文:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)
中国の杭州(ハンチョウ)市で生まれたチェロ奏者、リ・ラ(李拉=2002年生まれ)が2022年7月、10代最後のタイミングで日本への正式デビュー公演を行う。「4歳でピアノを始め、7歳でチェロに転向…」との経歴を読み進め、「2012年大阪国際音楽コンクール」のところで「あっ!」と驚いた。チェロを手にして3年目の上海音楽院初等科4年生で第13回の同コンクール「弦楽器部門Age E-1」部門に優勝。全部門の最高位を集めた「グランドファイナル」ではサン゠サーンスの「チェロ協奏曲第1番」第1楽章を独奏し、「神戸市長賞」「ストリング賞」に輝いた。グランドファイナルの審査員として10歳の彼女を聴き、強く惹きつけられた記憶が履歴書から、ようやく蘇った。というのもメガネをかけた10歳の小柄な少女が中国チェロ界のプリンセスとなり、ファッション雑誌の表紙も飾るほどのアイコンに成長する10年後までは、全く想像がつかなかったからだ。
大阪での栄冠の翌年、2013年には上海でスウェーデンの名チェリスト、フランス・ヘルメルソンのマスタークラスを受けたことで大きな転機が訪れた。ヘルメルソンは同じスェーデン出身のプロデューサーでスイス・ヴェルビエ音楽祭の創設者、マルティン・エングストロームにリ・ラの存在を伝え、翌年から同音楽祭へ継続して参加するチャンスを授けた。「当時の私にとって、まったく新しい世界が開けたのです。数多くの質の高いコンサート、あこがれのアーティストとの出会い、マスタークラスで得る圧倒的なインスピレーション、そしてもちろん、ヴェルビエ村の美しい風景と雰囲気! 私は飽きることがなく、スポンジのようにすべてを吸収しました」と、リ・ラは振り返る。
続いて参加したヴェルビエのソリストアカデミーのカリキュラムは「非常にバランスよく組まれていた」という。(弦楽器雑誌『Strad』に載ったインタビュー記事の一部を翻訳、引用する)「音楽のマスタークラスに限らず、ステージで自分を効果的に見せるための興味深いレクチャーや素晴らしいパーティー、イベントもありました。受講生の結びつきを強め、多くの良い友人だけでなく、親切なホストの方々と巡り合うことができたのです」。最後の週にアカデミー側から「これから改善したいこと、いま困っていること」を書き出すように言われ、リ・ラは「自分の楽器にあまり満足していない」と率直に伝えた。アカデミーのディレクターは早速ロンドンの「ベアレス国際弦楽器協会」につなぎ、オーディションを受けさせ、1690年頃に製作されたイタリアの名器ジョヴァンニ・グランチーノのチェロを彼女の「今の楽器」とすることができた。
2016年にはニューヨーク、ジュリアード音楽院プレカレッジ・クラスへと進み、今は亡きリン・ハレルらの指導を受けた。ヘルメルソンはドイツのフランクフルト・アム・マイン市近郊の歴史的小都市で営まれるチェロとヴァイオリンの少数精鋭教育プログラム「クロンベルク・アカデミー」の教授を務め、宮田大を育てたことでも知られる。リ・ラは2018年にクロンベルク・アカデミーのプレカレッジに加わり、引き続きヘルメルソンの指導を受けている。2019年以降は「ヴァレーナ・フォン・デア・グレーベン゠パトロナート」の援助を受け、「バチラー」として在籍。今年5月には同アカデミー主催の「室内楽は世界をつなぐ(Chamber Music Connects the World)」コンサートに出演した。6月15日にはローマでも協奏曲を弾くなど、めきめきと頭角を現す。
リ・ラは世界規模で演奏活動を展開する中国人アーティストとして最も若い世代に属し、曲芸を思わせる超絶技巧で次々とコンクールを制覇する少し前までの中国的手法によらず、ヘルメルソンやハレルの他にナターリャ・グートマン、ミッシャ・マイスキー、デヴィッド・ゲリンガスらの名手に長期の指導を受け、楽曲の本質を文化面からも掘り下げる感覚を養ってきた。国際コンクールへの参加を重ねながら、オーケストラとの共演機会を増やし、プロの演奏家としてのステップを着実に積み上げているのが現状だ。
