東京オペラシティの同時代音楽企画〈コンポージアム2024〉
マーク=アンソニー・ターネジを迎えて

実はガーシュウィンやバーンスタインの後継者!?

 1990年代、サイモン・ラトルらによって新世代の若手作曲家として紹介され、世界的に有名になったイギリスのマーク=アンソニー・ターネジも既に63歳。すっかり大家の年齢である。現在もラトルとの蜜月は続いているし、日本でも近年、サントリーホールや東京都交響楽団によって委嘱された新作が、親交のある大野和士によって初演されてきた。

 だがしかし、語弊を恐れずに言ってしまおう。実は現代音楽の最新動向を追うリスナーから注目される存在ではなくなって久しい作曲家でもあるが、それは逆説的にターネジの音楽は新作であろうと“聴きやすく”、聴けば一発で“親しめる”ことを意味しているのだ。例えば都響が2023年4月に日本初演した「タイム・フライズ」の第3楽章〈トウキョウ・タイム〉は、ガーシュウィンやバーンスタイン直系の現代版シンフォニック・ジャズだった。

©James Bellorini

ガンサー・シュラー「サード・ストリーム」の系譜を継いで

 マイルス・デイヴィスをはじめ、ジャズから大きな影響を受けていることを昔から公言しているターネジだが、彼にとって最大の恩人とでもいえる師はガンサー・シュラー(1925〜2015)だった。アメリカの作曲家でホルン奏者だったシュラーは、1957年に「サード・ストリーム(第3の流れ)」というジャズとクラシック音楽の中間に位置する新しい音楽を提唱。クラシックというよりも当時の前衛音楽とジャズの融合を推し進めた(シュラーが指揮して、ジャズミュージシャンがベリオやケージを演奏したりもしていた!)。

 ところがシュラーは1967年にニューイングランド音楽院の院長に就任すると、アカデミズムのなかでジャズの研究と教育に時間を費やすようになり、サード・ストリームは事実上、終了。シュラーのように継続的に現代音楽とジャズを結びつけようとするムーヴメントは潰えてしまった……。その系譜を1980年代に復活させたのが他ならぬターネジだったのである。

 もともとターネジは、さほど歳の離れていないオリヴァー・ナッセン(1952〜2018)らに作曲を師事しており、現存する数少ない初期作「ナイト・ダンスズ」(1981)を聴けば分かるように作風的にも近いところにいた(ただし、第3楽章にはマイルス・デイヴィス風のミュートトランペットを取り入れている)。ところが1983年にナッセンも師事したことがあるシュラーのレッスンを受けた際、楽譜に書き込まれた複雑すぎるリズムを自分自身が本当は聴けていないことに気付いたのだという。これが転機となって初期作のほとんどを撤回。ジャズの力強いリズムを現代音楽的に翻案して取り入れてゆく。しかも、シュラーが編成に組み込んだジャズミュージシャンにジャズの要素を演奏させることが多かったのと異なり、ターネジは管弦楽にジャズの語法を取り込むのが巧み。それが師と弟子の作風の違いを生み出してゆく。

 1988年6月に初演されたギリシャ悲劇『オイディプス王』を現代化したオペラ《グリーク》(1986〜88)が出世作となり、ラトルが当時ポストをもっていたバーミンガム市交響楽団のコンポーザー・イン・アソシエーションとなった(ちなみにこのタイミングで20世紀におけるオペラの巨匠ハンス・ヴェルナー・ヘンツェにも大きな影響を受けている)。こうしてフランシス・ベーコンの絵画を題材にした管弦楽曲「3人の叫ぶ教皇」(1988〜89)などの初期の代表作が委嘱・初演・録音されていったのだ。

音楽家同士の交友と追悼

 「ブラッド・オン・ザ・フロア」(1993〜96)もベーコンの絵画からとられたタイトルだが、こちらはソリストとしてジャズミュージシャンを起用。即興演奏を取り込んだ新機軸となった。なお初演に参加したジャズギターのジョン・スコフィールドは80年代にマイルスのバンドに在籍、ドラムスのピーター・アースキンはフュージョンを代表するグループ、ウェザーリポートのメンバーだったことで名高い。2人とのコラボレーションはこの後も続き、例えば「スコーチト」(1996〜2001)ではスコフィールドの楽曲を再創造したユニークな管弦楽曲が生まれた。ジャズやフュージョン系の音楽に現代音楽のサウンドが侵食していくので、まさにサード・ストリームの直系であることを感じさせる作品だ。

 こうした深い交流があったからなのだろう。2013年にスコフィールドの息子エヴァンが病により26歳で亡くなると、ターネジは彼と遺された家族のことをおもんぱかって私的にピアノ小品を作曲。当初は公開しなかったが、自らも悲しみを乗り越えるためにその小品を第4楽章の素材として発展させたのが管弦楽曲「リメンバリング」(2014〜15)だ。ラトルの要望でヴァイオリン群を排しているため、追悼に相応しいダークな色調をもった音楽になっており、若き日の「3人の叫ぶ教皇」のような怒りを感じさせるエネルギーが悲しみへと転化している。ターネジという作曲家の円熟味を体感できる、彼の最高傑作のひとつとなるに違いない(余談だが、恩師シュラーが晩年にピューリッツァー賞を獲た作品は亡き妻への思いが込められたもので、追悼の音楽という系譜もターネジが受け継いでいるのは興味深い)。

 このたび東京オペラシティ文化財団主催の「コンポージアム2024」では、この「リメンバリング」に加え、師のひとりであるオリヴァー・ナッセンに捧げた「ラスト・ソング・フォー・オリー」(2018)などをメインに据えたターネジの管弦楽曲による個展を開催する。「ラスト・ソング・フォー・オリー」は、巨体のナッセンを大きなフクロウに見立ててダンスとコラールで追悼する作品で、「リメンバリング」よりは若干大人しいが静謐な悲しみに溢れている。ナッセンとの思い出が詰まっているというシベリウスや、ストラヴィンスキーがドビュッシーの追悼に捧げた「管楽器のサンフォニー」などターネジ自身が選んだ多彩な曲目で、彼の真価に触れることで聴きやすいだけでなく、聴衆の感情を深く抉ることのできる作曲家であることが広く知られる機会となるだろう。

 また、追加イベントとして、5月21日にはターネジ本人によるトークセッションも開催決定。もちろんコンポージアムの核となる武満徹作曲賞でターネジがどんな音楽を評価するのかにも注目したい。譜面審査では「思考の明瞭さ」「多彩さ」「透明性」を持った音楽を選んだというので、複雑すぎて難解な作品は少ないはず。普段、現代音楽に馴染みがない人にも訴えかける新しい音楽に出会えるのではないかと期待したい。
文:小室敬幸
(ぶらあぼ2024年5月号より)

〈コンポージアム2024〉
マーク=アンソニー・ターネジ トークセッション

2024.5/21(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/マーク=アンソニー・ターネジ、沼野雄司(聞き手)

マーク=アンソニー・ターネジの音楽
5/22(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ポール・ダニエル(指揮)、東京都交響楽団

2024年度 武満徹作曲賞 本選演奏会
審査員:マーク=アンソニー・ターネジ
5/26(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演/杉山洋一(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp