オーケストラの楽屋から 〜N響編〜 vol.4

 トップオーケストラの音楽家たちはいったいどんな話をしているのだろう? 「ぶらあぼONLINE」特別企画としてスタートした「オーケストラの楽屋から」、今回は2度目の登場、NHK交響楽団です。首席チェロ奏者の辻本玲さんの呼びかけに、オーボエ首席の吉村結実さん、トランペット首席の菊本和昭さん、打楽器の黒田英実さんの3人が集まってくれました。世代も近い関西出身4人衆の本音と本気が入り交じる楽しいトークをどうぞ。

ぶらあぼONLINE特別企画:オーケストラの楽屋から
普段なかなか見ることのできないアーティストの素顔や生の声、意外な一面などを紹介していきます。音楽家としてだけでなく、“人”としての魅力をクローズアップし、クラシック音楽をより身近に、そして深く楽しんでもらいたい、そんな思いを込めたコーナーです。
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vol. 4 本番中に失神!?

辻本 みんなは指揮者にどういうものを求めてる? オレはけっこうエッシェンバッハが好きで。やっぱりその指揮者が来たからこそ出る音っていうのがすごく不思議な現象。エッシェンバッハさんのちょっと俗っぽい音が非常に好きで、今回はそれをとても楽しみにしてるんだけど、みなさんはどんな指揮者が好きですか?

菊本 やっぱり指揮者に一番求めているものは、オケをすごく聴いてくれる指揮者が、結果的には良い音楽になるんじゃないかなと。

吉村 私はいつも互いの信頼関係がうまくいったときに、音楽がほんまに良くなるかなって思っていて。指揮者から信頼されてないなって思うこともあるし、逆のこともあるし…。良くないけど。

左:辻本玲さん 右:吉村結実さん

菊本 それはもう人間ですからね。

吉村 そういうことがうまく噛み合ったときって、すごく良い本番ができたなって思うことが多くて。

辻本 やっぱり自然とオケも日によって、本番によって流れが違って、指揮者とテンポのちょっとしたズレとかもたぶんあると思うけど、それを強引に自分のテンポに持っていこうとする人と、そのままオケが流れてるから流しましょうっていう指揮者がいる。やっぱりオケもね、人間だから。そういう意味では、よくオケを聴いてて、オケからのフィードバックもちゃんと受け取って…。

吉村 そのときにしかできないものをつくるみたいなね。

菊本 ヤノフスキさん、めっちゃ怖いじゃない? でもね、「いや、言ってることはごもっともなんですよね」っていう気持ちになります。

菊本和昭さん

辻本 オレもすごい好きなんですよ。

菊本 すごい怖い。怖いけど喋りかけたら、めっちゃフレンドリーなんです。実はたぶん寂しがり屋と思ってる(笑) だからみんなで歓迎会とかしたらいいかもしれない(笑)

一同 (笑)

黒田 風船飾ってね(笑)

菊本 やっぱそういうコミュニケーションが大事。それこそコロナ禍を挟んで、人と人とのコミュニケーションがちょっと破綻してるのが僕は怖いなと思ってる。NHK交響楽団に毎回違う指揮者が来て、そういうコミュニケーションによって、同じ人間たちがやってても音楽が変わるわけじゃないですか。やっぱりそれが醍醐味。エッシェンバッハもそうですし、ここ4~6月で言うと、我らが首席指揮者ですよ! ちょっとすごいですよね。全く毛色の違うプログラムっていうところで。金管楽器やってる人間としては、この5月A定期。果たしてこれが乗り切れるのかという。

第2010回定期公演 Aプログラム
2024.5/11(土)、5/12(日) NHKホール

指揮 : ファビオ・ルイージ

パンフィリ/戦いに生きて[日本初演]
レスピーギ/交響詩「ローマの松」
レスピーギ/交響詩「ローマの噴水」 
レスピーギ/交響詩「ローマの祭り」

吉村 すごい。

菊本 このローマ三部作だけでも大変なのに、この謎のパンフィリ。これがもう怖くて仕方がない。早く楽譜が見たい。

黒田 あぁ、まだないんですね。

菊本 うん、たぶんないと思う。それが怖いなっていうところですかね。個人的にはフランス・プログラムの沖澤さん。ドビュッシーもどうなるのか。イベールの「寄港地」といえばオーボエじゃないですか。

第2014回定期公演 Cプログラム
2024.6/14(金)、6/15(土) NHKホール
指揮 : 沖澤のどか
ピアノ : デニス・コジュヒン
女声合唱 : 東京混声合唱団

イベール/寄港地
ラヴェル/左手のためのピアノ協奏曲
ドビュッシー/夜想曲

吉村 乗ります。

菊本 皆さんぜひ。5月、6月C定期は吉村を。

吉村 はい、吉村がんばります!

辻本 みんな大体どれぐらい前からさらう?

菊本 楽譜が手に入れば。

吉村 曲によります。難しい曲なら、もう本当に2、3ヵ月前から毎日やるって時もあります。

菊本 マーラー5番とかはもう出番決まった時点でさらい始めるから。あとは「展覧会」とかね。

吉村 何回やっても?

菊本 やっぱり初めてやるのが一番怖いんじゃないですか。だけど回数を重ねても…。

吉村 やっぱり怖いものは怖いですね。

菊本 年々、音符が少ない曲が怖い。モーツァルトとか、今まで何考えてたんやろって思うんやけれども。そういう意味では、この4月Bプロのシューマンの2番。コレ、しびれるんですよ、最初のラッパ。「ドードソーソド」ってドとソしか吹いてへんねんけど(笑) これオーケストラのオーディションでも出るんですよね。

吉村 へぇ。

黒田 オーボエ的には? どれが難しいの?

吉村 ブラ1とか、シューマンの2番もそうやし…。

黒田 あぁ…。太鼓はね、ないんですよね。

菊本 ないんか!

黒田 ブルックナーの7番に関しては一発だけですからね。

吉村 えー!

辻本 黒田さんの注目は?

黒田 打楽器自体がないのが多いんですけど…。でもかぶっちゃうけど、やっぱり5月のA定期ですよね。これは打楽器10人ですから!

辻本 えぇ!?

黒田 「ローマの祭り」はやっぱりいいんですよ。

黒田英実さん

菊本 「板」っていうパートがあるって聞いた。

黒田 板ね。板を2枚並べてカコンカコンってやるパートがあるんですけど。楽しいですよね。あとはねぇ…、あまり出番なくて…(笑)

菊本 もう打楽器を見るなら聴くなら、5月A。

黒田 そうですね。

吉村 管打楽器が大活躍!

辻本 4月B定期のキアン・ソルターニさんがめっちゃうまい。

吉村 へぇ、楽しみ。

菊本 何人? イタリア?

辻本 いや、イラン系だったと思う。

菊本 若い人ですか?

辻本 すごく若い。いまわりと第一線でやってる。めっちゃ楽しみ。

黒田 辻本さんもね、来シーズン(2024-25シーズン:2024年9月~2025年6月)弾かれますから。

菊本 せやで。9月C定期です。満を持して!

吉村 うんうん、楽しみ!

菊本 この「ロココの主題による変奏曲」のフィッツェンハーゲン版っていうのは何が違うんですか?

辻本 フィッツェンハーゲンのためにチャイコフスキーが書いたんだけど、バリエーションの順番とかが違って、オリジナルはもうひとつ違うバリエーションがあるのかな。オリジナル版はたぶんN響でも1回、佐藤晴真くんがやったかな。で、フィッツェンハーゲンがそれが映えないって言って(順番を)変えて、それがわりと主流になっちゃった。

菊本 じゃあ今回は、辻本ハーゲン版をやるみたいな?(笑)

辻本 辻本ハーゲン(笑)

吉村 普通のバージョンってことですよね。

辻本 そうそう。ノーマルの。

菊本 これ残念ながらトランペットないんですね。ご一緒できなくて残念です。名前的にありそうなのに。

吉村 ありそう、ありそう。

菊本 学生のときにスコア買ったのよ。大学の定期でやるっていうから。で、あれラッパない?って(笑)

一同 (笑)

黒田 いや、買う前に(笑)

菊本 買う前に見ろって話なんやけど(笑) だからウチにスコアあんねん、ちゃんと。

吉村 買い取ろうかな(笑)

