ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.20
生駒市立生駒中学校 吹奏楽部

可能性は無限大!
2つのコンクールで頂点を極めた奈良のスーパー中学校バンド

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 大観衆が見守る中、ステージに立った山上隆弘先生はこれから始まる曲のテンポで体を揺らし始めた。すると、楽器を手にした制服姿の中学生たちも笑顔で先生に合わせて体を動かす。すでに音楽が始まっているかのように。

「ワン、トゥー、ワントゥー!」

 先生の掛け声の後、思い切りのいいドラムセットの音とともに鮮烈なブラスの響きがホールに響き出した。

 2024年2月11日、東京・文京シビックホール。3カ月半前にクラシカルな音楽を演奏する大会である全日本吹奏楽コンクールで金賞を受賞している生駒市立生駒中学校吹奏楽部(奈良県)は、今度はその対極にあるポップス演奏で競う第12回シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会に出場。キレのいいサウンドと抜群のグルーヴ感で《ザ・テンプター》《イマジン》《レトロ》の3曲を演奏し、観客や審査員の心を虜にした。

 同大会は高校・大学・一般も出場する大会で、中学校の単独バンドは生駒中のみ。ところが、中学1年生も含めた48人で出場した生駒中はなんと総合グランプリを獲得してしまった。いや、結果よりも、最高にセンセーショナルだったのは演奏そのものだった——。

 これは年齢という枠組みを飛び越えたごく普通の公立中学校の奇跡の物語、そして、卓抜したふたりのソリストの友情の物語である。

 教員の働き方改革、部活動のガイドラインや地域移行、少子化、コロナやインフルエンザ……。近年、学校の吹奏楽部には逆風が吹き続けている。中でも公立中学校の現場は厳しく、生駒中でも部活は平日1時間25分で、冬場は1時間未満。土日はいずれか1日のみ3時間。朝練35分を加え、どうにか練習時間を確保している。

 短時間だとどうしても吹奏楽コンクールの課題曲・自由曲に偏った練習になり、それ以外の曲を仕上げきれないケースが多い。だが、生駒中は違った。ジャズやフュージョンなどが大好きで、大学時代にはドラマーとしてバンド活動に明け暮れていた山上先生の指導により、ごく普通の中学生たちがグルーヴを感じ合いながら音楽を奏でるプレイヤーの集団に成長した。

 山上先生はこう語る。

「僕は2024年度で生駒中を離れるので、最初で最後のシンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会への挑戦でした。日ごろ、子どもたちは練習のときに脚の間にプラスチックのゴミ箱のような容器を挟んでいます。それによって体を支えるインナーマッスル(深層筋)が鍛えられ、張りのある音で吹き続けることができるようになります。これがコンクールにもジャズ・ポップスにも大きな効果がありました。大会本番はみんなノリ良く動いていましたが、実はちょっと前まではうまく動けず、僕に『コケシやなぁ』と言われていました(笑)。パートごとにノる練習をしたくらいですが、その成果もあってか、シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会の際にはしっかり曲にノレていましたね。1曲目の《ザ・テンプター》から、客席がウォーッと湧いているのを背中に感じました。コンクールとは違い、ダイレクトに観客の反応をもらいながら演奏するのは本当に楽しかったです」

 山上先生も生駒中の出身だが、中学時代は野球部に所属していた。中学時代に父親にドラムセットを買ってもらったのをきっかけに音楽に目覚めた。進学先の近畿大学附属高校では吹奏楽部に入り、大学ではバンド活動に熱中した。

脚の間に容器を挟んでインナーマッスルを鍛える。容器は道具入れにもなるため一石二鳥だ

 山上先生は大学卒業後、中学校の先生になり、回り回って母校の吹奏楽部の顧問になった。2012年以来、全日本吹奏楽コンクールから遠ざかっていた生駒中を復活させ、2019年から2023年まで、コロナによる大会中止を挟んで4大会連続で全国大会金賞の偉業を成し遂げた。

 現在、61歳。定年になったら家業の農業を継ぐという約束もあり、2024年度で生駒中を離れることは前から決めていた。そんな山上先生と生駒中に思いがけずチャンスが訪れる。

 2023年度の吹奏楽コンクール課題曲にポップス曲である天野正道作曲《レトロ》が入ったのだ。曲の中には山上先生が親しんできた懐かしいポップス曲の要素も散りばめられている。

 もともと生駒中では山上先生の影響でポップス曲の演奏に力を入れてきた。課題曲に《レトロ》を選ばない理由はない。しかも、トランペットやアルトサックス、ドラムセットなどにソロがあり、その楽譜には「with feel」と記されていた。フィーリングによって楽譜を少し変更した演奏をしてもよい、ということだ。

