ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.13
出雲北陵高等学校 吹奏楽部

寮生活を送りながら全国の頂点を目指す!
山口県からやってきたエーストランペッター

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 早朝、今年度からできたばかりの真新しい学生寮を出ると、寮の背後には濃い緑を帯びた出雲北山が横たわっている。山からは白々とした霧が湧き上がり、「神話の国」とも呼ばれる出雲の風景を神々しいものに感じさせる。

 島根県の吹奏楽の強豪、出雲北陵高校吹奏楽部。3年生の原美月(みつき)は、そんな朝の空気を胸いっぱいに吸った。

 学校は寮のすぐそばにある。美月は吹奏楽部の専用練習場である黎明ホールに向かった。6年前にできた新しいホールだ。朝練は7時からだが、早い部員だと5時半ごろには練習を始めている。

 美月も楽器ケースから相棒のトランペットを取り出した。マウスピースを取り付け、チューニングと基礎練習を開始する。自身の呼吸器や唇の感触、楽器の中を通り抜けていく息の流れ、ベルから放たれる音の伸びや広がりを確かめながら、美月はロングトーンやスケール練習を念入りに行った。

 7時になると顧問の原田実先生が指揮台に上がり、おおよそ1時間の全体練習が始まった。今年の吹奏楽コンクールでは、課題曲《行進曲「煌めきの朝」》と自由曲《復興》を演奏することになっている。だが、曲練習はなく、チューニングや基礎練習だけで朝練は終わる。

 放課後の練習は16時から19時までの3時間。そのうちの半分以上はやはりチューニングや基礎練習。残りの短い時間にようやく曲の練習をする。これが出雲北陵のスタイルだ。

「基礎さえできていれば、どんな曲でも短期間で演奏できるようになる」というのが原田先生のポリシーなのだ。

トランペットの首席を務める原美月さん

 放課後の練習が終わると、20時までは自主練ができる。トランペットの1st首席(トップ)奏者である美月は、トランペットパートの5人のメンバーとともに黎明ホールを出ると、グラウンドに向かって楽器を構え、大きく吹き鳴らした。

「まだ音の響きが足らんけん、ネットの先まで飛ばす感じで吹いてください」
 美月が言うと、ほかのメンバーは「はい!」と答えた。日が暮れても外で思い切り楽器が吹けるのは、のどかな地域の特権だ。

 練習が終わると、美月は寮に帰る。出雲北山はすでに闇の中だ。

 寮は男女の居住スペースが分かれているが、食堂でつながっている。この日の夕食はひじきご飯にささみマスタードクリーム、肉団子と白菜など。ほかの寮生たちと会話しながら、美月は食事を楽しむ。栄養バランスが良い上に、美味しい。

 お腹を満たし、部屋へと戻る。本来は二人部屋だが、入居人数に余裕があるため、美月はひとりで部屋を使っている。
 新築の真新しい木の匂いを嗅ぎながら、美月はベッドに身を横たえ、1日の練習を振り返りながら眠りに落ちる。
 明日もまた、いっぱい練習して、もっとうまくなろう——。

寮の夕食

 大国主神を祀る出雲大社があることで知られる島根県出雲市に出雲北陵高校はある。私立の共学校で、吹奏楽部は1991年創設。約30年の歴史の中で全日本吹奏楽コンクールに14回出場し、金賞も2回受賞している。また、マーチングにも力を入れ、全日本マーチングコンテストにも10回出場している。

 名門の出雲北陵では現在、全国大会出場を夢見て、広島県や岡山県、山口県からやってきた12人の部員が寮生活を送りながら部活に励んでいる。

部長の和田結衣さん

 美月も山口県の出身だ。山口市立小郡中学校で吹奏楽部に入り、中2のときには夢の全日本吹奏楽コンクールに出場した。

 ただ、美月が好きだったのは、座奏よりも、行進やパフォーマンスをしながら演奏するマーチングだった。小郡中ではマーチングに燃えていたが、県内にはマーチングの強豪高校がなかった。

 そんなとき、動画共有サイトで出雲北陵のマーチングの映像を目にした。ハイレベルの演奏と動きに加え、トランペット奏者が華やかなソロを奏でている姿に、美月はハートを撃ち抜かれた。

