ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.7
千葉県立国府台高等学校 吹奏楽部

コロナ禍も3年目、ぶらあぼ編集部では多くの音楽家から吹奏楽部の苦難の状況を耳にしてきました。そこで吹奏楽と言えばこの方、吹奏楽作家のオザワ部長に登場いただき吹奏楽部を応援する企画を始めます。まだマスクが取れない日々ですが、音楽へひたむきな情熱を燃やす若者の姿は、見ている私たちも元気にしてくれます。

コンクール優勝の裏側——「音楽の魔法」を見つけた日

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

「第7回全国ポピュラーステージ吹奏楽コンクール全国大会、高等学校の部。優勝に輝いたのは……千葉県立国府台高等学校吹奏楽部です!」

 アナウンスが横須賀芸術劇場に響くと、臙脂色のジャケットを着た部員たちが客席で「キャーッ!」と歓喜の声を上げた。

 2022年12月24日、クリスマスイブに手にした最高の栄誉。だが、実は国府台はその前日、思いがけず大きな「プレゼント」をもらっていたのだった。

 国府台高校は千葉県市川市にあり、多くの生徒が大学に進む進学校だ。「鴻陵(こうりょう)楽団」の異名も持つ吹奏楽部は例年4月で3年生が引退するため、1、2年生主体の活動ながら、県内でも上位の強豪として知られている。

 外部指導者で指揮者の須藤信也先生、顧問の南雲沙季先生のもと、クラシカルな演奏のみならず、ポップスにも力を入れている。

 スローガンは「魔法をかける鴻陵サウンド」。音楽によって聴く人に「魔法をかける」のが目標だ。

 だが、ここ最近、国府台は苦難続きだった。

 全国ポピュラーステージ吹奏楽コンクールは毎回全国大会に出場し、1回の優勝を含めて常に上位の成績だった。だが、昨年度の第6回は入賞すらできなかった。2年生はショックで泣き崩れた。

 2022年度になっても、全国大会出場を目指していた吹奏楽コンクールは、東関東大会銀賞で終わった。毎回優勝していた全日本ブラスシンフォニーコンクールは部員にコロナ陽性者が出たため、無念の欠場となった。

 それだけに、クリスマスイブに神奈川県の横須賀芸術劇場で行われる全国ポピュラーステージ吹奏楽コンクール・全国大会への思いは強まっていた。昨年度のショックはまだ残っていたが、「優勝」を目標に掲げていた。

 この大会で国府台は《ムーンライト・セレナーデ》《シング・シング・シング》《Mr.インクレディブル》という3曲の演奏を予定していた。3曲目はオリジナルの振り付けをしながら演奏する。

 フルート担当の田中結莉乃(2年)は振り付けのリーダーであるP3(ピースリー)リーダーだ。

「去年の悔しさは絶対に味わいたくない。国府台のみんなの持っている力を出せるようにしたい!」

 一方、同じフルート担当で、副部長の柏倉葵(2年)は結莉乃のことを思っていた。

「去年はP3リーダーの先輩が泣きじゃくるのを見たけど、今年は同じように田中が泣くのは見たくない。みんなの涙も見たくない」

 そのためには優勝という「結果」が欲しかった。

 だが、葵は疑問も感じていた。

「聴いてくれる人に魔法をかけるのが部の目標だけど、それってどういうことなんだろう? 口で言うだけでなく、どうやったら実際に魔法にかけられるんだろう?」

 本番に向けて部員たちの気持ちも演奏も高まっていった。だが、葵が思ったように、「魔法をかける」とはどういうことなのか、誰もわかってはいなかった。

 そして、大会前日の12月23日、思いがけない出来事が国府台に起こったのだった。

 54人の部員が音楽室で最後の合奏練習をしていたときのことだ。

 茶道部の先生がベレー帽をかぶった上品な老人を連れてやってきた。82歳とのことだった。

「うちにいらっしゃったお客様で、音楽室から聞こえてきた《シング・シング・シング》に感動して、ぜひ聴かせてほしいということなんですけど……」

「そうですか。それでしたら、どうぞ」

 須藤先生は老人を迎え入れ、自分の横の椅子を勧めた。

(あの人、誰なんだろう?)

