INTERVIEW 但馬由香(メゾソプラノ)〜《ラ・チェネレントラ》ヒロイン役、2度目の挑戦へ

童話と異なる強いヒロインに声の力で生命をあたえる

取材・文:香原斗志 写真:阿部章仁

 だれもが知っている「シンデレラ」ではあるが、魔法もガラスの靴もカボチャの馬車も出てこない。ファンタジーにあふれながらも、現代に通じる大人のドラマで、それが極上の音楽で彩られている。そんなロッシーニ《ラ・チェネレントラ》が、藤原歌劇団創立90周年記念公演の第1弾として上演される(指揮:鈴木恵里奈、演出:フランチェスコ・ベッロット)。

 4月27日にヒロインのアンジェリーナを歌うのは、2018年にも同役で好評を得たメゾソプラノの但馬由香。満を持して二度目の舞台に臨む。

《ラ・チェネレントラ》のティーズベでロッシーニ・デビュー

 大学院を出るまでソプラノだった但馬。メゾソプラノに転向して最初に出会ったのがロッシーニで、藤原歌劇団にも《セビリャの理髪師》のアリア〈真実にして不屈の情熱〉を歌って入ったという。ちょうど藤原では、ロッシーニ作品を3年続けて上演していたときで、2004年に《アルジェのイタリア女》のアンダースタディに起用され、翌年にはアルベルト・ゼッダ指揮《ラ・チェネレントラ》のティーズベ役で舞台に立った。

 「壮大なファンタジーの中に入れてもらっている感覚で、とにかく楽しかったです。ティーズベはキャラクターが濃くて演じがいがあり、難易度は高くないけれど、なくてはならない一員で、アンサンブルの感覚も知ることができ、ありがたい経験でした」

 だがロッシーニの高い壁を感じたこともあったという。

 「《セビリャの理髪師》の〈真実にして不屈の情熱〉や〈今の歌声は〉はコンサートで歌えるようになっていましたが、次第にアジリタ(小さな音符の連なりを敏捷に歌う)をこなす難しさを知って、『ロッシーニは私には無理!』と思った時期もありました。でも、軽めのメゾだった私にはなかなかぴったりの曲が少なく、結局、ロッシーニが喉に負担が少なく、華やかさもあって、私の存在感を示せるものだったんです」

 その後、《どろぼうかささぎ》のピッポ(2008年)、《ランスへの旅》のモデスティーナ(15年)、《セビリャの理髪師》のベルタ(17年)などを歌い、18年に《ラ・チェネレントラ》のアンジェリーナ役に抜擢された。

 「お話をいただいたときは腰を抜かすほど驚いて、以後は緊張の連続。総監督の折江忠道先生に『怖がらずに舞台のセンターに立ちなさい!』と言われていました(笑)」

歌手がメロディに色彩や生命を注ぐオペラ

 いまも楽な役ではないという。たとえばフィナーレのアリア。

 「初めて楽譜を開いたとき、見開きの半ページの8小節も歌えなくて衝撃でした。1小節の1拍ごとにゆっくり分解して習得し、時間がかかりました。いまでも大変で、『楽しいです』と言ってみたいものです(笑)」

 しかし、作品に関わるにつれて違うヒロイン像が、次第に見えてきたという。

 「彼女は自分の状況を客観視し、王子にも結構強気に出ます。個性がしっかりあって、運命を自分で導いていて、だから血を感じるし、体温を入れやすいです。自分を虐待してきた父と姉たちを『許す』ほどの強い女性で、そのセリフは大切に歌いたいです。演出のベッロットさんは『彼女の内面は最初から最後まで変わらない』とおっしゃいます。たしかに、肝がすごく座っていて、男とか女とかを超えた人としての強さがあって、童話のシンデレラとは全然違いますよね。私はロッシーニのシンデレラのほうが友達になりたいです」

 そんな魅力的なヒロインが躍動する《ラ・チェネレントラ》。どこに注目してほしいか。

 「やっぱりアンサンブルは絶対で、第1幕フィナーレの7人の大アンサンブルでは、ロッシーニ・クレッシェンドを楽しんでいただきたいです。重唱もそれぞれカラーがあって、歌い出したときの化学反応にワクワクさせられます。私は近年、ほかの作曲家の作品を多く歌い、ロッシーニの特殊性をあらためて実感しています。アジリタがすごく駆使され、メロディは美しいけれど、後の作曲家と違って、歌手の自発性がないと色彩や生命が入らないのです。でも、だからこそ、身体を楽器として使う歌手にとっては、自分がどこまでできるか、というおもしろさがあります。壁は高いのですが」

 それぞれの歌手が、その高い壁を乗り越えたとき、ロッシーニの音楽は聴き手の心を強く揺さぶるに違いない。

【Information】
藤原歌劇団創立90周年記念公演
《ラ・チェネレントラ》
全2幕・字幕付き原語(イタリア語)上演
 
2024.4/27(土)、4/28(日)各日14:00

テアトロ・ジーリオ・ショウワ


指揮:鈴木恵里奈
演出:フランチェスコ・ベッロット
 
出演
アンジェリーナ:但馬由香(4/27) 山下裕賀(4/28)
ドン・ラミーロ:小堀勇介(4/27) 荏原孝弥(4/28)
ドン・マニーフィコ:押川浩士(4/27)坂本伸司(4/28)
ダンディーニ:岡昭宏(4/27)和下田大典(4/28)
クロリンダ:楠野麻衣(4/27)米田七海(4/28)
ティーズベ:米谷朋子(4/27)髙橋未来子(4/28)
アリドーロ:久保田真澄(4/27)東原貞彦(4/28)
 
合唱:藤原歌劇団合唱部
管弦楽:テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ
 
問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2404-cenerentola