香港出身のジンユー・チェンが第1位
東京オペラシティ コンサートホールで開催された「コンポージアム2024」は5月26日、武満徹作曲賞本選演奏会(審査員:マーク=アンソニー・ターネジ)で幕を閉じた。杉山洋一(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団により、譜面審査で選出されていた4作品が初演され、最終審査が行われた。同本選演奏会を聴いた筑波大学准教授の江藤光紀さん(音楽評論)に、審査と授賞式の模様を速報で伝えてもらった。
第1位 ジンユー・チェン(香港):星雲
1st Prize Jingyu Chen (Hong Kong SAR): Nebula for symphony orchestra
第2位 ホセ・ルイス・ヴァルディヴィア・アリアス(スペイン):Al-Zahra――オーケストラのための3つの小品
2nd Prize Jose Luis Valdivia Arias (Spain): Al-Zahra—Three pieces for orchestra
第2位 ジョヴァンニ・リグオリ(イタリア):ヒュプノス――夢の回想
2nd Prize Giovanni Liguori (Italy): Hypnos—Reminiscenze oniriche per grande orchestra
第3位 アレサンドロ・アダモ(イタリア):括弧
3rd Prize Alessandro Adamo (Italy): Parenthesis
取材・文:江藤光紀
一人の作曲家が審査員となり、その審美眼に基づいて受賞者を決める武満徹作曲賞、26回目となる今年はマーク=アンソニー・ターネジの選考で、世界27ヵ国から102作品が集まった。5月26日の本選会は例年にも増して個性的な作品が集まっていたように思う。
イタリア出身のアレサンドロ・アダモ「括弧」は祭りを思わせるエネルギッシュな場面に始まり、ジャズ風の中間部を経て冒頭の力強さが戻ってくる三部構成。最後の場面は基本となるリズムに変拍子が頻繁に差し挟まれ、凶暴なまでのエネルギーを発する。
スペイン出身のホセ・ルイス・ヴァルディヴィア・アリアスの「Al-Zahra」は三つの小品から成る。様々な音調のフレーズ(ポップスやサウンドトラック、ゲーム音楽の記憶だという)があちこちから聞こえてくるのだが、それは常に変化するリズムや、様々な音色を混合して作られる色鮮やかなパレットに阻まれて、特定のムードを形成する前に消えていく。短い第2曲にはジャズ風のシーンも登場。
オーケストラを激しくドライブする前半の2曲に対し、後半2曲はいずれもスタティックな変化の諸相を聴かせる。
イタリア出身のジョヴァンニ・リグオリ「ヒュプノス―夢の回想」は一定の保持音の上に、金管のソリッドな叫びや木管楽器の短いフレーズ、チェレスタやヴィブラフォンのメタリックな響きなどが点描風に置かれる。「線的なナラティヴや合理的な説明に回収されない」という作曲コンセプトとは別に、構成は現代音楽的なナラティヴに素直に沿っていたように思う。
逆に香港出身・イギリス在住のジンユー・チェンの「星雲」は現代音楽のコンクールという風情の曲ではなく、ちょっと驚いた。バスから積み上げられたどっしりとしたハーモニーは、旋律こそないものの調性的だったり旋法的だったりして、彼女の尊敬する武満の後期作品を思わせるだけでなく、映画音楽やムードミュージックのように響き、結尾部はまばゆい恒星の輝きのように盛り上がった。こういう作品が選ばれるのが単独審査の面白いところだ。
そんなわけで予想が全く付かないまま、結果発表となった。ターネジは複雑すぎるものは良くない、明瞭さが大切だと述べた上で、各作品に概ね以下のような感想を寄せた。
「括弧」-楽観的で楽しい。ジャズのノリがあったり、映像を思わせる場面があった。
「Al-Zahra」-遊び心があって、オーケストレーションが素晴らしい。ポップソングを彷彿とさせながらそれに流されず、うまく作品に取り入れている。思わずニヤリとさせられた。
「ヒュプノス」-これは誉め言葉なのだが、暗くイタリアの悪夢を思い起こさせる。それを美しく聴かせた。音色の使い方も美しい。
「星雲」-非常に美しく心をうつ。実際の音楽になったときにスコアから読みとれる以上に訴えてくるものがあった。センチメンタルさを賢く取り込んでいる。最後の数小節の和声が特に素晴らしい。
順位はアダモが3位、ヴァルディヴィア・アリアスとリグオリが同位の2位、チェンが1位となった。作曲で食べていくのは厳しい道だから、賞金は4人平等に分配、というのは自身がコンクールとは縁のないキャリアを歩んできたターネジならではの気配りか。
この後ファイナリストたちの短い挨拶となったが、若手作曲家の登竜門として知られるこのコンクールが彼らの目標になっていることも伝わってきた。リグオリはファイナリストに選ばれた時、それがどれだけ重要な意味を持つかが分かっていただけに信じられなかったと語った。またチェンは霧、夜明け、葉、雲のような、たちこめるものをとらえる自らの志向に武満からの影響を隠さない。
杉山洋一指揮東京フィルの演奏には賛辞が相次いだ。とりわけ複雑なスコアを寄せたアダモとヴァルディヴィア・アリアスはその素晴らしさを強調していたが、こういう音楽をきっちり音にする点で日本のオーケストラは高い技術を持っているということなのだろう。
作品それぞれに傾向が違い演奏会としても楽しめたのは、ターネジの審美眼がユニークで、またファイナリストたちのコンクールへのストラテジーも多様だったからだろう。コンポージアムにおける武満徹作曲賞のコンセプトが特に生きた回だったように思う。
撮影:池上直哉 提供:東京オペラシティ文化財団
ON AIR INFORMATION
番組名:NHK-FM『現代の音楽』
[本放送]7/21(日)、7/28(日) 各日 AM8:10~9:00
[再放送]7/27(土)、8/3(土) 各日 AM6:00~6:50
2025年度は、ゲオルク・フリードリヒ・ハース(オーストリア)が審査員を務める。2025年度は応募締切が2024年9月30日、本選演奏会は2025年5月25日に行われる。