2022年夏。日本正式デビューでは7月21日の兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホールと26日のサントリーホール・ブルーローズ(小ホール)のリサイタル2公演、19日のミューザ川崎シンフォニーホール「ときめく夏~東京交響楽団 with 中国のライジングスターズ」の協奏曲公演(飯森範親指揮)を予定する。協奏曲はドヴォルザークとチェロ奏者にとって「名刺代わり」の定番だが、リサイタル(ピアノは松田龍)ではベートーヴェンの第3番、ブラームスの第2番とドイツのチェロ・ソナタの傑作2曲に、ストラヴィンスキーの「イタリア組曲」、チャイコフスキーの「『四季』より〈10月 秋の歌〉」「『懐かしい土地の思い出』より〈メロディ〉」「『6つの小品』より〈感傷的なワルツ〉」と新旧ロシアの名曲を配した重量級のプログラムに挑む。10歳の時にサン゠サーンスで私たちを唖然とさせた天才少女が19歳に至り、欧米での成果を携え日本に戻ってくる ── 何とも楽しみなプロ・デビューと言え、聴き逃せない。
李拉(リ・ラ) Li La, cello
2002年生まれ、中国浙江省杭州市出身。上海音楽学院附属小中学校、ジュリアード音楽院プレカレッジを経て、現在はドイツのクロンベルク・アカデミーにて、Frans Helmerson氏に師事。2012年大阪国際音楽コンクール、2013年フランスFLAME音楽コンクールなど各国際コンクールで優勝し、2014年ロシア第8回若い音楽家のためのチャイコフスキー国際コンクールチェロ部門史上最年少で優勝。2020年は北京、上海、広州にてソロリサイタルを実施。使用楽器はロンドンのベアーズ・インターナショナル・バイオリン・ソサエティより貸与されたグランチーノのチェロ、1690年産。
※下記公演は、出演者が渡航予定日前に在留資格認定証明書を取得することが困難であるため、中止及び内容変更をして開催することとなりました(7/6主催者発表)。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
https://newvoyage.jp/1644/
【Concert Information】
♪ 李拉(リ・ラ)チェロリサイタル
[西宮公演]2022.7/21(木)19:00 兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール ※中止
[東京公演]7/26(火)19:00 サントリーホール ブルーローズ(小ホール) ※中止
李拉(チェロ)
松田龍(ピアノ)
♪ストラヴィンスキー:イタリア組曲
♪ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69
♪チャイコフスキー:「四季」より〈10月 秋の歌〉 作品37b-10
♪チャイコフスキー:「懐かしい土地の想い出」より〈メロディ〉 作品42-3
♪チャイコフスキー:「6つの小品」より〈感傷的なワルツ〉 作品51-6
♪ブラームス:チェロ・ソナタ第2番 ヘ長調 作品99
■チケットぴあ
■芸術文化センターチケットチケットオフィス(西宮公演のみ)
♪ ときめく夏~東京交響楽団 WITH 中国のライジングスターズ~
2022.7/19(火)18:30 ミューザ川崎シンフォニーホール ※出演者変更で実施予定
飯森範親(指揮) 東京交響楽団
ソリスト:饒灝(ラオ・ハオ/ピアノ)、李拉(リ・ラ/チェロ)、孫楡桐(ソン・ユトン/ピアノ)
饒灝(ラオ・ハオ)→黒岩航紀に変更|サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 作品22
孫楡桐(ソン・ユトン)→山縣美季に変更 |ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
李拉(リ・ラ)→水野優也に変更|ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
■ミューザ川崎シンフォニーホール
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