オーケストラの楽屋から 〜東京フィル編〜 vol.4

 トップオーケストラの音楽家たちはいったいどんな話をしているのだろう? 「ぶらあぼONLINE」特別企画としてスタートした「オーケストラの楽屋から」、今回は東京フィルハーモニー交響楽団の登場です。

 お集まりいただいたのは、東京フィルが誇る二人のテューバ奏者、大塚哲也さんと荻野晋さんに、ホルンの田場英子さんと豊田万紀さん、トロンボーンの辻姫子さんの5名。第4回の最終回は、オーケストラ・ピットとステージを行き来し、いろいろな環境で演奏する東京フィルの金管奏者ならではの面白さ、苦労がテーマに。吹奏楽を勉強している学生の方へのメッセージが隠れているかも。

左より:大塚哲也さん、田場英子さん、豊田万紀さん、辻姫子さん、荻野晋さん

Vol.4 金管奏者の後ろにある「壁」と音調整

――演奏環境について

田場 (東京フィルのメンバーは)絶対オーケストラ・ピット、絶対ステージという境目がないものね・・・いろいろやっているから。

  この間は新国立劇場のオペラ《ドン・ジョヴァンニ》でずっとピットに“潜って”いて、終わった後そのまま「ファイナル・ファンタジー」に行きました。ピットとステージの境目は全くないですね(笑)。でも皆さん、毎回そんな感じですよね。

大塚 ステージでもいわゆるアコースティックだけじゃなくて、映画音楽やポップスとか、日本のオーケストラの中で一番、いろんな環境で演奏することに鍛えられているオーケストラですよね。

  最もジャンルレスというか。

大塚 例えばステージでも、サントリーホールみたいに響きがあって生でいく時と、目の前にマイクがある時とのタイミングの取り方が変わってくる。

荻野 えっ、そうなんだ、考えたことなかった。そんな使い分けられないもん。

大塚 いやいや。

大塚 あと僕はピットがあまり長くてステージに戻ってくると、明るくて眩しい。

田場 うんうんうん。

大塚 それこそコロナ禍なりたての頃、すごく広がらなきゃいけない時に、「そんなに広がって大丈夫ですか」と会場の方とか聞いてくださったけど、別にそう変わらないなって。たぶん、オーケストラによってはちょっと変わっただけで聞こえ方が違うのでできないとか、あるかもしれないけど、東京フィルはないですよね。

一同 うん。

  いろんな配置があるからですかね。

大塚 ですよね、(配置が変わっても)「全然大丈夫なんですけど」みたいな。反響板がないこともしょっちゅうあるしね。

荻野 僕は寒いから困ることが多い。ピットでもステージでもずっと風吹いてて。

  ピットは場所によって温度が全然違いますよね。真ん中の方が温度が高くて、我々は基本端っこだからいつも寒いんですかね。

大塚 ピットも曲によって響きや聞こえやすさで並びを変えたりするし。

田場 指揮者によってピットの深さも変わるからそれも大きな違いですよね。浅いとどうしても音量を抑えなきゃいけないし。

豊田 ホルンは、ピットとステージでも結構違うと思うんですけど、後ろが近いかどうかがすごく気になります。ピットだと本当に真後ろに壁。

  確かに、すぐ横に壁があったりね。

豊田 すぐ後ろに壁っていう場合だと、壁打ちしているみたいで。だからどうやって客席に聞こえているんだろうなってすごく気になります。

田場 東京文化会館(のオーケストラ・ピット)はすぐ後ろが壁で、「背もたれが壁」みたいな感じだものね。でも気にしないで吹いていてもお客さんには普通に聞こえているから、別に吹き方を変えなくてもいいのかなって。

  自分の聞き心地が良くないだけで、意外と客席には・・・

田場 実際自分が聴きにいってみても、ホルンがめちゃくちゃ“壁の音”してるとは思わないから。

豊田 あぁ確かに、思ったことないかもしれません。

田場 自分が慣れればよいということなのかなって、思いに至っています。

一同 (笑)

荻野 僕は気にしていないのは、分からないから変えようがない。

田場 それもありだと思います。

大塚 かっこいいなぁ。

荻野 でも壁がすぐそばにあるところで演奏したときに、一度「うるさい」って言われたことがあって、だからそういう時は気をつけなきゃいけないと。しかもそれ外国で、シュトゥットガルトのオーケストラに友だちが呼んでくれて行った時で、みんなにすごく笑われた。それだけ気をつけている。

田場 壁つながりだと、さっき万紀ちゃんが言っていたけど、ホルンだとたまにすぐ横に壁があって、ベルと壁がぶつかるみたいな時は音の反射を少なくするために布の幕を張ってもらったりしている。聞いていると自分の生音なのでピッチ感がおかしくなってちょっと高めになってしまったりするので、そうならないように、ピッチのことは結構気をつけていますね。

  高く聞こえちゃうんですね。確かに4番ホルンとかだと、横も後ろも壁のときとか。

豊田 そうそうそう。

田場 そういう時は幕を張ってもらったり、色々工夫するけれど、ピッチもやっぱり気をつけないと。いつも聞いているピッチ感で吹くと、すごく上がっていたりするので、それは気をつけたりする場合もあります。

豊田 それこそ昨日の現場では最初、反響板がなくて。

  逆に壁が遠すぎたんだね。

豊田 そうすると、ホルンは全部音が「ボワー」って背後に抜けちゃうので。特にポップスみたいなのだと「パン」って出なきゃいけないのに「ボワー」って。そうすると音程も合わせづらくて聞こえづらいので、昨日はアクリル板を2、4番の後ろに置いてもらいました。そうするとやっぱり音も「ぎゅっ」としまって合わせやすいですし、前にももちろん返るので音も割と「パキっ」て感じになります。

田場 クリアになるよね。

豊田 はい。

  使える装置はちゃんと使って工夫して。

田場 アクリル板だったり、幕だったり、いろんなものをステージマネージャーさんとか、スタッフの方たちとよく話し合ってつけてもらったり、その現場によってホルンの場合はそういう対策は必要だね。

大塚 僕はまず大前提として、どんなジャンルのコンサートでも聴いているお客さんにどういう音を届けたいかっていうことを考えますね。そこを大事にしています。そこからタイミングと、自分の耳に戻ってくる、僕はモニターって言ったりするんですけど、そこをいろいろ調整しなきゃいけないかな。そのホールの条件もあるのですけど、生音で届けるときと少し時差が起こるので、ちょっと早めに吹いたり。ただマイクがあるときは、それをやると今度はお客さんに早く聞こえてしまうので、普通に吹いていいんだよとか、タイミングの調整はしますね。そういう意味では実はピットが一番楽かな。

  テューバとかそうですね。

大塚 うん。テューバとかはそのまま音が行くのでタイミングの要素と、もう一つ自分の耳に返ってくる音。吹奏楽をやっている子どもたちもそうだと思うんですけど、僕らテューバは特に低い音になっていくと、自分の耳に返ってくるモニターと、客席で聞こえる音色が変位するんですよ。それを分かっておかないと、「ボワッ」てなっちゃったりする。だけど、すぐ近くにマイクがある時はそれをすると「ゴリゴリ」となるので、ちょっと“甘く”したり、ピットで吹いているときの音の感覚とかは気にするようにしています。

荻野 えらい。

大塚 あと我々チンバッソを使うので、トロンボーンとかラッパの人ってこうなんだとか、ここで鳴ってて、こういう風に聞こえてくるんだっていう発見はあって、そこですかね。

荻野 僕そんなの全然わかんない。ただやってるだけだから。

田場 天才だから。

  トランペットやトロンボーンは前にベルが向いているので、一番後方に座っているというところで、やっぱり時差ってどうしてもあるとは思います。ただ私たちの前に出ている音って、思っているよりもオケの人にも聞こえているので、こっちが聞いて合わせると基本的にどうしても遅れて聞こえてしまうから、やっぱり意識して迷ったときはちょっと早めに出るようにしてますね。聞いて入るよりは、前に聞いていた流れに向けて「スパン」と入るみたいな意識をしています。

広報 そろそろお時間なので締めのお言葉に。

田場 読者の方にこれは言っておきたいということ最後に。

荻野 聴きに来てください!

一同 それですよね、一番は。

荻野 大塚さん出番のときに(笑)

大塚 いやいや。荻野さんが出番の《オテロ》(7月定期)ぜひ(笑)。2月定期も荻野さんが出ます。でもそうですね・・・このコロナ禍になったときに生のコンサートがしづらくなったのですが、ある意味でやっぱり生のコンサートじゃないとできないことがあり、すごく大切だってことが証明された機会でもありましたよね、生のコンサートはなくならないってことが証明されたと思うので、それをどういうふうに盛り立てていくかが次の課題なのかなって思います。我々も一生懸命演奏するので、そして事務所の方々もいろいろ面白い企画を打ち出していってくれると思うので、ぜひコンサートに来てください!

  来ていただきたいのはもちろんなのですが、私、結構ゲームだとか、いわゆる純クラシック以外のものも好きで。もちろんクラシックを勉強してきて、クラシック奏者になったんですけど・・・。東京フィルはクラシックの自主公演、定期演奏会、いろんなジャンルの演奏会に参加していて、その他のジャンルの方々にもぜひ東京フィルの演奏会に聴きに来ていただきたいです。逆にオーケストラが大好きで、東京フィルを聴きに来てくださっている方は、そっち側の演奏会にも足を運んでくださるとか。そういう風に、お互いにいい関係性になると嬉しいなと思うので、どこのジャンルがお好きな方もぜひ東京フィルの演奏をたくさん聴いていただきたいなと思います。

豊田 ホルンだけで10人いるところはないと思うので、定期でも月ごとにメンバーが変わったりすると、ちょっと違うスパイスが入っていたりします。先ほどおっしゃったようにおおもとの東京フィルのサウンドは変わらないですけれど、その点は東京フィルの定期を聴く面白さでもあるかなと私は思うので、続けて聴きに来てもらったり、ちょっと聴いたことのない演目でも足を運んでもらえたら嬉しいです。

荻野 東京フィルのスケジュール表を掲載してもらうのが一番いいよ。

一同 (笑)

田場 東京フィルを見つけた時は、ぜひいろんなところで聴いていただきたいですね!

End 〜


東京フィルハーモニー交響楽団 今後の公演

●3月定期演奏会
第153回 東京オペラシティ定期シリーズ
2023.3/9(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
第982回 サントリー定期シリーズ
3/10(金)19:00 サントリーホール
第983回 オーチャード定期演奏会
3/12(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ(首席指揮者)
問:東京フィルチケットサービス03-5353-9522 
https://www.tpo.or.jp


●新宿文化センター×東京フィルハーモニー交響楽団 ベルリオーズ「レクイエム」
2023.3/18(土)15:00 新宿文化センター

出演
アンドレア・バッティストーニ(指揮) 宮里直樹(テノール)
東京フィルハーモニー交響楽団 新宿文化センター合唱団
問:新宿文化センター(公益財団法人新宿未来創造財団)03-3350-1141
https://www.regasu-shinjuku.or.jp/bunka-center/shusai/32722/


田場英子 Eiko Taba

1991年東京音楽大学卒。
同年新星日本交響楽団入団。1997年アメリカ・シカゴに留学。現在東京フィルハーモニー交響楽団団員、オイロス・アンサンブル、つの笛集団メンバー。
聖徳大学兼任講師、沖縄県立芸術大学非常勤講師。

(C)三好英輔

豊田万紀 Toyoda Maki

千葉県出身。習志野市立習志野高等学校、東京藝術大学卒業。ホルンを丸山勉、守山光三、日高 剛、五十畑勉、西條貴人、伴野涼介の各氏に、室内楽を岡本正之、伴野涼介、有森博、山本正治の各氏に師事。これまでにエサ・タパニ、デニス・トライオンのマスタークラスを受講。リベルタスブラスクインテットメンバー。現在東京フィルハーモニー交響楽団ホルン奏者。

辻 姫子 Himeko Tsuji

京都市立芸術大学音楽学部管打楽専攻を首席で卒業。同大学大学院修士を課程修了。卒業時及び修了時に京都市長賞、並びに京都音楽協会賞を受賞。現在東京フィルハーモニー交響楽団副首席トロンボーン奏者。関西トロンボーン協会理事。これまでにトロンボーンを小西智、神谷敏、呉信一、岡本哲の各氏に師事。第13回日本トロンボーンコンペティション第2位。第15回松方ホール音楽賞受賞。第10回東京音楽コンクール金管部門第2位(1位なし)。

大塚哲也 Tetsuya Otsuka

1973年千葉県東金市生まれ。11歳よりテューバを始める。東京藝術大学および同大学院を卒業後、1998年仙台フィルハーモニー管弦楽団に入団、2002年アフィニス文化財団の派遣により、アメリカ・シカゴへ留学。帰国後、2007年より東京フィルハーモニー交響楽団団員。エマーノン・ブラス・クインテットのメンバー。武蔵野音楽大学・東邦音楽大学講師。船橋吹奏楽団音楽監督。日本ユーフォニアム・テューバ協会常任理事。

荻野 晋 Shin Ogino

東京藝術大学卒業。卒業後はミュンヘンにてロバート・トゥッチ、トーマス・ウォルシュの両氏に師事。1989年第6回日本管打楽器コンクールにおいて第1位を受賞、90年新星日本交響楽団に入団。99年、アフィニス文化財団の海外派遣研修員として渡米。2001年、合併により東京フィルハーモニー交響楽団団員。これまでに安元弘行、小倉貞行、小倉利文、アーノルド・ジェイコブス、デイヴィド・グリッデン、ジーン・ポコーニー、レックス・マーティンの各氏に師事。尚美学園大学、東京音楽大学、洗足学園大学非常勤講師。

(C)三好英輔

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