取材・文:小室敬幸
いよいよ今週、東京オペラシティの同時代音楽企画「コンポージアム2024」が開催される。今年、武満徹作曲賞の審査員として来日するのは英国の作曲家ターネジだ。作曲賞に先立ち、5月21日にはトークセッション、22日にはオーケストラ作品の個展である「マーク=アンソニー・ターネジの音楽」が開かれる。作曲者本人も立ち会った20日のリハーサル(東京文化会館)を取材してきたので、聴きどころをレポートしたい。
演奏を担うのは東京都交響楽団(都響)。音楽監督・大野和士はターネジと信頼関係も厚く、2016年にはサントリーホール30周年記念作曲委嘱作品《Hibiki》を世界初演している。更に都響からターネジに共同委嘱もしており、その結果生まれた《タイム・フライズ Time Flies》は昨年4月に大野指揮で日本初演されたばかり。その演奏に大喜びしたというターネジは、都響がお気に入りになっているようだ。
指揮を務めるのはターネジが指名したイギリスの名指揮者ポール・ダニエル。世界の名だたる一流オーケストラに客演しているが、キャリアからいえば歌劇場の指揮者だ。2019年に新国立劇場でマスネのオペラ《ウェルテル》を指揮していたことも記憶に新しい。近現代の音楽も得意としており、お国モノであるブリテンのオペラでも素晴らしい映像を残しているが、随分前に大評判となったバーバラ・ハンニガン主演によるベルクのオペラ《ルル》(2012年収録)を指揮していたのも彼だった。それこそベルクのような複雑なパッセージが多層的に重なった複雑極まりないスコアであっても的確に交通整理し、更には歌心たっぷりに聴かせるのがこの指揮者の魅力だろう。そうした美質は今回のリハーサルでも存分に発揮されていた。
敬愛する師匠に捧ぐ最後の歌《ラスト・ソング・フォー・オリー》
この日のリハーサルはターネジにとっては師匠であり、親しい友人でもあったオリヴァー・ナッセンへの追悼曲《ラスト・ソング・フォー・オリー》から開始。まだ作曲者が立ち会う前のリハーサル初日(19日)では指揮のダニエルが「バーンスタイン」の名前を挙げながら、リズムのニュアンスを都響に伝えていたという。実際、リハ2日目となった本日もダニエルがこう弾いて欲しいと歌ってみせるとき、跳ねるようなリズムは明らかにジャズのスウィングに近いニュアンスをともなっていた。
この曲は、動的な〈Dance〉と静的な〈Choral for ‘Big Owl’〉、主に2つの要素が交代して対比されてゆく。前者〈Dance〉はラグタイムや初期ジャズに影響を受けていた時期と新古典主義期(例えば1942年の協奏的舞曲など)のストラヴィンスキーを現代にアップデートしたような音楽で、要素が多層的に絡まっているので複雑だが、ひとつひとつの素材は意外とシンプルで分かりやすい。その上に崩したスウィング風のリズムをもったメロディーラインが重なってきたりする。
後者〈Choral for ‘Big Owl’〉もストラヴィンスキーに近く、同じ演奏会で取り上げられる《管楽器のサンフォニー》のなかの静的なコラール(ストラヴィンスキーはこの部分をドビュッシーの追悼として作曲した)を意識している可能性が非常に高い。ちなみにBig Owl(大きなフクロウ)というのはナッセンのことを指している(リハーサルの最中に作曲者自身が披露したエピソードによればナッセンをBig Owlと呼び出したのはターネジの子どもだったという!)。
そして2度目の〈Choral for ‘Big Owl’〉は破滅的で、痛みを伴うような和音ではじまるのだが、指揮のダニエルは「dolce(イタリア語で甘く)」、作曲者ターネジは「beautiful(美しく)」とオーケストラにリクエストしていたのが印象的だった。あくまで悲しくも美しい音楽なのである。続くオーケストラ全体で奏でられるコラールも、ダニエルは「legatissimo(とても滑らかに)」「romantic!」と後期ロマン派のように濃厚な表現を都響に求めていく。その他、副次的な要素まで細かなニュアンスにこだわってリハーサルは進んでいった。
これぞ現代版のシンフォニック・ジャズ《ビーコンズ》
休憩を挟んでリハーサルの2曲目は5分ほどの《ビーコンズ》という小品。イギリス西部の都市ブリストルにあるビーコン・ホールが全面改装を経て、2023年にリニューアルオープンする記念に作曲された。楽譜には「管弦楽のためのファンファーレ」と書かれているが、金管楽器の勇壮ないかにもファンファーレというフレーズは登場しない。明るく明快なリズムが基盤にある現代版のシンフォニック・ジャズともいえる作品だ。部分的にはポスト・ミニマルような反復もあり、それこそジャズ作曲家・挾間美帆の吹奏楽や管弦楽のための作品を現代音楽サイドに寄せたような音楽にも聴こえてくるから面白い。
そもそも今回の日本初演されるターネジ作品は3つすべて、打楽器奏者が7名必要(ティンパニ含む)。どの曲でも立ち上がってくるリズムが実に立体的で推進力もあるのだが、特に印象的だったのがドラムセットの活躍するこの《ビーコンズ》(演奏するのはシエナ・ウインド・オーケストラから客演している荻原松美だ)。ダニエルとターネジはタイトでソリッドな音を求め、リズムが緩まないよう徹底的に引き締めていく。オーケストラにドラムセットが入ってリズムを刻みだすとダサくなってしまうことがしばしばあるが、本作はその轍を踏んでいないのが見事。そして他2作に比べると短い作品なのだが、丁寧に細部まで作り込んでいった。
とめどなく流れ出す怒りや悲しみに翻弄されてしまう《リメンバリング》
そしてリハーサル3曲目が、今回のメインプログラムである《リメンバリング》(回想する、偲ぶ、追悼するといった意味)だ。ターネジと親しいジャズギタリストのジョン・スコフィールドの息子エヴァン(1987〜2013)に捧げた追悼作品である。交響曲に近い構成をもった全4楽章の大作で、3管編成のフルオーケストラからヴァイオリンを完全に取っ払った非常に珍しい編成の作品だ(初演の指揮者サー・サイモン・ラトルの強い要望でこうなったという)。その結果、管打楽器のキャラクターが前面に押し出され、弦楽器はヴィオラ的な光沢少なめの音色が基調になって、通常の編成よりもコントラストが際立つのが面白い。ちなみにコンサートマスターの位置には、ヴィオラの首席奏者・鈴木学が座っている。
第1楽章は金管楽器を軸にした激しい和音で始まるのだが、パーカッションによる金属の尖った打撃音が加わるため、録音で聴くよりもインパクトが強い。指揮のダニエルは「angry 怒って」と指示し、より強烈な音を求めていく。他にも打楽器のクラベスでその場面に求められるような音量と音質をだすのは物理的に結構難しく、ターネジ作品のサディスティックな側面が感じられた。この楽章を締めくくる和音も、更に激しくしたかったダニエルは「K.O.」と言いながら、自らの頬を拳で殴るジェスチャーまでしてみせる。要望に応えて持ち前のエレガントさを投げ捨ていく都響の姿は実に頼もしかった。
第2楽章は緩徐楽章に相当。悲しみというよりも暗く陰鬱な雰囲気ではじまる。その後に続いてゆくトランペットのパートがなかなかにサディスティックなのだが、その緊張感がこの楽章独特の空気感を生み出している。そのさなか、ヴィオラが断片的な旋律を紡ぐのだが、ダニエルは「チャイコフスキーのように」と言いながら濃厚な感情をそこに乗せてゆく。その帰結として、最終的に闇に包まれたかのような絶望へと達してしまう。
第3楽章は、スケルツォ的な性格の楽章だ。ダニエルは楽譜に書かれたクレッシェンドやデクレッシェンドを徹底させ、キャラクター付けをはっきりさせてゆく。加えて、様々な場面で何度となく繰り返し述べていたスタッカートの徹底を、この楽章では特に強調していたように思う。例えばティンパニは叩いたあとに1音ずつミュートして残響を残さぬよう求めていた。その結果、目の眩むような音楽が眼前にあらわれた。
そして追悼の悲しみがストレートに表現される第4楽章は、昼休憩前に短く取り上げただけで時間切れに……。残された時間で前プロとして演奏されるストラヴィンスキーとシベリウス(ストラヴィンスキーによる室内楽編)のリハーサルが進められた。
コンサートマスター水谷晃からみたターネジの魅力
ヴァイオリンセクションが参加するのは《ラスト・ソング・フォー・オリー》と《ビーコンズ》の2曲だけで、残りはいわゆる降り番。珍しく早めにリハーサルを終えた東京都交響楽団のコンサートマスター水谷晃に少しだけ話をうかがった。
――作曲家ご本人が立ち会うリハーサルはいかがでしたか?
水谷「ここはシベリウスのようにとか、ここはオリヴァー・ナッセンの交響曲第3番と一緒なんだとか、作曲者自身からじゃないと聴けない情報がありがたいですよね」
――演奏される作品の印象を教えてください。
水谷「現代音楽となると一瞬身構えてしまうことは、お聴きくださる皆さまだけでなく演奏家である僕らにもあることなんです。でもそういう偏見をとりはらって《ラスト・ソング・フォー・オリー》を弾いてみれば、楽しくビートに乗れる音楽ではじまり、しかも〈Choral〉は本当に美しくて、そのコントラストにすぐ心を奪われてしまいました!《ビーコンズ》はそりゃもう楽しい作品です(笑)」
――ターネジ作品の魅力はどこにあると思いますか?
水谷「どちらの曲も、小さなディテールを磨いていってそれが積み重なった結果、素晴らしい音楽になるわけですけど、聴いた印象としてはあまり複雑に感じずにすっとその世界に入っていけるんですよ。だからこそ、これだけ世界的に受け入れられているのかなあって思いましたね。2曲しか僕は出番がないので、最後の《リメンバリング》は会場で聴きたいなと思っていて。作曲者本人と同じ空間で聴けることって人生においてそんなに機会があるわけじゃないですから、そういう意味でも今回のコンサートを楽しみにしています!」
撮影・写真提供:東京オペラシティ文化財団(演奏写真は5月21日のリハーサルより)
【Information】
〈コンポージアム2024〉
マーク=アンソニー・ターネジ トークセッション
2024.5/21(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/マーク=アンソニー・ターネジ、沼野雄司(聞き手)
マーク=アンソニー・ターネジの音楽
5/22(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ポール・ダニエル(指揮) 東京都交響楽団
ストラヴィンスキー:管楽器のサンフォニー(1920年版)
Stravinsky: Symphonies of Wind Instruments (1920 version)
シベリウス(ストラヴィンスキー編):カンツォネッタ op.62a
Sibelius (arr. Stravinsky): Canzonetta op.62a
ターネジ:ラスト・ソング・フォー・オリー(2018)[日本初演]
Turnage: Last Song for Olly (2018)
ターネジ:ビーコンズ(2023)[日本初演]
Turnage: Beacons (2023)
ターネジ:リメンバリング(2014-15)[日本初演]
Turnage: Remembering (2014-15)
2024年度 武満徹作曲賞 本選演奏会
審査員:マーク=アンソニー・ターネジ
5/26(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/杉山洋一(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp