ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス! vol.2
茨城県立境高等学校 吹奏楽部

コロナ禍も3年目、ぶらあぼ編集部では多くの音楽家から吹奏楽部の苦難の状況を耳にしてきました。そこで吹奏楽と言えばこの方、吹奏楽作家のオザワ部長に登場いただき吹奏楽部を応援する企画を始めます。まだマスクが取れない日々ですが、音楽へひたむきな情熱を燃やす若者の姿は、見ている私たちも元気にしてくれます。

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 6月22日、西武池袋線練馬駅(東京)に制服姿のふたりの女子高校生が降り立った。

 茨城県立境高等学校吹奏楽部2年で部長を務めるクラリネット担当・関羽叶(せき わかな)と、同学年のホルン担当・広瀬亜実だ。

 ふたりは放課後、利根川沿いに位置するのどかな境町(さかいまち)から、バスと電車を乗り継ぎ、2時間以上かけて練馬までやってきた。

 境高校吹奏楽部は、顧問の杉山惇先生の指導のもと活動している。部員数はわずか17人。しかも、3年生がおらず、2年生6人と1年生11人という構成だ。

7月3日の定期演奏会の様子 (c)松尾健太郎

 昨年はさらに少ない15人だったが、30人まで出場できる吹奏楽コンクールB部門(小編成)で地区大会、県大会を突破。東関東大会に出場し、銀賞を受賞した。

 境高校は今年も東関東大会、そして、その先の最上位大会である東日本学校吹奏楽大会の出場を目指して活動している。だが、杉山先生が選んだ自由曲《内触覚的変容》(天野正道)は、最初から最後まで通して演奏するのがやっとという状態だった。変拍子のある難しい曲だし、人数が少ないこともあって、複数の楽器の持ち替えもある。もともと管楽器が担当の羽叶もビブラフォンを、亜実もマリンバを曲の途中で演奏することになっていた。

 3年生のいない少人数バンドでいかに豊かな音楽をつくり出すか、という課題もあった。

 そんなとき、チューバ奏者・本橋隼人さんが発起人になってプロの演奏家が約30人集結するコンサート「低音ぶれいくCafe♪吹奏楽団 プレミアムコンサート」に境高校吹奏楽部の代表2名と杉山先生が招待されたのだ。

 羽叶も亜実も、プロのコンサートを見るのは初めてだった。コロナ禍が到来したのが中学3年生のとき。以来、コンサートに足を運ぶことも難しい状況が続いていた。

「せっかくのチャンスだから、プロの演奏をしっかり聴こう!」

 2年生部長の羽叶はそう意気込んでいた。

「たくさん学びながら、演奏を楽しみたいな」と亜実は思った。

 期待に胸を膨らませたふたりは、会場の練馬文化センターへと足を踏み入れた。

左より田中靖人さん、本橋隼人さん、広瀬さん、関さん、杉山惇先生

 羽叶と亜実、そして、後から合流した杉山先生は開演前に本橋さんとサクソフォン奏者の田中靖人さんに直接アドバイスをもらう機会を得た。田中さんは日本を代表するプロ吹奏楽団、東京佼成ウインドオーケストラのコンサートマスターで、このコンサートの出演者にも名を連ねていた。

 一流のプロ奏者を前に、ふたりはガチガチに緊張していた。

「部員は何人? 17人? 他の学校と比べると少ないかもしれないですけど、大編成にはない小編成ならではの魅力というものがあるので、そこに気づけるといいですよね」

 本橋さんはふたりの心をほぐすようにそう語った。

 本橋さんは10人未満という「極小編成(ごくしょうへんせい)」で《アルメニアン・ダンス パートI》(アルフレッド・リード)や《宝島》(和泉宏隆)、《ボレロ》(モーリス・ラヴェル)など、吹奏楽や管弦楽曲の名曲を演奏するシュピール室内合奏団の代表。また、今回の「低音ぶれいくCafe♪吹奏楽団」も小編成であり、まさに小編成の魅力を追求してきた音楽家だ。

