トップオーケストラの音楽家たちはいったいどんな話をしているのだろう? 「ぶらあぼONLINE」特別企画としてスタートした「オーケストラの楽屋から」、今回は東京フィルハーモニー交響楽団の登場です。
お集まりいただいたのは、東京フィルが誇る二人のテューバ奏者の大塚哲也さんと荻野晋さんに、ホルンの田場英子さんと豊田万紀さん、トロンボーンの辻姫子さんの5名。第3回は、オペラやバレエ、ポップスまで、多くのアーティストと共演してきた東京フィルの、5人が特に印象の残る方々との共演エピソードトークに花が咲きました。
Vol.3 日本のオケマンみな玉置浩二さん好き!?
辻 我々は指揮者の方と物理的な距離が遠いから、密なコンタクトというよりは、この距離感からどうやってお応えするか、みたいな緊張感の方が強いですよね。
田場 弦の人たちは結構コンタクトとっているみたいで。マエストロ プレトニョフはふだん全然笑わないのにたまにニコってするときがあって、何で笑っているかはよく分からないんだけど、その時はちょっとほっとします。
辻 ほっこりエピソードですね(笑)。
田場 マエストロ チョンは笑うかな・・・。
大塚 マエストロ チョンはぼそっとジョークを言う。
田場 マエストロ チョンでいえば、スコップくれたり(2001年「音を掘りおこす」という言葉とともに東京フィルに贈った)、大きなマグナムのシャンパンをくれたり。
荻野 あれはすごかった。
田場 それを一人ひとりに振る舞ってくれたんだけど。
荻野 マエストロ チョンはそうやってみんなで分かち合うのがすごく好きだね。
田場 そうそう。アジア・ツアーの時もマエストロチョンが設けてくれる席があってね。
荻野 うん。
田場 いまは全然できないけれど。それと新年会だったかな、席を設けてくれて楽員がそれに参加したんだけど、みんなで出し物をして。オペラのアリアを歌ったり、チンドン屋みたいなのしたり、最後はダンス・パーティーになってみんなでぐるぐる回るという。
豊田 へぇ、すごい。
辻 世の中が落ち着いたらまたやってほしいですね。
田場 やってくれるんじゃないかなと思う、マエストロチョンだったら。
大塚 マエストロ プレトニョフは控え室でたまにピアノ練習してるんですよね! それがドアから漏れてくるのがね、なんて贅沢なんだろうって。
田場 そう、最高!
辻 べらぼうに上手な。
田場 マエストロチョンも弾いてるよね、すっごく感動する。
大塚 マエストロ バッティストーニはそういう話何かないですかね?
田場 ほぼほぼ(楽員が)マエストロより年上だからね(笑)。
続いて、その他の指揮者やこれまでに共演してきた歌手やソリストで印象深い方はいますか? オペラものなどいっぱいあるから・・・・・・新国立劇場はコロナ前とかすごい歌手がたくさん来てましたね。
大塚 これから出てくる人とか。
豊田 すごい歌手の方がいるなと思っても(リハーサルも本番も)舞台が常に見えないので、プログラムやカーテンコールで見ても「どの人?」って……。
田場 コロナ前は歌合わせのときにオケの後ろで歌ってくれて、至近距離で聴けたんだよね。いまは稽古も分かれているから、あんまりリアルに聴けないけど。
豊田 そうなんですね。
田場 贅沢でしたね。また贅沢な日々が戻ることを祈ります。姫子ちゃんは?
辻 私は・・・玉置浩二さんですね。
一同 あぁ!!
辻 自分としてはクラシック奏者という自覚があって、玉置さんはやはりポップスの方って捉えていたので、初めて共演させていただいたときに声量から歌心までこんなに完璧で、それも拍子感とかこちらともなに一つずれもなくて、こんなすっと融合できちゃうんだって感動したのはいまでも忘れられなくて。
田場 本当だね。一緒にやらないと分からないからね。
辻 そうなんです、テレビで見てたら分からなかったんですけど。
田場 ゲネプロも、全部ガッツリ歌うよね。
辻 1ヵ所マイクなしでオケと歌われたときも声量がオケに全然負けない。
田場 みんな心掴まれましたね。
辻 みなファンになりましたもんね。
田場 大塚くんは?
大塚 僕も玉置さんすごいなって思ったのと、あとはオペラですとまずレジェンド的な方。プラシド・ドミンゴさん、ホセ・カレーラスさんなどと共演できるのはすごく嬉しい。それとジュゼッペ・サッバティーニさん。有名な…
荻野 テノール。
大塚 以前指揮者で来られた時に、すごく博学で、曲に応じて「これはテューバで、これはチンバッソで」「プッチーニはテューバでやって」と、全部指定されて。
荻野 へぇ!
