ガンバレ!吹奏楽部!ぶらあぼブラス!vol.27
石川県立金沢桜丘高等学校 吹奏楽部

桜はまた咲く!
県大会で散った桜ブラスの輝き

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

 桜、散る——。
 その衝撃的なニュースは日本中の吹奏楽関係者やファンを驚かせた。

 石川県金沢市の中心部に位置し、進学校でもある県立金沢桜丘高校。「桜ブラス」と呼ばれる吹奏楽部は、全日本吹奏楽コンクールに通算5回出場、2001年から北陸大会に連続出場してきた名門だ。

 顧問の寄島昭生先生が他校から異動してきた2022年と翌2023年に全国大会に連続出場。今年は3年連続出場が期待されていた。

 ところが、今年の石川県大会で桜ブラスは県代表5校に選ばれなかった。つまり、今年のコンクールがそこで終わったことを意味する。連続出場中だった北陸大会にも出ることはできない。

 前年の全国大会出場校が、支部大会の手前の県大会で散ることは滅多にないことだ。そこに何があったのだろうか?

 果たして、「桜」は散ってしまったのだろうか?

左より:山本亜依莉さん、部長の越野心姫さん、寄島昭生先生、小原菜月さん、和田眞美さん

 今年の3年生は、寄島先生と同じタイミングで桜ブラスに入部した、いわば「同期」だ。

 特にこの1年間は、「スタッフ」と呼ばれる部長・副部長・木管音楽リーダー・金管音楽リーダーの4人が、総勢99人の吹奏楽部を引っ張ってきた。

 今年の部長で打楽器担当の「コシココ」こと越野心姫(ここみ)は中1のときに定期演奏会を見て以来、桜ブラスのファンになった。

「演奏を聴くたびに感動して、桜(金沢桜丘高校のこと)に入れるように勉強を頑張りました」

 コシココは無事受験に合格し、桜ブラスに入部した。

 そして、いきなり高1で夢の全日本吹奏楽コンクールに出場。尊敬する先輩たちとともに「吹奏楽の甲子園」のステージに立ち、銀賞を受賞した。

 昨年も全国大会に出場し、銅賞だったものの(吹奏楽コンクールでは金・銀・銅のいずれかの賞が贈られる)、全国から集まった有名校や強豪校の中に「金沢桜丘」の名前があることに喜びを覚えた。

 そして、高3になった今年。コンクールでは課題曲と自由曲の2曲を12分間で演奏するが、寄島先生から自由曲がモーリス・ラヴェル作曲「ダフニスとクロエ」第2組曲より(桜ブラスでは「ダフクロ」と略して言われることが多い)だと発表された。

「難しい曲なので、戸惑っていた部員もいました。でも、先生が『1年生のときから私と一緒にやってきたこのメンバーならできる』と言ってくれてすごく嬉しかったです」

 副部長の「アイリ」こと山本亜依莉はコントラバス担当。いつも笑顔で、部員たちに安心感を与える存在だ。アイリは自由曲が「ダフクロ」になったことが嬉しかった。

「コントラバスは、オーケストラによる原曲でも演奏に参加している楽器です。私は原曲を聴いてみたんですけど、『聴けば聴くほど好きやなぁ』と思いました。ラヴェルは『管弦楽の魔術師』を呼ばれ、色彩感が豊かな曲で有名なので、それを吹奏楽で表現できたらいいなと思っていました」

 一方、木管音楽リーダーでフルート・ピッコロ担当の「ナッちゃん」こと小原菜月は、「ダフクロ」をやることに最初はプレッシャーを感じたという。

「難しいし、吹奏楽の世界でも誰もが知っとる曲。『やばっ!』と思いました。でも、この曲を自分たちのものにできたら、絶対楽しいやろうな、というワクワク感もありました」

 金管音楽リーダーでトロンボーン担当の「マミちゃん」こと和田眞美も、当初はナッちゃんに近い反応を示したという。

「最初に楽譜を見たときは『これ、本当にやるん!?』と思ってしまいました。でも、『ダフクロ』はフランス音楽なので、桜ブラスの持つ上品さを活かした演奏ができるのでは、という考えになりました」

