北とぴあ国際音楽祭の聴きどころ

寺神戸亮&レ・ボレアードがモーツァルトの傑作オペラ・セリアに挑む

左より:寺神戸 亮 ©Tadahiko Nagata/ロベルタ・マメリ/ルーファス・ミュラー ©Eleanor Bentall/大山大輔 ©Yoshinobu Fukaya

 その昔、西暦79年8月の火山大爆発でかのポンペイが壊滅したとき、ローマから救援物資を送った人物がいた。それが皇帝ティトゥス(イタリア語でティート)。彼の治世は短くも、その業績は後代まで伝わったのだ。

 18世紀のイタリアや独墺圏で持て囃された「オペラ・セリア(正歌劇)」のジャンルは、こうした「有徳の主の所業を称える」という筋書きを基本とした。欧州各国の宮廷作曲家が、君主に見せるオペラをイタリア語の台本で書くとき「オペラにお金を出される貴方様も、現代の賢帝でございましょう」と態度で示すためである。スポンサーたる王侯貴族を喜ばせるには、彼らの心を直にくすぐる題材選びが不可欠であった。

 ただ、そのオペラ・セリアも、宮廷の力が弱まった19世紀には徐々に姿を消したが、1791年というぎりぎりの時点で、最高傑作が誕生する。それが、モーツァルトの《皇帝ティートの慈悲》である。このオペラはボヘミア王の戴冠式のために書かれ、1791年9月にチェコのプラハで世界初演を敢行。物語は皇帝の妃選びにまつわり、野心漲る女性ヴィテッリアが、「ティートが自分を選ばないのなら、私を愛するセストを唆して、帝を暗殺してやるわ!」と息巻くというもの。しかし、すべてを知ったティートは、それでも、敵方を赦すという寛大な裁きを下し、皇帝賛美の大合唱で幕となる。

主要キャストには実力派がズラリ

 今回、北とぴあ国際音楽祭がこの《皇帝ティートの慈悲》を取り上げると聞き、筆者は「なるほど。バロック・オペラで積み重ねた経験のもと、古典派の最高傑作に挑むんだ」と深く頷いた次第。指揮の寺神戸亮が、名歌手たちと手兵の演奏集団レ・ボレアードと共にスリリングな演奏を繰り広げる姿が、頭にすぐ浮かんできた。本作は、歌手の優れた声の技とピリオド楽器奏者の巧みな演奏能力が合わさって格別の境地を呈すが、配役では特に、セスト役のメゾソプラノ、ガイア・ペトローネの爽やかな歌声に加えて、ヴィテッリア役のソプラノ、ロベルタ・マメリの強烈な性格表現に期待したい。第1幕の三重唱 —刺客を向かわせた途端に、自分が皇妃になると知らされ慌てふためくヴィテッリアが、混乱の頂点で超高音のレ(D音)を放つ— で、マメリがどこまでヴィヴィッドな表現を聴かせるか、その瞬間が待ち遠しいのである。

 また、題名役の英国人テノール、ルーファス・ミュラーが威厳と心の葛藤を共に示す辺りにもご注目を。特に第2幕で声の技を駆使する名アリアでの巧みな息遣いが聴きものだろう。近衛兵の長プブリオ役のバリトン大山大輔は、演出も担当。すでに経験豊富な大山なら、緊迫感溢れる情景をダイナミックに見せてくれるに違いない。

個性派ピアニストが挑む意欲的なステージも

北村朋幹 ©TAKA MAYUMI

 なお、今回の音楽祭ではもう一つの目玉として、ピアニストの北村朋幹が国内で初めて、フォルテピアノで開催するリサイタルも注目の的に。モーツァルトの時代から発達を遂げたフォルテピアノの音色は、現代ピアノの「カラー写真」的な音の多彩さとは違って、「セピア色」の味わいで耳に迫るもの。シューマンの「幻想曲」のようなロマン派の曲が、この楽器でどのような新境地に至るのか、これまた期待大である。このほか、子ども向けのステージ「芸大とあそぼう in 北とぴあ『パンプキングと白鳥の騎士』」や、榎政則(ピアノ)と片岡一郎(活動弁士)が組む即興コンサートなど、工夫をこらした様々なプログラムもどうぞお楽しみに。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2024年11月号より)

北とぴあ国際音楽祭2024
2024.10/26(土)〜12/1(日) 北とぴあ さくらホール 他
モーツァルト作曲 オペラ《皇帝ティートの慈悲》(セミ・ステージ形式)
11/29(金)18:30、12/1(日)14:00 北とぴあ さくらホール
北村朋幹 フォルテピアノ・リサイタル —シューマン《幻想曲》をめぐって 
10/26(土)16:00 北とぴあ さくらホール
芸大とあそぼう in 北とぴあ「パンプキングと白鳥の騎士」 
11/2(土)11:00 14:00 北とぴあ さくらホール
榎 政則 ピアノ即興ライブ ~あなたの生活に、サウンドトラックを~ 
11/23(土・祝)14:00 北とぴあ つつじホール
問 北区文化振興財団03-5390-1221

https://kitabunka.or.jp/himf/
※音楽祭の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。