菊本 持ってきます。

辻本 そうそう、チャイコフスキーってチェロはこの曲しかなくて。この曲ってやっぱりロココ風っていうぐらいだから、音的には調号も少ないし、そんな別に難しくない。初めてオケのトラに行ったときに、チャイ5かな、チャイ4か…。シャープとフラットが死ぬほどあって大変で(笑)

一同 (笑)

辻本 「ロココ風」から入っていってるから、「全然ちゃうやん!ちょっと待ってくれよ」ってなった(笑)

黒田 まさかの、こっちのほうが簡単やんってね(笑)

吉村 なんか来シーズンは管楽器のソリスト多くないですか。

菊本 多いですね。

黒田 伊藤圭さん(10月B定期)。

菊本 伊藤さんね、うん。

吉村 トランペットもフルートも。

菊本 はい。トランペットは11月C定期に、私の師匠ラインホルト・フリードリヒがついに来ます。

黒田 えぇー!!

吉村 師匠なんですね。

菊本 そうなんです。僕はこの人に習いたくて、ドイツの田舎町なんですけど、彼のところで勉強しました。

吉村 ホルンもあるしね(2月A定期ラデク・バボラーク)。フルートも2025年6月B定期に(カール・ハインツ・シュッツ)。

菊本 あぁ、最後のね、イベールのフルート協奏曲か。

辻本 2025年4月A定期のヴィオラの人は大化け物。

菊本 アントワーヌ・タメスティ。

辻本 そう。すごい人。

吉村 盛りだくさんですね、どれも。

菊本 ほんまになぁ。ヤナーチェクのシンフォニエッタか(2月A定期)。

吉村 わぁ、あるんですか。

菊本 あと僕、個人的にソヒエフが好きなので、そのソヒエフのプログラムもABCいいね(1月)。どれも大変そう。

黒田 どれも大変そうです。

菊本 マーラーの4番の前にベルクのヴァイオリンコンチェルトを持ってくるっていうプログラムも…(2025年5月B定期)。

吉村 ひぇー、恐ろしい。

菊本 これは大丈夫ですか? 就労法違反とかにならない?(笑)

一同 (笑)

菊本 やっぱり知らん曲が未だにいっぱいありますね。今ちらっと見たけど。

辻本 トランペットってアシスタントつくの?

菊本 あります、あります。じゃないと、ちょっと…。それこそ夏の公演とかだと4日連続で本番とかあるけど、僕なら持たん。1日くらい空けてくれんと。なので、そういうときはアシスタントをつけてやることがあるかな。

辻本 それはもう吹いてもらうところを自分で決めて?

菊本 そう、自分で決めて。やっぱこう、吹きっぱなしが一番ダメージくるんですよね。チャイコフスキーのシンフォニーの最後の1ページは本当要らないんですよ(笑)

一同 (笑)

菊本 休符をくれと。頼むと。八分休符じゃなくて全休符をくれと(笑) ていうページがやっぱりあったりするので…。

吉村 キラキラ飛んでますもんね。

菊本 そう、星が綺麗です。

吉村 星が飛ぶんですよね。

辻本 失神しそうになるの?

菊本 失神する!これは先々週も2、3回失神してますよ。

辻本 え、本番中?

黒田 ほんまに?

菊本 ほんま、ほんま。五線よりちょっと上の音で、でかく長くとかってなると、もう途中から意識はない。

辻本 えぇ!

黒田 え、本当にですか?

菊本 本当ですよ。

辻本 それはどうやって帰ってくるの?

吉村 私は、失神まではしないけど、星は飛んでます。

黒田 ええ!! 大丈夫?

菊本 セルフプラネタリウムと呼んでます。

黒田 あかん、あかん。危ない(笑)

菊本 夏の大三角形だ、みたいな(笑)

黒田 いや、見えてきたらあかんヤツ。

菊本 でもラッパ吹きはけっこうそういう経験ある、クラクラするっていうのは。失神なのかどうかわかんないけど。

吉村 やっぱり、たぶんオーボエもラッパもそうですけど、圧力がかかってるから。圧力がかかってるけど、息は入りきってないから、ff(フォルティシモ)で吹きっぱなしとか伸ばしっぱなしってなったら…トランペットが吹いてくれればオーボエは少し楽をさせてもらいますけど…(笑)

菊本 おいおい、ちょっと! 共に生きようって!

