活動している保土ケ谷中は、一昨年は吹奏楽コンクールで全国大会の一歩手前の東関東大会にまで進出した。だが、昨年は新型コロナウイルスの影響で出場を辞退するという悔しさを味わった。
「私も生徒たちも、コンクールは勝つためではなく、より多くの人に自分たちの演奏を聴いてほしい、そのために上位の大会に進みたい、という思いで取り組んでいます。昨年はその機会を奪われ、みんながやり場のない悲しみに沈みました」
山田先生はそう語る。今年は無事東関東大会に出場できた保土ケ谷中に、神奈川フィルとの共演という願ってもないオファーが舞い込んだ。
保土ケ谷中がコンサートで演奏するのは《喜歌劇「微笑みの国」セレクション》(レハール)など3曲。それに加え、神奈川フィルの顔とも言えるコンサートマスターの石田泰尚さんの、ヴァイオリンソロとのコラボで《ジェラシー》(ゲーゼ)と《君の瞳に恋してる》(クルー、ゴーディオ)の2曲を演奏。さらには、神奈川フィルとともに《横浜市歌》(南能衛)、《歌劇「アイーダ」より“凱旋行進曲”》(ヴェルディ)まで披露することになっていた。
しかも、《ジェラシー》《君の瞳に恋してる》《アイーダ》の指揮は横山奏さん。司会は横浜出身のふかわりょうさんだ。会場となるみなとみらいホールで、一流のプロオーケストラやマエストロ、芸能人と共演するのだ。
これ以上ないほど豪華なイベントだが、保土ケ谷中の部員たちはほぼ全員が中学校から楽器を始めたごく普通の中学生だ。それだけに、このコラボレーションはかなりのプレッシャーになるのではないかと思われた。
本番1週間前の9月9日、保土ケ谷中では横山さんによるレッスンが行われた。
体操着姿で一生懸命楽器を奏でる中学生たちに向かい、指揮をするマエストロの表情は真剣そのものだった。
「直線的にリズムを取りすぎてるね」
「もう少し耳を使って」
次々に細かい演奏上のアドバイスが飛ぶ。中学・高校と吹奏楽部で過ごしたという横山さんだが、中学生が相手であっても手加減や妥協はない。練習場所にはピリッとした空気が流れていた。
「中学生だからクオリティを下げて、とは一切考えていません。プロオケと一緒に本気の演奏をし、本物を体験することで、音楽に目覚めてほしいと思っています」
実は、事前に山田先生からも「プロと同じようにお願いします」とリクエストがあったのだという。そして、白熱のレッスンの休憩時間、マエストロは山田先生に「本当に普通にやっちゃってごめんね」と言ったが、先生は心から光栄に感じたという。
では、中学生たちはどうだったのだろう?
「プロの指揮者に指導していただくのも初めてでしたが、山田先生が『プロと同じように』と言ってくれて、横山先生も本気で指導してくださったのが嬉しかったです」
部長でファゴット担当の3年生、廣瀬聡美(ひろせさとみ)さんはそう語った。また、合奏中にドラムセットを担当していた3年生の副部長、石山和佳(わか)さんはレッスン中に横山さんから多くの指摘を受けていたが、あどけない顔には明るい笑みが浮かんでいた。
「ドラムについていろいろ言われちゃったんですけど、新発見が多かったし、休憩時間に横山先生から『良くなったね』と言われたのがめっちゃ嬉しかったです!」
石山さんはそう言うと、本番を見据えてこう付け加えた。
「神奈川フィルだけが中心にならないようにしたい。『中学生だから』とかじゃなく、シンプルに『保土ケ谷中はすごい』と思ってもらえる演奏をしたいです」
部員たちはマエストロの指導にヘコむどころか、逆にモチベーションを高めてコンサートに向かおうとしていたのだった。
迎えた本番当日。神奈川フィルの奏者による荘厳なファンファーレに続き、保土ケ谷中は客席に詰めかけた大観衆の前で3曲を演奏した。
続いては、石田さんのヴァイオリンソロとの共演。指揮は横山さんだ。《ジェラシー》はタンゴのリズムが難しく、中学生たちは練習でかなり苦戦していた。しかし、本番は石田さんのリードを受けながら堂々と演奏し、ヴァイオリンとの音の絡み合いを楽しむ余裕も感じられた。《君の瞳に恋してる》ではアップテンポの明るい曲調に部員たちの心も乗っている感じが伝わってきた。
終演後、石田さんは中学生との共演の感想をこう語った。
「昨日から何度も合わせる練習をしましたが、本番がいちばん良かったです。貴重な財産になったんじゃないかと思います」
きっと名プレイヤーの音や表現、所作など、一つ一つが中学生たちにとって大きな刺激と学びになったことだろう。
