コンポージアム特別対談:挾間美帆(作曲家)× 小室敬幸(音楽ライター) 【前編】

現代音楽とジャズの邂逅 〜ターネジの音楽をめぐって〜

 東京オペラシティの同時代音楽企画『コンポージアム』では、毎年ひとりの作曲家に武満徹作曲賞の審査をしてもらうとともに、作曲家自身の自作を含めた選曲によるオーケストラ作品の個展が開かれる。この作曲賞の仕掛人は1996年に亡くなった武満徹。30年近く経った現在もその思いが継承されているのだ。
 今年招かれるのはイギリスのマーク=アンソニー・ターネジ(1960〜 )。彼はマイルス・デイヴィスなどから影響を受けたジャズの要素を翻案して現代音楽に取り入れ、1990年代に一斉を風靡した作曲家として知られているが、実際のところどのような形でジャズの要素が取り込まれているのか? クラシック音楽のバックグラウンドを持ちつつ、現在はニューヨークを拠点にヨーロッパでも活躍するジャズ作曲家 挾間美帆と、大学院時代にマイルス・デイヴィスの研究をしていた音楽ライター 小室敬幸による対談で、存分に語ってもらった。

シンフォニックジャズの作曲家バーンスタインからの影響

小室 ターネジの母親はブラスバンドでコルネットを演奏していて、ポップ・ミュージックを道徳的に悪いものとみなしていたらしく、幼い頃は流行りの音楽が聴けなかったそうなんですね。だからジャズやファンク、ソウルが好きになったのは学生時代。過去のインタビューにおいて一番好きなマイルス・デイヴィスのアルバムとして挙げているのが、エレキギターを前面に押し出したロック路線の『A Tribute to Jack Johnson』(1971)なんですよ。他にもジェイムズ・ブラウンやスライ・ストーンが好きだったらしいので、繰り返されるパターンが生み出すグルーヴを好んでいるんでしょうね。

マーク=アンソニー・ターネジ ©James Bellorini

 ところがそういう反復パターンを楽譜に書いても、クラシックのオーケストラでは全然違うものになってしまう。だから異なる方法でジャズの要素を取り入れているようなんです。それを挾間さんと一緒に少しでも解き明かしてみよう!……というのが今回の対談の趣旨になります。事前に色んな時代のターネジ作品を聴いてきていただいたんですが、いかがでしたか?

挾間 最初に印象に残ったのは、やっぱりフランシス・ベーコンの絵画に題材をとった《3人の叫ぶ教皇Three Screaming Popes》(1988~89)ですね。この曲の中間部あたりがすごく気に入ったんですけど、この部分は私の大好きなバーンスタインの交響曲第1番《エレミア》(1942)の第2楽章を彷彿とさせました。音とかリズムの選び方がとても似ているんですよ。

サイモン・ラトル&バーミンガム市響による
《3人の叫ぶ教皇Three Screaming Popes》のCDジャケット

小室 あの第2楽章は〈冒涜 Profanation〉という副題がついていて、超絶変拍子のスケルツォ楽章でしたよね。私は全然気づかなかったんですが、言われてみれば確かに似ている……!実はバーンスタイン自身が「私の《エレミア交響曲》のスケルツォ部分は、たしかにジャズではありませんが、もし私に本物で強固なジャズのバックグラウンドがなければ、書けなかったと確信しています」(岡野弁 訳/『バーンスタイン わが音楽的人生』(作品社、2012年)より)と書き残しているんですよ。

挾間 そうなんですね。私自身、今もそうですけど、完全な無調の音楽を聴いてもエモーショナルになれない人間で、やっぱりどこかに調性を含む感情的な音が欲しい。そう思い悩んでいた頃に救いになった作品のひとつがバーンスタインの交響曲第1番だったので、僭越ながらターネジにも親近感を覚えました。あとバーンスタインに比較的近い感じがあるのは、近作の《タイム・フライズ Time Flies》(2019)あたりでしょうか。

小室 東京都交響楽団が共同委嘱したので第3楽章が〈トーキョー・タイム〉と名付けられている作品ですが、この楽章がとりわけ分かりやすくストレートなシンフォニックジャズになっていますね。

ジャズミュージシャンとオーケストラが共演するということ

小室 ターネジはジャズミュージシャンを編成に加えた作品も書いていますが、聴かれたなかで印象に残ったものはありますか?

