際立つ響きの美しさ ── ウィーンで経験を積み輝きを増す佐渡裕のブルックナー

ハイドンの「朝・昼・夕」三部作が36年の歳月をかけて完結!

 昨年4月に新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任した佐渡裕。2015年からオーストリアの名門、トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督も務めていて、自分自身のウィーンでの経験を活かし、新日本フィルの定期演奏会では「ウィーン・ライン」をテーマにプログラムを組んでいる。

2023年10月すみだトリフォニーホールでの定期演奏会より © 堀田力丸

 この9月には、生誕200年のブルックナーの傑作、交響曲第7番と、ウィーン古典派の中心的作曲家、ハイドンの交響曲第6番「朝」を演奏する。佐渡&新日本フィルにとっては、昨年10月のハイドンの交響曲第44番「悲しみ」とブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」に続く、「ハイドン+ブルックナー」第2弾である。

 佐渡といえば、師匠バーンスタインの薫陶を受けたマーラーの演奏で知られるが、トーンキュンストラー管弦楽団の音楽監督就任以来、佐渡は彼らとブルックナーの演奏にも熱心に取り組んできた。その成果としては、交響曲第4番「ロマンティック」(2016)、第8番(2019)、第9番(2017)のディスクがあげられるだろう。それらはすべて、トーンキュンストラー管の本拠地の一つであるウィーンのムジークフェラインザール(楽友協会大ホール)でライヴ録音されたものである。そのCDを聴いてまず思うのは、ブルックナーの音楽と伝統あるムジークフェラインザールの音響とのマッチングの良さである。響きの良さで知られるこのホールの座席数は約1700で、日本の主要ホールよりもやや小振りである。ゆえに、オーケストラ(とりわけ金管楽器)は、音を力づくで出す必要がない。むしろ、力み過ぎるとホールに音が飽和してしまう。そんなホールで日々音楽を奏でていることが、佐渡の音楽作りにも影響を与えているといって間違いないであろう。

ムジークフェラインザールで指揮をする佐渡裕 ©Dieter Nagl
写真提供:Tonkünstler-Orchester Niederösterreich

 昨年10月にサントリーホールで聴いた佐渡裕&新日本フィルのブルックナーの交響曲第4番では、佐渡が、無理強いすることなく、オーケストラを美しく鳴らしているのが印象に残った。特に金管楽器を余裕をもって響かせ、作品自体の美しさを愛でているように感じられた。

 今回は交響曲第7番である。第7番はブルックナーの交響曲のなかでも、最も旋律の美しさ、抒情美が際立った作品といえる。第1楽章の冒頭からチェロとホルンが非常に優美な旋律を奏でる。第2楽章はブルックナーらしい長大なアダージョ。厳かな旋律が時間をかけて壮大なクライマックスを築き上げる。そして長めの第1楽章と第2楽章と比べて第4楽章が短いのも特徴的である。最後はまるで天上の世界のような晴れやかな音楽。巨匠ルキノ・ヴィスコンティ監督が映画『夏の嵐』(1954)のなかでブルックナーの交響曲第7番を使ったのも、この作品の抒情的な美しさに魅了されていたからであろう。

 佐渡は、この2月にトーンキュンストラー管弦楽団と交響曲第7番に取り組んだばかり。今の佐渡&新日本フィルがブルックナーの交響曲第7番でどんなに美しい演奏を聴かせてくれるのか、期待を抱かずにはいられない。

 演奏会前半はハイドンの交響曲第6番「朝」。ハイドンがエステルハージ家の宮廷楽団の副楽長を務めていた頃の作品で、宮廷のオーケストラの魅力を際立たせるため、独奏楽器が多用されているのが特徴的である。佐渡と新日本フィルのハイドンで思い出されるのは、佐渡の新日本フィル・デビューが1988年カザルスホールの「ハイドン交響曲全曲演奏会」シリーズ第3回での第7番「昼」、第8番「夕」、第9番であったということだ。したがって、今回第6番「朝」をとりあげることで、佐渡&新日本フィルは36年かけてハイドンの「朝」「昼」「夕」の三部作演奏を完結することになる。佐渡は、この三部作を2015年から16年にかけてトーンキュンストラー管で録音するなど、得意のレパートリーとしている。

2023年10月サントリーホールでの定期演奏会より ©K.Miura

 昨年10月に佐渡&新日本フィルのハイドンの交響曲第44番を聴いたとき最も印象に残ったのは、佐渡が、時にヴィブラートを控えめにするなど音色にも配慮しながら、オーケストラを美しく鳴らしていたことである。ブルックナーともども、佐渡が音楽監督として本気で新日本フィルと良い響きを作っていこうという意志の感じられる演奏であった。今回は、一層関係の深まったこのコンビが、ハイドンの「朝」でより親密なアンサンブルを聴かせてくれるだろう。新日本フィルの首席奏者たちの独奏も楽しみだ。

 現在、独自の音色や美しい響きを作り上げようと取り組んでいる佐渡&新日本フィルだけに、ハイドンの第6番「朝」とブルックナーの交響曲第7番が、すみだトリフォニーホールとサントリーホールという日本でも有数の音響の優れたコンサート専用ホールで聴けるのはうれしい。トーンキュンストラー管弦楽団がザンクト・ペルテンの祝祭劇場とウィーンのムジークフェラインザールを本拠地としているように、新日本フィルはすみだトリフォニーホールとサントリーホールのどちらの音響も熟知している。それぞれのホールに合った美しい響きを聴かせてくれることであろう。

文:山田治生


 新日本フィルの定期演奏会は多くの場合、1日目がすみだトリフォニーホール、2日目がサントリーホールで行われています。首席ティンパニ奏者の川瀬達也さんによれば、1日目の演奏を踏まえつつ、マレットを変えてみたり、ストローク(叩き方)を変えてみたりするなどして、より良い音楽づくりを追求しているそうです。9月のハイドン&ブルックナーに向けての意気込みをうかがいました。

Message from 首席ティンパニ奏者 川瀬達也さん

 本拠地であるすみだトリフォニーホールは鳴りが深く、音が素直に柔らかく届き、サントリーホールは逆に、どちらかというと音のスピードが速く、明るく広がように感じます。

写真提供:新日本フィルハーモニー交響楽団

 今回のハイドンの交響曲第6番にティンパニは入っていませんが、ハイドンのような曲はサントリーのほうがお互いの音が聴きやすく合わせやすいです。ブルックナーのような曲はトリフォニーでは響きが下に膨らみ、日頃練習も行っていて慣れているのが一番大きいかもしれませんが“支え“が作りやすく感じます。サントリーはトリフォニーの時より響きをコンパクトにするよう心がけています。指揮者もサントリーでは「響きをホールに任せて、音色をコンパクトに」とおっしゃる方が多いですね。

 ブルックナーの交響曲第7番第2楽章は、敬愛するワーグナーの死を予感しながら書き進められ、完成前にワーグナーは亡くなりました。4本のワーグナー・チューバを用い、ワーグナーに対する強い感情が込められている楽章です。ワーグナー・チューバの独特な響きや頂点でのシンバル、トライアングル、ブルックナーが描いた様々な感情の入り混じった響きをお客様に感じ取っていただけるような演奏ができればと思います。



佐渡裕(指揮) 新日本フィルハーモニー交響楽団
第658回定期演奏会

2024.9/21(土)14:00 すみだトリフォニーホール
9/22(日)14:00 サントリーホール
ハイドン:交響曲第6番 ニ長調 Hob.I:6「朝」
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 WAB 107

問:新日本フィル・チケットボックス 03-5610-3815
https://www.njp.or.jp

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