リーズ国際ピアノコンクール ファイナルを振り返って

取材・文・写真:高坂はる香

 リーズ国際ピアノコンクールはすべての演奏が終わり、最終結果が発表されました。

第1位 Jaeden Izik-Dzurko(カナダ)
第2位 Junyan Chen(中国)
第3位 Khanh Nhi Luong(ベトナム)
第4位 Kai-Min Chang(台湾)
第5位 Julian Trevelyan(イギリス)

 日本の牛田智大さんは、インターネットによる投票で選ばれたMedici.tv聴衆賞を受賞! お話を聞いた審査員の何人かからは、彼がこの賞に選ばれてよかったという声が聞かれました。

 10日間にわたって行われたコンクールが幕を閉じたところで、9月20〜21日のファイナルを振り返りたいと思います。

St.George’s Hall

 通常ファイナルが行われてきたリーズのタウンホールが改修工事中のため、今年のファイナルはリーズから西に15キロほどのブラッドフォードのSt.George’s Hallが舞台となりました。3階席まである劇場で、審査員席は2階のバルコニーの一番前。その少し後ろの席で聴いたときにはちょっと音が届きにくい印象だったのと、あまり響くホールでもないので、音のコントロールが難しそうです。

 ファイナルでは、バッハ、ベートーヴェンの1、3、4番、メンデルスゾーン、モーツァルトというグループ1、ラヴェル、シューマン夫妻、バルトーク、プロコフィエフ、ラフマニノフというグループ2、それぞれから一曲ずつレパートリーを用意して、審査員団に指定された方を演奏します。

 例えばラフマニノフの3番のような華やかかつ技巧的な曲と、別の意味の難しさのあるモーツァルトやバッハを比較して審査することなどできるのか…という疑問が湧く規定ではありました。しかもグループ1、2がほぼ半々になるように指定されるのかと思っていたら、結果的にはKai-Min Changさんのみグループ1、他の4人がグループ2ということに。

 Kai-Minさんはベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を選んでいましたが、「運悪くグループ1が選ばれてしまった場合も勝てる可能性があるように、できるだけ大きな作品を選んでおいた」と話していました。

 優勝を強く意識するピアニストの中には、同じ理由でこのあたりの曲を選んでいた人が多かったのではないでしょうか。共演は、ドミンゴ・インドヤン指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団。

 初日の最初に演奏したのは、イギリスのJulian Trevelyanさん。補欠からの繰り上げ出場となり、見事ファイナルまで進出しました。
「2週間前に急に言われ、急いで準備をして、結果的に8歳の頃から憧れていたリーズコンクールのファイナルで演奏するという夢を叶えることができてとてもうれしい」とのこと。
そんなにもギリギリで準備していたとは。

Julian Trevelyan

 演奏したのは、バルトークのピアノ協奏曲第3番。彼は、日本でもおなじみのレナ・シェレシェフスカヤ先生のお弟子さんですが、彼女のお弟子さんらしい自由な音楽が特徴で、この華やかな選曲がとても合っていたように思います。終盤、森の中でトロピカルな色の鳥たちが会話しているような場面は特に印象的でした。音楽家として最も大切にしていることを尋ねると、こんな答えが返ってきました。「音楽を伝え、人の心に触れることです!」

 二人目に演奏したのは、台湾のKai-Min Changさん。もう一つ選んでいたブラームスの3番は、一度オーケストラと演奏したこともあり、本当はそちらが選ばれるといいなと思っていたそうです。8月に勉強を終えたばかりで初めて本番にのせたというベートーヴェンの4番ですが、彼の骨太でしっかりとした音が生かされ、エネルギーがふつふつと湧き上がってくるような音楽を届けてくれました。最初から最後までとっても緊張していたそうですが。

Junyan Chen

 初日最後に演奏したのは、中国のJunyan Chenさん。なかなか演奏される機会のないレパートリーながら、自分の心にとても近いというラフマニノフのピアノ協奏曲第4番を演奏。上に屋根がかぶっている2階席では、細かい音が聴こえにくいところがありましたが、俊敏な表現を生き生きと楽しそうに奏でていて、この作品を本当に好きなのだということが伝わってきます。聴衆とコミュニケーションをとり、巻こむ力のある彼女の良さが、このレパートリーでうまく生かされていました。演奏後のバックステージには、女性作曲家作品の優秀な演奏に与えられるAlexandra Dariescu賞のプレゼンターのアレクサンドラさんが祝福に訪れていました。そして最終的に、この賞はJunyanさんが受賞。

配信の司会も務めたAlexandra Dariescuが祝福する

 授賞式ではアレクサンドラさんの「コンクールでこれだけ女性作曲家にスポットライトが当てられたのは初めてのこと。見えない限界を打ち破るための一歩として、この賞は存在します。変化はこれからではなく、もう起きているといいたい」というスピーチがとても力強く響きました。

 2日目には残るお二人が演奏。

 ベトナムのKhanh Nhi Luongさんは、プロコフィエフのピアノ協奏曲第3番を演奏。はきはきとした鮮やかな音ではじめ、細かい音が少し聴き取りにくいところはありながらも、爽やかでまっすぐなプロコフィエフを聴かせてくれました。
リーズ国際ピアノコンクールが始まって史上はじめてのベトナム人コンテスタントだったそうですが、ファイナルに進んで、その意味の大きさを改めて感じていたそうです。

 最後の奏者となったのは、カナダのJaeden Izik-Dzurkoさん。ブラームスのピアノ協奏曲第2番というヘビーな選曲です。始まってすぐに、音が十分に届いてきていることに驚きます。このコンクールで使われているスタインウェイはわりと丸い音という印象がありますが、彼が弾くときは、いつもしっかりと突き刺さってくるような音が鳴るのがすごいところです。重いというよりは、硬質できらりとした音を使い、ブラームスの情熱をどこか爽やかさも感じさせながら表現していきました。終楽章に入っていったんふわっと音の色を変えたところから、また徐々に音の“素材感”を変えていく様もおもしろい。「響きが少しドライで音響的には少しチャレンジングな空間だったけれど、そのおかげで親密な演奏になるという利点もあった」と、Jaedenさん。

Jaeden Izik-Dzurko

 すべての演奏が終わったのは20時半前ごろ。開演前に、結果発表は21時半というアナウンスがありましたが、きっかり時間通りにセレモニーはスタートし、リーズの新しい優勝者として、Jaeden Izik-Dzurkoさんの名前がアナウンスされました。
「リーズ国際ピアノコンクールは、ピアニストにとってとても大きな存在です。これまでの優勝者には、私が憧れ、インスピレーションを受けてきた偉大なピアニストがいます。そこにこうして名前を連ねることができたなんて、おこがましいような気持ちがしています」
 パワーがあって主張の強い印象のあるピアニストですが、こういう繊細さや優しさも持ち合わせていることは、たしかに演奏の端々からも見え隠れしていました。

 審査員の一部の先生方にお話を聞いた限り、優勝はJaedenさんというのはわりとみんなに共通した意見で、2位以降は拮抗していたのだろうという印象です。最終的な順位は全ステージの印象でつけられたものですが、審査員が彼について口々に言っていたのは、どのステージでも主張がはっきりしていて、その多くに説得力があったということ。自分を伝え、揺るぎない確信を感じさせる演奏、繊細な強さは、Jaedenさんならではの美点でした。

 すでに数々のコンクールで優勝してきたピアニストが、また一つ、伝統あるコンクールで頂点に立つという結末となりました!

Leeds International Piano Competition
https://www.leedspiano.com

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/

https://ebravo.jp/archives/173725