挾間 ヴィンス・メンドーサが指揮してサックスのジョー・ロヴァーノがソリストを務めて初演されたターネジ作品があるときいて、気になったのでヴィンスにメールしてみたんですよ。学校の長期休みだったのか「録音は残ってない」という返信が5分で返ってきてしまい残念でした。そのやり取りで今度は「ターネジの《スコーチド》聴いた?」って訊かれて、ヴィンスはこの曲について「Crazy stuff, but interesting!(クレイジーな曲だけど興味深い)」と言ってましたね。

小室 《スコーチド Scorched》はタイトルの由来(SCOfield ORCHstratED)からも分かるように、ジョン・スコフィールド(日本でも人気の高いジャズ・フュージョン系のギタリスト。日本ではジョンスコと略して呼ばれることが多い)の楽曲を、ターネジがオーケストラとジャズのトリオという編成のためにオーケストレーション……というか、自由に作曲し直した作品ですね。現代音楽で喩えれば、シューベルトの未完成作品をルチアーノ・ベリオが自分の前衛的な作風で接ぎ木した《レンダリング》みたいな感じですから、普通ではない(笑)。

挾間 私も最初笑いましたけど、真面目な話、編曲家じゃなくて作曲家からのアプローチとしては100点だと思うんですよ。原曲の要素を素材と割り切って使い、全く異なる世界まで持っていってますよね。どんな原曲だったんだろうって興味をそそらせるという意味でも100点満点! あと一番笑ってしまったのは、ビヨンセの《Single Ladies シングル・レディース》(2008)のフレーズをまんま取り入れている《ハンマード・アウト Hammered Out》(2009~10)。もし自分が初演の場にいたら、どんな顔をしていればいいのか(笑)。聴いたのはライヴ録音だったんですけど、よく皆さん笑わないで聴いていられるなと。多分、作曲者からしたら、冷静に拍手してほしいような曲じゃない(笑)。

小室 客層がビヨンセ知らない人たちばっかりだったんでしょうね(笑)。《スコーチド》みたいにジャズミュージシャンと、クラシックのアンサンブルもしくはオーケストラが共演する場合、挾間さんが心がけていることとかありますか?

挾間 オーケストラと一緒に演奏することにジャズミュージシャンは慣れていないので、誰に合わせて演奏すればアンサンブルが合うのかということが、まず大事になります。指揮者にあわせるという発想が全くないので、指揮にあわせると速くなっちゃうんですよ。いま演奏している人に合わせることにフォーカスしているので、慣れていないジャズミュージシャンには「コンマス(コンサートマスター)を見てね」ということがとても多いです。ただピアニストはコンマスが自分より後ろにいて見られないので、どうしているんでしょうね?

挾間が首席指揮者を務めるデンマーク・ラジオ・ビッグバンドのコペンハーゲンでのコンサート

 オーケストラじゃないですけど、それこそジョン・スコフィールドと私が指揮するデンマーク・ラジオ・ビッグバンド(DRBB)が共演したとき、彼の曲に少し込み入ったアレンジをしたら、あんまり楽譜をみずに「君の合図がくるまで弾かないで待ってるから!」って言われて。こちらとしては「いや、楽譜読めるんだから読んでくれー!」と思いましたけど(笑)

小室 そういう時はやっぱり指揮者を頼る(笑)。挾間さんから見て、ジョン・スコフィールドはどんなギタリストでしょう?

挾間 七変化するタイプで、1980年代にマイルス・デイヴィスとやっていた頃のイメージのまま、彼のリーダーアルバムを聴くと「え?」ってなったりしますよね。マイルスとやっていた頃はジャズっぽかったり、フュージョンっぽい演奏をしてたのに、独立してからはすごい自由(笑)。極端な話、何をやってもジョンスコらしくならない!

