北アルプスの真ん中でクラシックを語る!

登る指揮者” 横山奏が、山と溪谷社主催 涸沢フェスティバルに参加!

取材・文:編集部

涸沢を背景に、指揮者の横山奏さん

 涸沢。山に興味がある方なら聴いたことがあるだろう。登山を始めたばかりの人なら憧れの場所であり、一度その景色を見たら何度でも行きたくなってしまう山好きにとって聖地と言っても過言ではない場所だ。上高地からおよそ6時間、穂高連峰に抱かれた標高2,300mに位置する涸沢。そこで行われるのが山岳フェスの草分け“涸沢フェスティバル”だ。日本の山岳雑誌の代名詞、山と溪谷社が2008年にスタートし、10年にわたって山や自然の魅力を紹介してきた。そして2024年9月5〜8日の4日間、コロナ禍を経て6年ぶりの復活開催となった。
 
 今回ぶらあぼ編集部は縁あってこのフェスに指揮者の横山奏さん、地元のヴァイオリニスト 山田詩織さんと共に参加することに。上高地から3時間、奥上高地に位置する横尾山荘という山小屋で、登山愛好家にトークと実演でクラシックの魅力を紹介するという試みだ。そもそもR.シュトラウスのアルプス交響曲をはじめ、山や自然を愛する作曲家は数多く、現在においても世界的チェロ奏者のマリオ・ブルネロが富士山の頂上で演奏するなど、登山を趣味とする音楽家は少なくない。今回参加した横山さんも山好きの音楽家のひとりで、NHKラジオで放送中の山をテーマにした番組「石丸謙二郎の山カフェ」にゲスト最多出演するなど、山と音楽の魅力を発信している。また、地方公演の移動やその空き時間を使って山登りをしている様子を、SNSなどにしばしば投稿している。

どこか精悍な佇まいの横尾山荘。お風呂もある!(C)Naoya Yokoyama

 イベントは横尾山荘の宿泊者を対象に9月6日の19時から行われた。その日は朝から快晴。当夜、話題にすべく、横山さんと編集部員は涸沢本会場の様子を見学しに行くことにした。朝7時、横尾を出発。涸沢までは標高差およそ700m、3時間の行程だ。最初はなだらかな登山道も徐々に険しくなっていくが、早朝で気温も湿度も低く気持ちよく登っていく。そして予定より30分早く、涸沢に到着。最高の景色が私たちを待っていた。
 
 涸沢の中央に位置する山小屋・涸沢ヒュッテのテラスにはステージが設けられるなど、涸沢フェス仕様に彩られ、イベント気分を盛り上げている。残念ながら滞在時間が短くじっくりイベントを見ることはできなかったが、ゲスト出演者の俳優 小林綾子さん、“山の編集長”こと萩原浩司さん、そしてNHKの「グレートトラバース」でお馴染みのプロアドベンチャーレーサー田中陽希さんらと言葉を交わすことができた。

涸沢ヒュッテより穂高の稜線を望む。この景色のなかでのランチは絶品。(C)Naoya Yokoyama

 山を歩いている間は基本的にいろいろな話に花を咲かせているが、ふと横山さんが沈黙することが何度かあった。山荘に戻ってそのことを尋ねてみると「山歩きは音楽のことを考える時間に最適なんです。もちろん目の前の景色も楽しんでいますが、暗譜できているか確認してみたり、頭の中で音を鳴らしてみたりしているんです」との回答が。横山さんの頭の中には、指揮者ならではの世界が広がっているようだ。

 日も落ちて横尾山荘でのトークイベントが始まる。当日は満室と聞いてはいたが、会場いっぱいの60人近い山好きが集まってくれた。まず初めに、山田詩織さんのヴァイオリン生演奏でスタート。曲はバッハの無伴奏パルティータ3番からガヴォット。ついで横山さんが山に合うおすすめの曲を写真とともに紹介していく。指揮者ならではの視点から語られる音楽の魅力に客席は驚いたり、大きく頷いたり。70分のイベントはあっという間に終盤へ、最後もやはり山田さんのヴァイオリン生演奏で締めくくり、盛大な拍手でイベントを終えた。

山田詩織さんの演奏に聴き入る 写真提供:山と溪谷社
登山愛好家のみなさんも大満足のご様子 写真提供:山と溪谷社

 山と音楽。対照的なようで、たくさんの共通点がありそうに思う。いずれも簡単にはじめられるけど奥が深く、生涯続けていく人が多い。山も音楽も一期一会で、最高の瞬間の美しさには、ただただ言葉を失ってしまう。動の趣味と静の趣味、両方嗜んでもっともっと心の贅沢をしてみてはいかがでしょう?