ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.21
京都橘高等学校吹奏楽部

憧れの「オレンジ」は受け継がれる
——3年生の旅立ち、そして次世代へ

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 世界中にファンを持つ高校バンドが京都府京都市伏見区にある。
 京都橘高等学校吹奏楽部——人呼んで「オレンジの悪魔」だ。

 創部は1961年。鮮やかなオレンジ色の衣装(部内での通称も「オレンジ」)を身に着けて、激しくも軽快なステップを繰り出しながら演奏する《シング・シング・シング》がその代名詞で、全日本マーチングコンテストなどで活躍してきた。

 現在の顧問、兼城裕先生は2018年度に就任。すでに定評のあったマーチングのパフォーマンスに加えて、音楽的な技術・表現の底上げに力を入れて指導してきた。その成果が出て、2021年には5年間遠ざかっていた全日本マーチングコンテストに復活し、金賞を受賞。以来、2023年まで3年連続で全国大会金賞という快挙を成し遂げた。

 人気と実力を兼ね備えた京都橘は各地から引っ張りだこで、2023年度は合計100ステージ以上に出演している(平均週2ステージ!)。2022年10月には台湾遠征で蔡英文総統の前で演奏。2023年12月にも再度遠征した。台湾では「橘色惡魔」とのキャッチフレーズで大人気だ。2025年1月には、アメリカで行われるローズパレードに日本の代表として出演が決まっている。ローズパレードは世界から選抜された20団体だけが出られる巨大イベントで、京都橘は日本の団体で最多3回目の出演となる。

 YouTubeでの動画再生総数は1億回を超え、世界各地のファンからコメントが寄せられる、まさしく規格外の活躍を続けているスクールバンドなのだ。

定期演奏会リハーサルの様子

 そんな京都橘が2024年3月22・23・24日の3日間、滋賀県のびわ湖ホールで第60回記念定期演奏会を開催した。

 約1800席のホールでの3日公演は京都橘にとって初めてのチャレンジだったが、結果は3日とも満席。最終日の24日は、3年生にとって「卒部」の舞台でもあった。

 定期演奏会は第1部・コンサートステージで《トゥーランドット》(プッチーニ)などクラシカルな曲と、アニメやポップス曲を演奏。兼城先生が高めてきた演奏力で詰めかけた観衆の耳を楽しませた。初めての試みとなるOB合同スペシャルバンド、総勢180人での壮大なサウンドを響かせた。

 そして、第2部はいよいよマーチングステージ。前半は青い衣装で登場すると、楽器を振り動かしながら舞台上で行進したり、踊ったりしながら《Winter Games》《君の瞳に恋してる》《サマータイム》などを次々と演奏。カラーガードのメンバーはフラッグやステッキなどを手にしてステージ最前列で演技を行った。

 そして、第2部後半になると、オレンジの衣装に着替えて登場。客席が熱狂する中、《Celebration》《Uptown Funk》などを華々しく披露し、最後は《シング・シング・シング》で大喝采と「ブラボー」の声を浴びた。

 その演奏・演技は、まさに人の心を虜にして放さない「悪魔」だった。

 2023年度の京都橘の部員数は98人。この日のステージを最後に、29人の3年生がオレンジの衣装を脱いだ。

 京都橘には、入部時に先輩たちから部内でのあだ名を贈られる、という伝統がある。2023年度の部長を務め、正義漢の強さと優しい性格で部員たちからの信頼も篤かった中島朱理(じゅり)(3年・ユーフォニアム)のあだ名は「ココピー」。

 朱理は滋賀県守山市から京都の学校まで3年間通い続けた。

「中3のときにオープンキャンパスで先輩たちの輝きや演奏の良さを実感し、『私もここで一緒に演奏したい!』と入学を決めました。朝7時には朝練で学校に来るので、5時半には家を出ていました。入部した頃は体が慣れず、部活はもちろん、勉強との両立も大変でした」

 オレンジの衣装は個人のものではなく、部活のものを借りるという形になっている。朱理も卒部した先輩から、京都橘の伝統や精神が染み付いた衣装を受け継いだ。だが、1年目はコロナ禍の影響もあり、憧れのオレンジの衣装を初めて身につけたのは9月に行われたマーチングコンテストの京都府大会のときだった。

オレンジの衣装を身に着けてユーフォニアムを演奏する部長の中島朱理さん

「私自身は変わっていないのに、衣装を着ると気持ちが明るくなって、不思議と『うまく演奏・演技ができるじゃないか』という気持ちになったのを覚えています」

 1、2年生のときに、大阪城ホールで開催された夢の全日本マーチングコンテストで金賞を受賞。3年生では部長として「3年連続金賞」という目標を前に、大きなプレッシャーと闘いながら部活を運営していった。その道のりには苦労も多かったという。

「同期は一人ひとりが部活に対する思いが強すぎて、意見がぶつかり合うことが多々ありました。最終的にみんなが結束したのは11月19日の全国大会直前。ギリギリでしたが、雨降って地固まる、という感じで、大会本番では最高の演奏・演技ができました」

 全国大会は出場順がもっとも不利と言われる1番。しかし、京都橘は圧倒的な魅力で大阪城ホールを湧かせ、見事に3年連続金賞をもぎ取った。「オレンジの悪魔」の面目躍如の活躍だった。

 朱理と同じく3年生でマーチングの指揮者・リーダーであるドラムメジャーを務めたのは野口葵だった。コンクールなど座奏ではクラリネットを担当する。あだ名は「プンチョ」だ。

 マーチングでは、メジャーバトンと呼ばれる指揮杖を手にして行進を先導したり、バトンを回転させるなどのパフォーマンスをしたりするドラムメジャーは花形的存在だ。

「中学校の吹奏楽部でもマーチングでドラムメジャーをやっていました。中2のときに初めて生で京都橘を見て、『こんな高校生活を送りたいな』と思って進学を決めました」

 葵や朱理たちの代は、中学3年のときにコロナ禍で多くの大会が中止となり、本番は失われ、部活も充分にはできなかった。その悔しさが「京都橘で頑張りたい」という思いにつながっていた。

定期演奏会リハーサル中の兼城裕先生(左)とメジャーバトンを手にした野口葵さん

「入ったとき、もちろん、ドラムメジャーへの憧れはありましたが、まさか高3で選んでいただけるとは思っていなくて。この1年はドラムメジャーとしてみんなをリードし、ときには言いたくないような厳しいことも口にしてきました」

 全国大会でも、定期演奏会でも、ドラムメジャーは部員たちのほうを向いている時間が長い。葵にはみんなとは違った風景が見えていた。

「全国大会では、演奏のときにみんなは『よし、やったるぞ!』という気迫がみなぎっていて、すごくいい顔をしていました。定期演奏会のときも表情がキラキラ輝いたのが、私にとって最高の思い出です」

 定期演奏会のラストでは、3年生は後輩たちの演奏をバックに一人ずつ兼城先生とグータッチし、花を受け取ってホールを出ていく。リーダーの葵と朱理の順番はいちばん最後だった。

「これで高校生活も、部活も終わりだというのが実感がなくて……。毎日朝から晩まで一緒だったみんなともう会わなくなるのが信じられませんでした。定期演奏会の最後では、3年間笑顔だけじゃなくていろいろな表情をしていたみんながステージを降りていく姿を見送って、胸がいっぱいになりました」

 困難を乗り越え、輝かしい結果を残した3年生。部長という役職を朱理から引き継いだのはアルトサックス担当の熊谷心彩(こころ)。好きなものはジンジャーエールとミステリー小説。あだ名は「エリー」だ。

「1年間、朱理先輩が部長を務める様子を見せていただきましたが、大変なこともたくさんある中、明るさを失わない姿が本当にかっこよかったです」

 心彩は中学時代にマーチングの経験がなく、苦心しながら部活を続けてきた。そんな中、先輩たちの姿は憧れであり、目標でもあった。

「定期演奏会のラストに3年生に花を手渡すのは新部長の私と新副部長の役目でした。尊敬する先輩たちが次々にステージを降りてホールを出ていくと、寂しさと感動で涙が溢れてきましたが、同時に京都橘を託される不安がこみ上げてきて……。『ほんまに朱理先輩みたいになれるのかな』と思いながら、最後にホールを出ていく朱理先輩の背中を見送りました」

左より:野口葵さん、中島朱理さん、熊谷心彩さん、鎌田ゆりなさん

 一方、葵からドラムメジャーを引き継いだのは、同じクラリネット担当の鎌田ゆりな。あだ名は「モモナ」だ。

 実は、葵とゆりなは同じ中学校の先輩後輩で、5年間同じパートで楽器を演奏し、マーチングにも取り組んできた。

「私にとって葵先輩は身近でありながら、憧れの存在。楽器の演奏でも、行動面でも尊敬できますし、『先輩みたいになりたい』とずっと思っていました」

 ゆりなは中学時代に叶えられなかった全日本マーチングコンテスト出場、そして、金賞という夢を追いかけて京都橘にやってきた。

「1、2年で大阪城ホールに立つことができ、演奏・演技する6分間を心から楽しむことができました。『来年もここに戻ってきて、4年連続金賞の大目標を達成したい!』と思いました」

中央で敬礼するのはドラムメジャーの野口葵さん。来年は鎌田ゆりなさんが担当する

 ただ、葵と違ってゆりなにはドラムメジャーの経験はなかった。兼城先生と先輩たちの話し合いでドラムメジャーに選出されたときは不安や戸惑いもあった。

 だが、葵は「後を任せても大丈夫」と信頼していた。

「この1年、私もいろいろ大変だったんですけど、いつもゆりなが気が利くことを言ってくれたり、困ったときには助けてくれたり。ゆりながいてくれたからやってこられました。何を考えているかわからない不思議なところもある子ですが(笑)、どんなドラムメジャーになるのか楽しみです」

 先輩が引退したいま、ゆりなも気持ちを前向きに切り替えている。

「新体制を引っ張っていく立場になり、すごく不安ですが、いつかは葵先輩を超えられるくらい輝ける人になれたらと思っています」

 京都橘高校の玄関前には橘の木があり、オレンジ色の実をつけていた。その実と同じように、吹奏楽部では部活をやり遂げた3年生たちが去り、次世代の部員たちが新たな実をつける。

 今回のインタビューは定期演奏会の翌日に学校でおこなった。その日は午後から部内で卒部のセレモニーが開かれることになっていた。朱理や葵たち3年生はすでに卒業式を終えているため、それが部員としての最後の登校でもあった。

 朱理は言う。
「毎日のように学校に来て、みんなと一緒にいたので、明日以降の生活が想像できません。間違えてここに来ちゃいそうで(笑)。京都橘高校吹奏楽部での3年間を思い返すと、毎日成長でき、毎日が最高でした! たくさんの方たちとも出会えて、充実しすぎた青春を過ごすことができました。仲間たちとの他愛のない会話も、兼城先生の指揮でする合奏練習も、すべてが楽しくて、毎日ウズウズしながら部活していました。本当に幸せな3年間でした!」

 4月からは2024年度が始まり、すでに新1年生が加わった京都橘高校吹奏楽部の活動がスタートしている。

 朱理や葵たちが残した輝かしい成果や経験を力に変えて、心彩やゆりなたち新たな「オレンジの悪魔」が《シング・シング・シング》を奏で、世界をオレンジ色に染めていく。

(※注・学年の表記は2023年3月時点のもの)

定期演奏会、終演後の3年生たち

編集長’s voice  – 取材に立ち会って感じたこと –
ついに超人気バンドの登場です。この取材で撮影した動画もYouTubeにアップ後、24時間で5万回(!)再生。訪ねたのは、3月下旬のびわ湖ホール。3年生最後の出演となる定期演奏会の最終日でした。1,800人以上収容の大ホール3日間大入りという破格の人気ぶり。前半は、近年力を入れている座奏。そして後半は、十八番のマーチングで、観客の大きな期待を上まる圧巻のパフォーマンス。「オレンジの悪魔」を卒業していく3年生の爽やかな表情が印象に残りました。


『空とラッパと小倉トースト』
オザワ部長 著
学研プラス 音楽事業室 ¥1694

⬇️⬇️⬇️これから開催される“吹奏楽”の公演を「ぶらあぼコンサート検索」でチェック⬇️⬇️⬇️