一同 (笑)

吉村 もし真面目に、本気でチャイコの5番の最後の1ページとか、ベト7とかを演奏したら、星が飛びまくって倒れてしまうかも。

菊本 うん。やっぱり、たぶん人間ができる呼吸の違うところに入っちゃうと、身体がストップさせようとするんやなと思うんですよ。なので、そうならないような吹き方をやっていかないと、もたないなと。

辻本 それは普段に息止めの練習とかって?

菊本 するする。

一同 え!!!

菊本 はい、しますよ。

吉村 どんなふうに?

菊本 だいたいわかったんですよ、クラクラするときの傾向が。ちょっと高い音域で、大きい音で長く保つ…その前に吹いてると大丈夫やねん。

吉村 ああ。急にだとダメ?

菊本 そう、その前に長休符があったりすると、すぐにパンってなるから、吹く前に何小節かとかはちょっとわからへんけども、息吸って止めて、吐いて、吸って、止めてっていうのを何回か繰り返して。それでちょっと心拍数上げておいてってやるとね。

吉村 なるほどね。心拍数を上げておく。勉強になりました。

菊本 でも吸いすぎるとあかんねんって。100%以上吸おうとすると、すぐにおかしくなっちゃうから、7、8割でいけるぞっていうふうにしとかないと、っていうことがあるらしい。

辻本 へぇ、そうなんだ。

菊本 そんなこと昔考えたことなかったけどね。歳やな、ほんまに。ある意味命がけですよね。でも大丈夫!

一同 (笑)

〜 End 〜



辻本玲 Rei Tsujimoto
チェロ (首席)

東京藝術大学音楽学部器楽科を首席で卒業後、シベリウス・アカデミー、ベルン芸術大学に留学。2009年ガスパール・カサド国際チェロ・コンクール第3位入賞(日本人最高位)。2013年齋藤秀雄メモリアル基金賞を受賞。
2019年CD『オブリヴィオン』をリリース(「レコード芸術」誌特選盤)。
使用楽器はNPO法人イエロー・エンジェルより1730年製作のアントニオ・ストラディヴァリウスを貸与されている。
公式サイト http://www.rei-tsujimoto.com

吉村結実 Yumi Yoshimura
オーボエ (首席)

東京音楽大学、パリ地方音楽院卒業。第9回東京音楽コンクール第3位、第82回日本音楽コンクール第1位の他受賞。ソリストとして日本センチュリー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団などと共演の他、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」、東京オペラシティ主催「B→Cリサイタルシリーズ」などに出演。ヤマハ音楽留学奨学生。PMFオーケストラアカデミー修了生。 オーボエを高山郁子、宮本文昭、古部賢一、ノラ・シスモンディの各氏に師事。兵庫芸術文化センター管弦楽団を経て、現在NHK交響楽団首席オーボエ奏者。

菊本和昭 Kazuaki Kikumoto
トランペット (首席)

兵庫県出身。京都立芸術大学首席卒業および同大学院首席修了。フライブルク音楽大学、カールスルーエ音楽大学にて学ぶ。賞歴は第19回日本管打楽器コンクール第1位。第72回日本音楽コンクール第1位および増沢賞。E.スミス国際トランペット・ソロ・コンペティション第2位など。京都市交響楽団を経て、2012年よりNHK交響楽団首席奏者。トランペットを早坂宏明、有馬純昭、A.プログ、R.フリードリヒ、故・Dr.E.H.タール各氏に師事。室内楽を呉信一氏に師事。東京藝術大学非常勤講師。大阪音楽大学客員教授。

黒田英実 Hidemi Kuroda
打楽器

大阪府立岸和田高等学校を経て武蔵野音楽大学器楽学科打楽器専攻卒業、同大大学院音楽研究科器楽(打楽器)専攻修了。福井直秋記念奨学生。 在学中よりオーケストラへの客演奏者としての活動を中心に、室内楽やミュージカル、レコーディングなどの各分野で研鑽を積む。第25回日本管打楽器コンクール第3位(パーカッション部門最高位)入賞。ソリストとして日本フィルハーモニー交響楽団と共演。これまでに打楽器を安藤芳広、安藤淳子、小谷康夫の各氏に師事。 武蔵野音楽大学講師。

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