 コンクールで本気のポップスができる——山上先生の心が燃えた。演奏してみると、部員たちのノリもよく、心から楽しそうに演奏してくれた。

 しかし、あくまで吹奏楽コンクールの課題曲だ。本気のポップスは審査員に嫌われるかもしれない。

「結果は度外視で、本当にこのスタイルでいっていいかい?」
 山上先生が尋ねると、部員たちは「いきます!」と答えた。

 生駒中の方向性は固まった。県大会からイケイケの演奏をぶちかまし、全日本吹奏楽コンクールでも圧巻の演奏で金賞をもぎ取った。

 シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会への取り組みは10月下旬の全日本吹奏楽コンクール後からだった。約3カ月半という準備期間だったが、大会の課題曲である《ザ・テンプター》、生駒中のオハコのひとつ《イマジン》、そして、《レトロ》で挑んだ。

 シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会では、何人もの部員がソロを担当し、その演奏力の高さで観客を驚かせたが、中でもキャプテンで3年生のトランペット担当・大東こころと、アルトサックス担当の豊田綸(いと)は注目を集めた。

 こころのソロは衝撃的だった。《ザ・テンプターズ》では思い切りよくトランペットを響かせたと思ったら、《イマジン》ではトロンボーンを手にし、10代半ばとは思えない味わいとテクニックを披露。《レトロ》では、今度はフリューゲルホルンに持ち替え、センティメンタルでジャジーな旋律を奏でた。

 こころは3つの楽器を見事に操り、天賦の才能を存分に発揮したのだった。

「小2から入った小学校の金管バンドではトロンボーンを吹いていました。中学では人数が少なかったトランペットパートに入りましたが、山上先生に『二刀流でいこう』と言われ、どちらも諦めないつもりでやってきました。最初はトロンボーンが好きで、トランペットは『才能ないわー』と思っていたんですけど、やっているうちに両方とも好きになりました」

 いわば「吹奏楽界の大谷翔平」だ。こころは天真爛漫な性格で、プレイヤーに必要な勝ち気さも備えている。ジャズ・ポップスの奏法や音色などは、山上先生の指導を受けながら磨き上げていった。

「根っこには、自分が楽器をこう吹きたい、という思いがあります。最初のうちは山上先生がジャズの演奏の仕方について教えてくれても、『先生は何を言いたいのやろ?』『なんで言われたことができひんのやろ?』と思うこともありましたけど、ラッパとトロンボーンの二刀流でやっているジャズプレイヤーのジェイムズ・モリソンのCDを聴きまくったり、トロンボーンでは中川英二郎さんの曲を聴いたりしているうちに、『先生が言いたかったのはこれか!』と腑に落ちるようになりました」

 こころだけでなく、生駒中の部員たち全員が山上先生の指導でジャズ・ポップスの演奏力をメキメキと上げていった。

「先生の指導が的確やし、先生が言ったことに対してこっちが応える、それに対して先生がさらに上の要求をする、それに応える……っていうキャッチボールの中でみんな急成長したと思います」

左より:大東こころさん、山上隆弘先生、豊田綸さん

 一方、アルトサックスの綸は、《イマジン》では最初から最後までメインのソリストとしてステージ最前で堂々と楽器を吹き鳴らし、《レトロ》でもパワフルさと色っぽさ、「泣き」を兼ね備えた凄まじい演奏を披露した。クラシックサックスの奏者にはあまりない演奏スタイルも目を引いた。

 また、ジャズっぽさを左右するサックスパート全体のサウンドを引っ張り、抜群の存在感を見せていたのも綸だった。

「実は、全日本吹奏楽コンクールのとき、《レトロ》で音を1つミスしてしまったんです。ひと夏かけて練習してきたので、『いままで飛ばしたことなかったのに、なんであの音を!』ってしばらく引きずりました。でも、シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会に向けてやっていく上では、ミスをするしないよりも、もっといいソロができるように演奏の幅を広げる努力をしました」

 練習を重ねてきた綸だが、シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会の2週間前になってスランプに陥った。特に、《イマジン》のソロだ。綸は中1のときから《イマジン》のソロを担当してきたが、今回はこころの強烈なトロンボーンソロが入ることになった。それが綸の演奏に迷いを生んだ。

「どう吹けばいいかわからへん、どう聴いてほしいのかわからへん……そんな状態でした。こころちゃんの熱いソロに対して、私はこのままやと霞むな、私も同じような熱さで演奏するのは自分が届けたいと思っている音楽とは違うな、と思いました」