「小編成は一人ひとりが目立つし、主役になれるのが良いところですね。個々が頑張って上達することが、バンド全体のレベルアップにもつながりやすいです。それに、今日のコンサートを聴いてもらえばわかると思いますけど、小編成でも充分ふくよかなサウンドを奏でることはできます。ぜひ希望を持って練習を続けてほしいです」

 そんな本橋さんの言葉を受け、羽叶はこう思った。

「去年は15人で東関東大会まで進めた。今年も曲の完成度を高めていって、本橋さんが言うようなふくよかなサウンドがつくれれば、きっとさらに上を目指せるはず!」

 亜実の心にも、本橋さんの「小編成は一人ひとりが主役になれる」という言葉が響いた。大人数の吹奏楽部に比べると、個々人にかかる責任は大きい。小さなミスも、大きな影響となる。けれど、裏を返せば、みんなにスポットライトが当たるということだ。

 ふたりは「小編成の魅力」を知り、そこに「希望」を見出した。

境高校での練習の様子

 一方で、亜実はプロに聞きたいことがあった。

「吹奏楽部の中でホルンは私ひとりなんです。曲の中で、木管楽器のクラリネットやサックスと同じ動きをするところでは、どうやって音を合わせていったらいいでしょうか?」

 すると、田中さんが笑顔で答えてくれた。

「僕が東京佼成ウインドオーケストラに入団したとき、フレデリック・フェネルさんという方が指揮者だったんですよ」

 フェネルは日本はもちろん、世界中の吹奏楽に影響を与え、発展させた指揮者だ。羽叶と亜実は初めてその名前を知った。

「合奏をしていると、フェネルさんが僕たちに『キイテ、キイテ』と言うんですね。どういう意味の英語だろうと思ったら、日本語の『聴いて』だった(笑)。つまり、音を合わせようとしたら、まずまわりの人の演奏を聴くことが大事ということなんです。僕は自分が音大などで教えている生徒たちには『相手の音の中に入る』と表現して伝えています」

 亜実は思い出した。曲を合奏するとき、境高校吹奏楽部ではみんな必死で楽譜に齧りついている。指揮も見ていなければ、まわりの音も聴けていない。

 もし、田中さんが教えてくれたように「相手の音の中に入る」ことができたら、金管楽器と木管楽器の音が溶け合い、豊かな響きを持つ音楽が出来上がるだろう。

 すると、田中さんはもうひとつ付け加えた。

「プロのコンサートを『聴く』ことも大事なんですよ。アマチュアで吹奏楽をやっている方たちには『やりたい族』と言って、演奏することだけを考えている方も多いです。でも、優れた演奏を聴くことで、目指す音のイメージがわかったり、憧れを抱いたり、自分たちの演奏に活かせるアイデアが生まれたりします。だから、ぜひ高校生の皆さんにもたくさんコンサートを聴いてほしいです」

6月22日 低音ぶれいくCafe♪吹奏楽団 公演の様子 客席は大入り
(c)Ami Hirabayashi(amigraphy)

 本橋さんと田中さんにアドバイスをもらった後、羽叶たちは客席に座り、「低音ぶれいくCafe♪吹奏楽団」のコンサートを見た。そして、演奏を通じてお二人が教えてくれたことを全身で感じ取った。

「なんて楽しいんだろう。私もステージで一緒に演奏したい!」

「プロの演奏は表現力がすごいなぁ。これからもっといろいろなコンサートを聴いてみたい」

 羽叶と亜実はそう思った。

 ステージ上でプロの演奏家たちがキラキラ輝きながら音楽を奏でていた。そこに境高校吹奏楽部の17人の姿が重なる。

 いまはまだ足りないところがたくさんある。

 でも、いつかきっと私たちも……。