小室 (爆笑)

挾間 ギターの音も個性的ですが、だからといって1音聴いてジョンスコって分かるかというと難しい。共演もさせていただきましたけど、何をもってジョン・スコフィールドといえば良いかわからなくて神秘的というのが正直な感想です。お人柄は、めちゃくちゃ良くて。ビッグネームだし年齢も70代ぐらいですけど、とても気さく。込み入った話こそしませんでしたけど、「息子は病気で死んでしまったんだけど、生きていたら同じぐらいの年だったな」というようなことを言われましたね……。

親しい友人たちへ贈られた追悼の音楽

小室 まさにその息子さん――エヴァン・スコフィールド(1987~2013)を追悼する作品としてターネジが書いた全4楽章の大作《リメンバリング》(2014~15)が、この5月に日本初演されます。ターネジ自身は「交響曲と呼ぶのは少し見栄を張った感じがする」のでそうは名付けなかったが「交響曲の設計に沿った」作品であると語っていました。

挾間 《リメンバリング》は追悼のために書かれた作品とうかがってから聴き出したので、最後に哀しさがやってくることは分かっていたわけですけど、第4楽章までたどり着いて腑に落ちましたね。ここに全てがしかもその第4楽章に全ての結果を凝縮させるように第1~3楽章が書かれていて、完璧な構成に唸りました。第4楽章はデヴィジ(分割)されたチェロセクションで始まるわけですけど、分かりやすくいえば、とめどなく溢れて流れつづける悲しみを一番よく表せる楽器としてターネジはチェロを選んでいることもよく伝わってきましたし、ヴィオラと使い分けたり、時にヴィオラがチェロの下に潜り込んだりしていることにも深いこだわりを感じとれました。

小室 チェロが活かされている理由は多分もうひとつあって、ターネジ作品を世界に紹介した人物でもあるサー・サイモン・ラトルが《リメンバリング》も初演を振っているんですが、ラトルの強い要望――いやむしろゴリ押しといっていいぐらい――によって、ヴァイオリンセクションなしのオーケストラのために作曲されているんです。ターネジ自身の回想によれば、1990年前後ぐらいのまだ若かった頃に「君の書くヴィオラは実に退屈だ」とラトルから言われたことがあるらしいですよ(笑)。《リメンバリング》では、オーケストラでは通常先導役となるヴァイオリンの代わりをヴィオラが務めることで、ダークな色調を生み出しています。

 もう1曲、この作品と一緒に日本初演されるのが《ラスト・ソング・フォー・オリー》(2018)です。こちらも追悼のための音楽で、今度はターネジの師匠のひとりだったオリヴァー・ナッセン(1952~2018)との思い出に捧げられています。こちらは単一楽章なのですが、楽譜を見ると〈Dance 1〉〈Chorale for ‘Big Owl’ 1 (with Variations)〉〈Dance 2〉〈Dance 1 Recap〉〈Chorale for ‘Big Owl’ 2〉〈Song for Olly〉という6つのセクションに分かれています。Big Owl(大きなフクロウ)というのはナッセンが大好きだったというフクロウに彼の知性と体型をなぞらえているわけですね。

挾間 この曲は、〈Dance 1 Recap〉の部分が、Recap(要約)と書いてあるのに、〈Dance 1〉と様子が異なっていて面白かったですね。〈Dance 1 Recap〉は楽譜を見るとただのズンチャ・ズンチャ……ってマーチみたいな感じなんですけど、聴いてみるとシンコペーションがうまく活用されているせいなのか、全然単純に聴こえないんですよ。一体どうなっているのか、何度も聴き直してしまいました。

小室 そもそも、巨体の持ち主であるナッセンの追悼曲にダンスを持ち込むっていうことにユーモアが込められている気がするんですよ(笑)。でもそのダンスがあるからこそ、〈Chorale for ‘Big Owl’〉における慟哭が際立って、心に響くんじゃないかなって思いますね。そして最後のセクション〈Song for Olly〉に入ると低めの音域のホルンセクションによる和音とメロディが気高くて印象的なんですけど、そこにファゴットが重ねられているからすごくダークに聴こえる。オーケストレーションが本当に上手いです……。

 あと《リメンバリング》と《ラスト・ソング・フォー・オリー》のどちらでも、跳ねるようなリズムが印象的に繰り返されたりすると、どうしても私はスウィングっぽいリズムだなと思ってしまうんですけど、リズムにジャズ的な要素は感じますか?

挾間 私にはそう聴こえなくて、むしろこの2作だけじゃなく他の作品にも共通していえるのは、自然にブルーノートが使われているってことですね。それがジャズとの共通点としてとても大きいと思います。例えば「ド」の上で「ミ」と「ミ♭」が行ったり来たりするとブルースっぽくなるんですけど、そういう音選びの選択肢がターネジ作品のなかに入り込んでいるのは間違いないです。しかも露骨じゃなくて、とても自然なんですよ。

小室 ジャズからの影響が表層的なものではないからなんでしょうね。これからターネジ作品の聴き方が変わりそうです!


挾間美帆 Miho Hazama|作・編曲、指揮

国立音楽大学およびマンハッタン音楽院大学院卒業。2012年、ジャズ作曲家としてメジャーデビュー。2014年、出光音楽賞受賞。2016年米ダウンビート誌「未来を担う25人のジャズアーティスト」、2019年ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に選出。アルバム『ダンサー・イン・ノーホエア』が2020年米グラミー賞ノミネート。2019年からデンマークラジオ・ビッグバンド首席指揮者、2020年にはオランダのメトロポール・オーケストラ常任客演指揮者に就任。

2023年、デビュー10周年記念アルバム『ビヨンド・オービット』リリース。同作は、2024年4月ミュージックペンクラブ音楽賞ポピュラー部門最優秀作品賞を受賞。
https://www.jamrice.co.jp/miho/

©Dave Stapleton

小室敬幸 Takayuki Komuro|音楽ライター

茨城県筑西市出身。東京音楽大学付属高校および同大学・同大学院で作曲と音楽学を学んだ後、母校の助手と和洋女子大学の非常勤講師を経て、現在は音楽ライター。クラシック、現代音楽、ジャズ、映画音楽を中心に、演奏会やCDの曲目解説やインタビュー記事などを執筆し、現在は『音楽の友』『PEN』『ハーモニー』で連載をもっている。また現在進行形のジャズを紹介するMOOK『Jazz The New Chapter』に寄稿したり、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演したりしている。共著に『聴かずぎらいのための吹奏楽入門』『commmons: schola〈音楽の学校〉vol.18 ピアノへの旅』(ともにアルテスパブリッシング)。趣味は楽曲分析。

©T.Tairadate


【Information】
〈コンポージアム2024〉
マーク=アンソニー・ターネジ トークセッション

2024.5/21(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/マーク=アンソニー・ターネジ、沼野雄司(聞き手)

マーク=アンソニー・ターネジの音楽
5/22(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
出演/ポール・ダニエル(指揮) 東京都交響楽団
ストラヴィンスキー:管楽器のサンフォニー(1920年版)
Stravinsky: Symphonies of Wind Instruments (1920 version)
シベリウス(ストラヴィンスキー編):カンツォネッタ op.62a
Sibelius (arr. Stravinsky): Canzonetta op.62a
ターネジ:ラスト・ソング・フォー・オリー(2018)[日本初演]
Turnage: Last Song for Olly (2018)
ターネジ:ビーコンズ(2023)[日本初演]
Turnage: Beacons (2023)
ターネジ:リメンバリング(2014-15)[日本初演]
Turnage: Remembering (2014-15)

2024年度 武満徹作曲賞 本選演奏会
審査員:マーク=アンソニー・ターネジ
5/26(日)15:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演/杉山洋一(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
https://www.operacity.jp