 マミちゃんは4人の中でも全国大会に強い思い入れを持っている。高1のときはサポートメンバーとして全国大会に帯同し、演奏する桜ブラスの様子を舞台裏のモニターで見た。

「サポートの中には感動して泣いている子もいましたが、私は『1年後、絶対ここに立ちたい!』と強く思いました。高2で全国大会に出たときは『本当に立てたんだ』と胸が震えました」

 桜ブラスの誰もが2024年も全国大会に出たいと思っていた。真剣に「ダフクロ」に取り組んでみると、マミちゃんが思ったとおり、桜ブラスの持つ上質なサウンドが、ラヴェルの音楽と美しく融合するようになっていった。

 桜ブラスは7月28日に県大会を控えていた。音楽室には『全国大会金賞』という目標とともに、大会までのカウントダウンが貼られていた。

『第72回石川県吹奏楽コンクール 本番まで◯日 We are No.1 王者の風格を魅せる』

 前年、北陸支部から全国大会に出場したのは桜ブラスと富山県立富山商業高校の2校。まさに桜ブラスは石川県を代表する学校。「王者」のプライドを持ちつつ、それに見合った演奏で会場中を感動させ、県大会をトップで通過することを目指していた。

 だが、部長のコシココは少し不安を感じていた。

「桜ブラスは2年連続で全国大会に行っとる。でも、いままで3年連続で行ったことはありません。私たちの代は1年生のときから全国大会に行っとるから、どこかで『今年も行けるやろ』という気持ちになっていました。でも、それが油断になってダメにならんように気をつけていました」

 実際、県内ではほかの学校が急成長していた。コシココは部員たちに向けて「軽い気持ちで県大会に臨まんといてね。甘く見ないでください」と注意していた。

 県大会が近づくにつれて、徐々に練習はハードになっていく。それでも、ナッちゃんは「演奏は日に日によくなっとる」と感じていた。

「今年のメンバーはみんな優しい子ばっかりで、明るいんです。それが音にも、行動にも出ていました。疲れもありましたが、毎日新しい音楽的発見があり、音楽室には情熱のこもった音が響いていました」

 コシココが気になっていたのは課題曲「フロンティア・スピリット」(伊藤宏武)のほうだった。

「県大会直前になっても、音の出だしを揃えるといった基本的なところができていなくて、その練習を繰り返していました」

 本番に向けて精度を高めていきたい時期に、予想していなかった事態も発生した。部内でコロナが流行したのだ。

「県大会の2週間前からメンバーが揃わなくなり、やっと全員が集まれたのが1週間前。最後のホール練習も55人でできませんでした」

 だが、どんな状況になっても、月日は止まってくれない。

 そして、大会までのカウントダウンが『0日』になった——。

 7月28日。大会会場の金沢歌劇座は学校からそう遠くないためぎりぎりまで音楽室で練習をした後、部員たちは路線バスに乗って会場に向かった。

 ナッちゃんは言う。

「自由曲が終わった後、『ダフクロ』への切り替えを徹底しようということになっていました。みんなのイメージを統一する練習もしました。『ダフクロ』の最初の『夜明け』の出だしは、音楽室の暗幕を閉めて夜を表現。冒頭のフルートの音は『深海の空気の泡』と考えてスクリーンに深海の写真を映し、少しずつカーテンを開けて『夜明け』を感じながら演奏しました」

 大会当日も、ナッちゃんは「あのイメージをみんなで思い出そう」と声をかけた。それができれば、きっと県大会は突破できる。

 会場に入り、舞台袖で出番を待っていると、やはり部員たちは緊張で少し固くなっていた。直前の練習で少しうまくいかなかった部分があったのも影響していたかもしれない。

 副部長のアイリはこう振り返る。

「不安はあったと思いますけど、気持ちを落としてほしくなかったので、『大丈夫、確実に成長してるから』『練習でめっちゃよかったことを思い出してやろうね』と笑顔で声かけをしました」