「高校でもマーチングをやって 全国大会に行きたい!」
 美月は出雲北陵に進学しようと決意した。

 島根県は隣県だが、小郡市から出雲市まではかなり距離がある。縁もゆかりもない。入学はかなり思い切った決断だった。中3のときにコロナ禍で吹奏楽コンクールやマーチングコンテストが中止になったことも大きかった。

 入学当初は寮もなく、県外からやってきた美月たちは顧問の原田先生、マーチングを中心に指導する竹内康貴先生(出雲北陵の卒業生でもある)の自宅に下宿することになった。

 美月は5人の部員たちとともに原田先生のほうに住まわせてもらった。原田先生は母屋を部員たちに使わせ、自分たちは敷地内に建てた小さな建物で暮らした。美月は先生の思いやりに感謝した。

右:原田実先生、左:竹内康貴先生

 出雲での生活は心細く、最初の3カ月、朝は電話で母の「おはよう」という声を聞かずには起きられず、夜は「おやすみ」がないと寝られなかった。小郡よりも山や緑が多く、山陽新幹線の高架がない出雲の風景にはなかなか馴染めなかった。洗濯など身の回りのことは当然自分でやらねばならず、昼食も自炊が必要だった。部活で帰りは遅く、宿題もあるため、時間の使い方にも苦労した。

 だが、部活の先輩たちが「大丈夫?」と優しく声をかけてくれたし、地元の保護者たちも部活をサポートしてくれた。わざわざ事前に練習をして本番に楽器の運搬をしてくれたり、マーチングの全国大会のときにはお米を持参してカレーを作ってくれたりした。そういったことを嫌々ではなく、楽しそうにやってくれるのだ。美月たち県外からやってきた部員のことも可愛がってくれた。

「まるで島根のお父さんお母さんがいっぱいおるみたいじゃ」
 美月は出雲のまち、自然、人々に包まれながら、出雲北陵高校吹奏楽部の一員になっていった。 

 高1のとき、美月はメンバーとして全日本吹奏楽コンクール、全日本マーチングコンテストという2つの全国大会に出場。コンクールは銀賞、マーチングコンテストは最高賞の金賞を受賞。美月は部員たちと喜びを分かち合った。

 だが、高2だった昨年、吹奏楽コンクールの中国大会で代表校に選ばれず、全国大会出場を逃した。「コンクールの分も」と意気込んで臨んだ全日本マーチングコンテストは銀賞に終わった。

 高校生活最後の今年、美月は強い思いを抱いている。
「コンクールとマーチング、両方で全国大会金賞をとる!」

 寮には、自分と同じように親元を離れた1年生も入ってきた。
「寂しくてつらい気持ちはわかるよ。泣きたいなら一緒に泣いてあげるけん、頑張ろう」
 美月はそう言って1年生を励ました。また、トランペットの首席奏者として、演奏面でみんなをリードしてきた。

 今年の吹奏楽シーズンはすでに始まっている。出雲北陵は吹奏楽コンクール島根県大会で最優秀賞(1位)を獲得して突破。8月21日に昨年苦渋を舐めた中国大会を控えている。マーチングコンテストは9月17日に県大会、10月8日が中国大会だ。

 卒業後の進路はまだ決まっていないが、山口での進学を考えている。卒業して出雲を去る前に、第二の故郷となったこのまちに恩返しするため。そして、出雲北陵で過ごした青春時代の集大成にするために——。

 美月は2つの全国大会で頂点を目指し、今日もトランペットを吹き鳴らす。

夕暮れのグラウンドにトランペットが響き渡る

編集長’s voice  – 取材に立ち会って感じたこと –
山陰シリーズ第2弾は、島根県出雲市の出雲北陵高校。こちらも全国大会の常連校。吹奏楽部を創設したのは出雲市の吹奏楽振興の立役者で、昨年亡くなられた片寄哲夫先生。いま指導にあたるのは片寄先生の教え子である原田先生。さらに原田先生の教え子の竹内先生も指導に参加している。出雲市吹奏楽シーンの奥深さはすごい!専用ホールや寮設備も充実、みんな生き生きと自主練に励んでいたのが印象的。出雲は神話だけでなく“吹奏楽の聖地”と言ってもいいくらい厚みのある街でした。


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ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.13 出雲北陵高等学校 吹奏楽部
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