休憩の後、神奈川フィルのみで吹奏楽曲をアレンジした《エル・カミーノ・レアル》(リード)や《組曲「火の鳥」1919年版より》(ストラヴィンスキー)など3曲を演奏。
そして、いよいよ神奈川フィルとの合同ステージとなった。
中学生たちはステージ後方やオルガン前の席にセッティングし、まず山田康二先生の指揮で《横浜市歌》を演奏。初めてプロを前にして指揮するという先生は緊張の面持ちだったが、オケと吹奏楽がどちらも生きる編曲を、中学生たちはオケに負けず劣らずいきいきと奏でた。
そして、横山さんの指揮による神奈川フィルと合同での《アイーダ》。オーケストラの美しく柔らかな音に、中学生たちの明るくキレのいい吹奏楽サウンドが見事にとけ合い、ゴージャスな音楽がホールに満ちた。演奏が進むにつれて、中学生たちがプロ奏者の音を聴き、それに合わせ、両者がひとつに融合していくというリアルタイムの進化が見られたのが印象的だった。
アンコールの《星条旗よ永遠なれ》(スーザ)は吹奏楽では定番の行進曲で、オーケストラにも編曲されているが、吹奏楽とオケが一緒に演奏するのは非常に珍しい。
途中のピッコロソロは保土ケ谷中3年の東川心音(ひがしかわ ここね)さんが堂々と演奏した。実は、当日のゲネプロの際にマエストロから「ソロのところ、暗譜してるか?」と聞かれて、「できます!」と答え、急遽ソロ演奏が決まったのだという。東川さんは物怖じしない吹きっぷりと会場の奥までよく通る音で観客を驚嘆させた。
曲が終盤になると神奈川フィルと保土ケ谷中は「プロと中学生」というよりは「ともに音楽を奏でる仲間」となり、ともにリズムに乗って軽快な演奏を披露。観客たちも手拍子でそこに参加した。
最後の音がジャンッと響くと同時に、客席から喝采が巻き起こった。マエストロと神奈川フィルのメンバーは、後方にいる紅潮した顔の中学生たちを拍手で称えた。
終演後、ホルン担当の3年生、副部長の川上陽己子(ひなこ)さんはこう語ってくれた。
「最初は緊張したし、神奈川フィルの演奏はすごすぎたけど、その音を学びながら吹くことができたと思います。最後の《星条旗よ永遠なれ》では会場全体が一体になった感じがして感動しました」
横山奏さんも、中学生のパフォーマンスに満足の様子だった。
「私たちの想像を越えていく中学生の力に驚きました。もしかしたら、この中から未来の神奈川フィルメンバーが生まれるかもしれませんね」
事前に横山さんが語っていたように「プロオケと一緒に本気の演奏をし、本物を体験」した保土ケ谷中学校吹奏楽部。横山さんからは、最後にこんなアドバイスがもらえた。
「音楽の中心というより端っこにあるもの、ごく小さなものを全力で油断せずに練習することが大事です。そうすると、音楽はどんどん難しくなり、『自分は下手になったんじゃないか?』と思ってしまいますが、それを乗り越えると楽しさや嬉しさを感じられるようになり、技術や経験も積み上がっていきます。ぜひこれからも頑張って音楽を続けてください」
プロの音楽家たちとの共演を見事にやり遂げ、大きく成長した保土ケ谷中学校吹奏楽部。ごく普通の86人の中学生が一流のプロ音楽家と共演するという大冒険は終わった。
この貴重な体験は「ヨコハマ・ネクストコンサート」という企画名のとおり、彼らの人生の「ネクスト」、横浜というまちの「ネクスト」、そして、オーケストラや吹奏楽の「ネクスト」につながっていくことだろう。
編集長’s voice – 取材に立ち会って感じたこと –
最初の取材は、本番1週間前の保土ケ谷中学校。一聴して「プロと共演して大丈夫かな・・・」というのが正直な感想。そして、想像を超えていたのが横山さんの指導。真剣そのもので容赦無く細かく止める。生徒たち大丈夫かな、落ち込んでないかな、と思いましたが、練習を終えて話を聞くとまったく逆の大きな笑顔。その表情から本番への期待が湧いてきましたが、まさにその通り。1週間前の練習とは見違えるほどの演奏でお客さんも大きな拍手!マエストロがリハーサル直後に言っていた通り、素晴らしい雰囲気のコンサートになりました。第2回のヨコハマ・ネクストコンサートも楽しみです。
『空とラッパと小倉トースト』
オザワ部長 著
学研プラス 音楽事業室 ¥1694
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