 ナッちゃんも「緊張してもいいことないし、うちらなら大丈夫やよ!」とみんなを元気づけて回った。

 いよいよ桜ブラスの出番になった。15校のうちの9番目だ。

 指揮台に寄島先生が立ち、課題曲の演奏から始まった。コシココが不安を抱いていたように、課題曲の出だしにズレが出た。コロナで精度を上げきれなかったことが悔やまれたが、引きずり続けるわけにはいかない。桜ブラスは徐々に調子を取り戻し、課題曲を終えた。

 自由曲の「ダフニスとクロエ」は予定どおり課題曲と雰囲気を切り替え、夜と深海のイメージからスタートすることができた。アイリはうっとりしながらコントラバスを奏でた。

「この響き、柔らかく包まれとるようなサウンドはやっぱり桜ブラスやな、と思っていました」

 一方、ナッちゃんには少し違うことを思っていた。

「最高の演奏、までは仕上げられていなかったと思います。音量と響きをもうちょっと出したいな……と考えながら吹いていました」

 それでも、充分に桜ブラスらしさを出せた演奏だった。

 すべての高校の演奏が終わり、表彰式になった。ステージには部の代表としてコシココが出ていた。

 ナッちゃんはほかのメンバーたちと客席にいた。演奏中にが感じていた物足りなさは、不安へと変わっていた。

「うちらがやってきたことは正しかったんかな、という思いがどこかにありました。考えすぎると落ち込むので、『なんとかなるやろ』と思うようにしていました」

 ステージではまず各校の審査結果が発表された。桜ブラスは金賞を受賞。まずは誰もがホッとした。

 続いて、北陸大会に進む代表5校の発表。出演順に、エントリーナンバーとともに学校名がアナウンスされる。

「1番、金沢龍谷高等学校!」

「4番、石川県立小松明峰高等学校!」

 ところが、9番の桜ブラスの前に、すでに4校が呼ばれてしまった。残るは1枠のみ。桜ブラスと、やはり全国大会出場経験がある10番の小松市立高校がまだ呼ばれていなかった。どちらも北陸大会の常連だ。

 ステージにいたコシココの頭は混乱していた。いったい何が起こっているのだろう?何かの間違いではないだろうか?
 そして、運命のアナウンスが響いた——。

「10番、小松市立高等学校!」

 その瞬間、コシココの心の中からあらゆる感情が消えた。

 客席にいた桜ブラスのメンバーも黙り込んだ。アイリは学校名をコールされると信じ、両隣の部員たちと手を握り合っていたが、そのままの状態でフリーズした。

 ナッちゃんも思考停止になっていた。

「私、結果がどう出ても、表彰式では必ず泣くんです。でも、そのときはなぜか涙が出なくて。『なんで泣いてないん?』と驚きました」

 マミちゃんは号泣していた。涙が止まらなかった。そして、ステージ上のコシココも……。

「だんだん状況が理解できてきて、『本当に北陸大会に行けんのや。これから先、もう部活できんのや……』と思うと涙が出ました」

 アイリだけは「ほかの学校の前では絶対に泣きたくない」と必死に感情を抑えていた。

 コシココは泣きながらステージを出ると、みんなのところへ戻った。

 桜ブラスのメンバーは無言のままホールを後にした。バス停まで歩く間、不思議ときれいな2列になっていた。誰もひと言も口を利かなかった。そのまま路線バスに乗り、学校へ向かった。

 バスを降りた部員たちは、門から校舎へ続く坂道を上った。きつく、長い坂道だ。左右には歴代の卒業生が毎年植樹した桜の木々が並んでいる。金沢桜丘高校を象徴するような道だった。木々の枝では盛んにセミが鳴いている。濃い緑の葉の隙間から真夏の太陽が差し込み、憔悴した部員たちに降り注いだ。

「やばい。暑い……」と誰かが言った。

 久しぶりに聞く仲間の声だった。みんな汗だくだということに気づいた。

「やばいね」「あっつ……」と次々に声が漏れてきた。

 2024年の記録的な酷暑が、桜ブラスの重すぎる沈黙を溶かしてくれたのだった。

 校舎までたどり着くと、楽器を積んだトラックがやってきた。部員たちは荷台の前に列を作り、打楽器を下ろした。列に並びながら泣いている子もいた。

 県大会のステージでも使った打楽器を目にしたとき、コシココの心にこんな思いがよぎった。

「この楽器を演奏するのも、もう最後なんや……」

 不意に感情が込み上げてきた。コシココはこう語る。

「みんなの前で泣くのはイヤやから、楽器庫に入ってひとしきり泣いて、またみんなのところへ戻りました」

 片付けが終わった後、終礼をした。

 寄島先生が目を潤ませながら言った。

「結果に結びつけられなかったのは指導者のせいだ。もっとコンクールに向けて活動をさせてあげたかったのに……ごめん」

 先生が謝ると、みんな堰を切ったように号泣した。先生のせいではないと誰もがわかっていた。でも、決まってしまった結果をどうすることもできない。時間を遡ることも、音楽を巻き戻すこともできない。

 桜ブラスの3年生はコンクールが終わった時点で引退となる。昨年まではそれが10月下旬だった。青天の霹靂のように、3カ月も早い引退が突如決まってしまった。

 こうして、金沢の「桜」ははかなくも散ったのだった。

 県大会の翌朝、アイリは目が覚めると、こう思ったという。

「あ、もう県大会は終わったんや。今日から部活ないんやな……」

 夢であってほしかったが、それが現実だった。3年生は学校で補習授業があったが、コシココやアイリたちは音楽室に集まって泣き、授業が始まってもずっと沈んだままだった。

 その翌日、コシココは寄島先生に提案した。

「私たち、このままでは終われません。せめて音楽室に保護者を呼んで、最後に演奏を聴いてもらいたいです」

 先生は考えた。北陸大会を見越して8月6日に練習用にホールを押さえてあった。そこで、急遽ホールを使って「LAST CONCERT〜3年生引退公演〜(練習公開)」を開催することにした。

 練習できたのは3日だけだった。それでも、音楽を奏でるうちに部員たちの表情は少しずつ明るくなっていった。

 当日、口コミだけだったにもかかわらず、ホールには保護者や卒業生などを中心に多くの観客が詰めかけた。

 桜ブラスは3年生が選曲した12曲を熱演した。その中にはコンクールの課題曲・自由曲も含まれていた。

 コシココは語る。
「お客さんに『このレベルやったから北陸大会に行かれんかったんやな』と思われたくありませんでした。逆に、『この演奏で、なんで桜は北陸行かれなかったんやろ?』と思われるくらい精いっぱいの演奏をしました」

 コンサート最後の曲は「宝島」だった。みんなで笑顔で終わろうという思いを込めた選曲だった。

「笑顔だけのつもりが、『これで桜ブラス生活も全部最後なんや』と思ったら、途中で泣いてしまいました」とコシココは語った。

「コントラバスの位置からはみんなの顔が見えるんですけど、最後に笑顔で『宝島』を演奏するみんなを眺めながら、このメンバーでよかったと幸せを感じました」とアイリは言った。

 失ったものは大きい。だが、コシココたち桜ブラスがともに重ねてきた濃密な時間は決して無駄にはならない。ひとつの目標に向かって努力を重ねるかけがえのない経験で部員たちは大きく成長した。そこで生まれた絆はきっと一生続いていくことだろう。

LAST CONCERT〜3年生引退公演〜(練習公開)

 その後、北陸大会が行われ、代表2校が決まった。10月20日には全日本吹奏楽コンクールが開催される。

 今年の「吹奏楽の甲子園」の舞台に桜ブラスの姿はない。

 だが、ラストコンサートのステージ上には「部員たちの笑顔」という花が咲いた。散ったはずの桜が、満開になっていた。

 それは全国大会に出場することにも決して劣らない、美しく輝く青春の「桜」だった——。

(※その後、金沢桜丘高校吹奏楽部は10月27日に東京・文京シビックホールで開催される日本管楽合奏コンテストに出場が決定。3年生はこの大会のためだけに復帰、受験勉強と両立しながら練習を重ねている)


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