大塚 確か元々コントラバス奏者で。
荻野・辻 そうそう。
大塚 あと我々管楽器は「歌うように」演奏できたらすごくいいなと思って日々練習しているんですけど、新国立劇場のオペラだとその見本が舞台上にあるので、いつもレッスンになっていますね。オペラの場合は何回も本番があるので、こういうコンディションの時こういう風に変えてくるんだとか、すごく勉強になります。
荻野 僕はね、玉置浩二さんはやっぱり素晴らしいと思う。あとはエディタ・グルベローヴァさん。彼女はたぶんスロースターターの方だと思うのだけど、歌っていくうちにどんどん良くなっていくという。終わりの方はとんでもなく素晴らしくなっている。
辻 ドラマがありますね、そこにも。
荻野 僕なんか最初からいい状態でいこうと思うと終わりの方でばてるから、最初そんな形でいいかもって。
辻 金管はそれも大事かもしれませんけどね。
田場 全然変わらなかったんですよね、あのかわいい感じの声質とか。
辻 ええ本当に、すごい。
田場 私は指揮者ですね、ペーター・シュナイダーさん。
荻野 あ! うん。
田場 新国立劇場の《ばらの騎士》で、あまり振らないのに・・・
大塚 そう! 出来上がっているという。
田場 そのときの元帥夫人とオクタヴィアンが外国の方だったんだけれど、その二人(カミッラ・ニールントとエレナ・ツィトコーワ)がまた素晴らしくて。全部が揺れているというか、その元帥夫人とオクタヴィアンのデュエットもそうだし、オクタヴィアンとゾフィーの場面もきれいで、泣きながら吹いてました。あれはもうめっちゃくちゃ幸せでした。
大塚 2007年ですよね。
田場 そう。またシュナイダーさん来ないかなって思ったけれど、その時すでにお年だったから、それ以来来てないのかな? 本当に忘れられない。
豊田 私はテレビで東急ジルベスターコンサートのマエストロ バッティストーニ*を見て(笑)。
*首席指揮者アンドレア・バッティストーニが出演した「東急ジルベスターコンサート2018-2019」での演奏恒例の年越しカウントダウン曲だったヴェルディの歌劇《アイーダ》凱旋行進曲で、新年まで約15秒を残して最後の音に到達したが、バッティストーニの気迫に導かれたオーケストラは約15秒間のフェルマータ&クレッシェンドを完遂! 全国で生中継されSNS等でも話題沸騰した。
辻 私もそれちょっと気になっていた・・・・・・。《アイーダ》の「凱旋行進曲」でしょ?
豊田 あの時、私はまだ入団していなくてテレビで見てて。
辻 あれができるのはマエストロ バッティストーニだけですね。
豊田 面白かったです。
大塚 僕、たぶん10回ぐらい息吸ったかも。
田場 私も。しかもクレッシェンド的な手(指揮)が出てたから「えー!」みたいな。
一同 (笑)
豊田 ずっとクレッシェンドしているように見えていました。
田場 でも、あれが結構面白くて、マエストロ バッティストーニの演奏会に来るって子たちがいたって。
荻野 へぇ。
田場 こんな情熱的な指揮者がいるなら行こうみたいな。だから大学生や高校生とかがすごく来てくれた。
辻 確かに若い人にこそ聴いてほしい指揮者ですよね。こんな熱くなれちゃうよ、熱くいこうぜ!みたいな。
荻野 僕は、そんなに楽しい話はないよ。「巨人」の3楽章がうまく始められなくて、マエストロ チョンに「速いと思ってるのか、遅いと思ってるのか」と聞かれて。
田場 へぇ。でもそういうこと聞いてくれるんですね。
辻 私が入ったばっかりの初めてのマエストロ チョンの定期は、それこそマーラーだったんですけど、マエストロの「間」に対応しきれなかったです。その時セカンドだったので、指揮に合わせて入るというよりも、1番の方に合わせて入ることしかできなくて、未熟だったと思うのですが、皆さんどうやって出てるんだろうみたいな感じで吹いていました。でもそれを一回経験して、次からは一緒に出ることができるようになって、あぁ空気感とかあるんだなって思いました。
田場 あの指揮の早振りはめちゃくちゃびっくりするよね。
辻 一生懸命他の方に合わせてみたいな感じで。確か最初はそうでした。
田場 だから自分の棒に合わせろとは言わないものね。
辻 そうですね、1回も聞いたことないですね。
田場 やっぱりそういう前提で振ってないものね、あの先振りはきっと。という気がする。
大塚 指揮者とのエピソードでいうと、ちょうどいま新国立劇場で《くるみ割り人形》で指揮されているウクライナ出身のアレクセイ・バクランさん。とにかくよく喋って、チャイコフスキー愛とバレエ愛がすごい。僕ら「バクラン先生」って呼んじゃったりするんですけど、なんかいいですよね。
田場 うん。
大塚 職人系の指揮者と一緒にやるのも面白いかなと思っています。去年ちょうどお正月に『くるみ割り人形』をやったらその後、世の中が大変になっちゃって、1年経ってまた戻って来られて、日本で演奏できるのはすごくよかったなって思います。
田場 よくいらしてくれたよね。
一同 うんうん。
大塚 好きなんだろうなっていうのが、すごく滲み出てくる方で。
田場 言葉のチョイスとかもすごく面白い。
豊田 私、あの「チョットマテ」が好きです。「マテ、マテ、マテ」って。
大塚 「チョッティッシモ」も。
田場 可愛いよね。
大塚 終わった後に(カーテンコールで)全部のパートをたたえるの、お客様はそれを見るのが好きみたい。
豊田 そうなんですね。