 試行錯誤を続ける綸にヒントをくれたのは山上先生だった。先生は「初心に返って吹いてみたら?」と綸にアドバイスした。

「先生の言葉で、中1のときのことを思い出しました。《イマジン》で自分が届けたいのは穏やかで、人の心にしみていくようなソロやと、ようやくそこにたどり着けました。それで、やっと中学3年間の思いが詰まったソロが完成しました」

 こころと綸。ふたりは突出したスーパープレイヤーであると同時に、良きライバルでもあり、強い友情でも結ばれている。

 中1のころのふたりは特に仲良しでもなかった。だが、中2の途中から、綸が学校にも部活にも出てこられない時期があった。キャプテンだったこころは、毎日駅まで綸を迎えにいき、一緒に登校するようになった。

 こころは言う。
「私は楽器がうまい子が好きなんですけど、そのときに綸ちゃんとはすごく話が合うことがわかって、ふたりでいることが楽しくなりました」

 綸もこう語った。
「こころちゃんのおかげで居場所ができて、安心して学校にも部活にも出られるようになりました」

 それ以来、お互いに認め合い、高め合ってきたふたり。シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会ではともに目の覚めるようなソロで会場を沸かせた。表彰式では、生駒中が総合グランプリに選ばれただけでなく、こころと綸はともにベストソリスト賞という栄誉に輝いた。

「演奏中は綸ちゃんのソロに惚れ惚れしていました。授賞式では私のほうが先にベストソリスト賞に選ばれてちょっと動揺していたんですけど、その後で綸ちゃんも選ばれたので、綸ちゃんの肩を手でバンバン叩いて喜びました」

 こころがそう言うと、綸は少し控えめに微笑みながらこう語った。
「ふたりで刺激し合いながらやってきた結果だと思います。私のベストソリスト賞は、こころちゃんがいたからこそとれたものです」

 4月からふたりはともに親元を離れ、同じ岡山県の私立高校で吹奏楽に打ち込むことが決まっている。生駒中の総合グランプリの原動力となったふたりの友情と良きライバル関係は、これからも続いていく。

 今年度、中学生の可能性は無限大だと知らしめた生駒中。華々しい結果を残しただけに、2024年度を担う2年生たちにはプレッシャーがかかる。

 5人の新幹部が来年度への抱負を語ってくれた。

「3年として、リーダーとして、みんなをまとめないといけないし、そのためには思ったことを伝えていく必要があると思っています。つい『こんなこと言ったら恥ずかしいな』と思ってしまうような自分の気持ちを殴って、積極的にコミュニケーションしていきたいです」(加藤伊織/副キャプテン・バリトンサックス)

「誰もが『早く部活に行きたい』と思える環境を作り、先輩後輩の垣根を越えて団結して頑張っていきたいです」(入江美空/副キャプテン・オーボエ)

「学年もパートも関係なしに意見が言い合える部活にしたいです。個人的には中学生活最後の年やから、ひとつひとつの行事を大切にしていきたいです」(廣岡夏帆/副キャプテン・フルート)

「まずは、部活が楽しいということと、みんなが安心して来られる場所であることが大事やと思っています。演奏面では、モットーである『その曲をその曲らしく』を引き継いでいきたいです」(木下怜奈/キャプテン・トロンボーン)

「生駒中のモットーの『全員がキャプテン』も大事にしたいです。4月からは1年生も入ってくるので、責任を持って全員が毎日楽しめる部活にしたいと思います」(川口真歩/キャプテン・クラリネット)

左より:川口真歩さん、入江美空さん、加藤伊織さん、木下怜奈さん、廣岡夏帆さん

 5人の言葉で印象的だったのは、誰ひとりとして「全国大会金賞受賞」を目標に掲げなかったことだ。音楽の根本は聴く者を楽しませ、自分たちも楽しむこと。今年度の生駒中はそれを全力で追求していったからこそ、あたかもご褒美のように2つの栄冠が与えられたのかもしれない。

 今年度の全日本吹奏楽コンクール金賞受賞について、こころもこう語っていた。

「あれは後からついてきた金賞。私たちは、たとえあの演奏で銀賞であったとしても納得して受け止めていたと思います」

 決してうわべだけではない、心から発せられたその言葉は、口にしたのが中学生だということなど関係なく、今風に言うと「めちゃくちゃカッケー」言葉だった。

 部活動において、あるいは、音楽において。本当に大切なものは何なのかということを教えてくれた生駒中に喝采を送りたい。


『空とラッパと小倉トースト』
オザワ部長 著
学研プラス 音楽事業室 ¥1694

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