 部員たちは戸惑いを感じたが、須藤先生の指揮で合奏練習が再開された。スウィングジャズのスタンダード曲《シング・シング・シング》だ。すると、老人はスウィングのリズムに合わせて体を揺らし始めた。驚くほどノリノリだった。さらには、ジャズのライブのように「イエイ!」と掛け声までかけてくれた。

 国府台の音楽を心から楽しんでいるのが明らかに伝わってきた。

 その様子を見た部員たちは、自分たちもテンションが上がってきた。「もっと楽しもう、楽しませよう」という気持ちが広がり、一体感が高まるのを感じた。いままで味わったことがない感覚だった。

「みんながイキイキして、空間がうねっているみたい! 小学校のころから吹奏楽を8年間続けてきたけど、私がやりたかったのはこれだったんだ。これが魔法をかけるっていうことなんだ。あぁ、こんな瞬間が味わえるなんて、吹奏楽をやっていて本当によかった!」

 フルートの葵は演奏しながら鳥肌が立った。

「私、わかった。音楽は優勝するためだけにやるものじゃない。結果も大事だけど、それより伝えることのほうが大事。いま、私たちの思いや音楽がおじいさんに伝わってるのがわかる……。なんて楽しいんだろう!」

 結莉乃もそう思いながらフルートを吹いた。

 トランペットの首席奏者で、《シング・シング・シング》でソロを吹いた脇田七緒は、老人が楽しむ姿にこの上ない喜びを感じた。

「大勢の人を楽しませるのは、まず目の前にいるたったひとりを楽しませることから始まるはず。それができたんだから、きっと明日も大丈夫。私たちは会場中の人たちを笑顔にすることができる!」

 部員たちは老人によって魔法にかけられたようにキラキラ輝きながら演奏した。そして、魔法にかかった部員たちの演奏が、今度は老人に魔法にかける奇跡的な時間が続いた。まさにスローガンの「魔法にかける鴻陵サウンド」が具現化したひとときだった。

「本当に良いものを聞かせてもらいました。ありがとうございます」

 最後に老人はそう言って、涙ぐみながら帰っていった。部員たちの目も潤んでいた。

 もしかしたらその老人は、国府台にとってのサンタクロースだったのかもしれない。

第7回全国ポピュラーステージ吹奏楽コンクール全国大会の様子
提供:株式会社フォトクリエイト

 クリスマスイブの全国ポピュラーステージ吹奏楽コンクール全国大会。国府台は横須賀芸術劇場のステージに出ると、昨日感じた音楽の喜びをそのままステージで3曲を演奏した。

「今日はみんなのオーラが特別に輝いてるなぁ!」

 結莉乃は部員たちのエネルギーを感じながらフルートを吹いた。

「あぁ、ホールいっぱいに国府台の音が満ちていくのがわかる!」

 トランペットの七緒は思わず笑みがこぼれそうになった。

「私たち、この会場に魔法をかけてるんだ……」

 葵は、音楽が観客に伝わり、楽しませていることが実感できた。

 そして、審査の結果、国府台高校吹奏楽部は見事に通算2回目の優勝を成し遂げた。

 葵は仲間たちと抱き合って号泣しながら、こう思った。

「優勝っていう結果は嬉しい。でも、それ以上に、昨日おじいさんの前で演奏したときの、鳥肌が立つような感覚が忘れられない。きっとあれこそが音楽の本質なんだと思う」

 ずっと吹奏楽をやってきて、つらいことは何度もあった。もうやめてやると息巻いたこともあった。だが、諦めずに続けてきたからこそ、奇跡のような幸福感に満ちた経験ができた。心が震えた。

「私は、あの瞬間のすべてを一生忘れない!」

 葵や結莉乃、七緒たち国府台高校吹奏楽部の部員たちが見つけた「音楽の魔法」。それは、きっといつまでも心の中で美しくきらめき続けるだろう。

左より:南雲沙季先生、田中結莉乃さん、柏倉葵さん、脇田七緒さん、須藤信也先生

編集長’s voice  – 取材に立ち会って感じたこと –
最初にこのお話を聞いたとき「これこそ生きた音楽!」と思い、生徒さんと会うのを楽しみに向かいました。今回は、このご老人のエピソードに全国ポピュラーステージ吹奏楽コンクール全国大会優勝ということも加えた2つのテーマがありましたが、実際に話してみるとメインは完全にご老人のお話!自分たちが“あの日”に抱いた初めての感情、仲間と共有した思いを、本当に大事そうに、愛おしそうに、そして明るく話してくれたのが印象的でした。成績よりも大事なことって、ありますよね。

⬇️⬇️⬇️これから開催される“吹奏楽”の公演を「ぶらあぼコンサート検索」でチェック⬇️⬇️⬇️