田場 譜面台と、譜面台についてるライトとの間に指揮棒を入れて、カチャカチャカチャってみんなにやるの。いろんなセクションに。もちろんホルンにもね。
豊田 あ、そう人数で!(手でセクションの人数を示して)
田場 そうそう人数でこうやってね、お客さんにも拍手を促して。すごく面白くて陽気な方。だけど、もちろんウクライナのことで心ではいろいろと思うことがおありだと思うんですけどね・・・・・・。
(vol.4へつづく)
東京フィルハーモニー交響楽団 今後の公演
●2月定期演奏会
第152回 東京オペラシティ定期シリーズ
2023.2/22(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
第980回 サントリー定期シリーズ
2/24(金)19:00 サントリーホール
第981回 オーチャード定期演奏会
2/26(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
指揮:ミハイル・プレトニョフ(東京フィル 特別客演指揮者)
ピアノ:イム・ユンチャン*(2022年ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール優勝)
●3月定期演奏会
第153回 東京オペラシティ定期シリーズ
2023.3/9(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
第982回 サントリー定期シリーズ
3/10(金)19:00 サントリーホール
第983回 オーチャード定期演奏会
3/12(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ(首席指揮者)
問:東京フィルチケットサービス03-5353-9522
https://www.tpo.or.jp
●新宿文化センター×東京フィルハーモニー交響楽団
ベルリオーズ「レクイエム」
2023.3/18(土)15:00 新宿文化センター
出演
アンドレア・バッティストーニ(指揮) 宮里直樹(テノール)
東京フィルハーモニー交響楽団 新宿文化センター合唱団
問:新宿文化センター(公益財団法人新宿未来創造財団)03-3350-1141
https://www.regasu-shinjuku.or.jp/bunka-center/shusai/32722/
田場英子 Eiko Taba
1991年東京音楽大学卒。
同年新星日本交響楽団入団。1997年アメリカ・シカゴに留学。現在東京フィルハーモニー交響楽団団員、オイロス・アンサンブル、つの笛集団メンバー。
聖徳大学兼任講師、沖縄県立芸術大学非常勤講師。
豊田万紀 Toyoda Maki
千葉県出身。習志野市立習志野高等学校、東京藝術大学卒業。ホルンを丸山勉、守山光三、日高 剛、五十畑勉、西條貴人、伴野涼介の各氏に、室内楽を岡本正之、伴野涼介、有森博、山本正治の各氏に師事。これまでにエサ・タパニ、デニス・トライオンのマスタークラスを受講。リベルタスブラスクインテットメンバー。現在東京フィルハーモニー交響楽団ホルン奏者。
辻 姫子 Himeko Tsuji
京都市立芸術大学音楽学部管打楽専攻を首席で卒業。同大学大学院修士を課程修了。卒業時及び修了時に京都市長賞、並びに京都音楽協会賞を受賞。現在東京フィルハーモニー交響楽団副首席トロンボーン奏者。関西トロンボーン協会理事。これまでにトロンボーンを小西智、神谷敏、呉信一、岡本哲の各氏に師事。第13回日本トロンボーンコンペティション第2位。第15回松方ホール音楽賞受賞。第10回東京音楽コンクール金管部門第2位(1位なし)。
大塚哲也 Tetsuya Otsuka
1973年千葉県東金市生まれ。11歳よりテューバを始める。東京藝術大学および同大学院を卒業後、1998年仙台フィルハーモニー管弦楽団に入団、2002年アフィニス文化財団の派遣により、アメリカ・シカゴへ留学。帰国後、2007年より東京フィルハーモニー交響楽団団員。エマーノン・ブラス・クインテットのメンバー。武蔵野音楽大学・東邦音楽大学講師。船橋吹奏楽団音楽監督。日本ユーフォニアム・テューバ協会常任理事。
荻野 晋 Shin Ogino
東京藝術大学卒業。卒業後はミュンヘンにてロバート・トゥッチ、トーマス・ウォルシュの両氏に師事。1989年第6回日本管打楽器コンクールにおいて第1位を受賞、90年新星日本交響楽団に入団。99年、アフィニス文化財団の海外派遣研修員として渡米。2001年、合併により東京フィルハーモニー交響楽団団員。これまでに安元弘行、小倉貞行、小倉利文、アーノルド・ジェイコブス、デイヴィド・グリッデン、ジーン・ポコーニー、レックス・マーティンの各氏に師事。尚美学園大学、東京音楽大学、洗足学園大学非常勤講師。
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普段なかなか見ることのできないアーティストの素顔や生の声、意外な一面などを紹介していきます。音楽家としてだけでなく、“人”としての魅力をクローズアップし、クラシック音楽をより身近に、そして深く楽しんでもらいたい、そんな思いを込めたコーナーです。
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