世紀のスーパー・テノール ハビエル・カマレナが日本で初のソロコンサートを開催!

©J. Cornejo

取材・文:香原斗志

偉大なテノールだけがもつ伝説

 オペラ歌手、とくに人気のテノールで、欧米ではすでにビッグスターと認識されながら、来日していない歌手はだれか。そんな質問を投げられたことが何度かあり、そのたびに「ハビエル・カマレナ」と答えてきた。遅まきながら2024年6月に英国ロイヤル・オペラ日本公演で初来日を果たし、25年5月にはようやく、その真の実力が明らかになるソロコンサートが開催されることになった。

 メキシコ生まれのカマレナを筆者が認識したのは、ロッシーニの歌唱においてだった。たとえば、15年にチューリッヒ歌劇場で聴いた《ランスへの旅》のリーベンスコフ伯爵。超絶技巧が目白押しのこの難役を、あのフアン・ディエゴ・フローレスもしのぐほど軽やかに、鮮やかに歌い上げ、舌を巻いた。

 その後は、偉大なテノールだけしかなしえない数々の伝説をもつ。メトロポリタン歌劇場(MET)では、3つの異なる演目でアンコールに応えた唯一の歌手になり、とくに19年の《連隊の娘》では、過去75年でいちばん長いアンコールを記録した。21年には国際オペラ・アワードで年間最優秀男性歌手に選ばれている。

 そんなカマレナにとって、いま、どんなオペラが旬なのだろうか。

「軽いベルカント・オペラを中心に歌ってきましたが、年齢とともに声が成熟するのに合わせ、少しずつレパートリーを変えてきました。でも、ロッシーニ《チェネレントラ》やドニゼッティ《連隊の娘》のような難曲を、いまも歌い続けることができているのは幸せなことだと思います。ただ、現代の問題は、YouTubeなどで過去の映像を簡単に確認できること。5年、10年と経てば身体は変化し、声も変わり、同じコンディションで歌っても、以前とは違って聴こえます」

 そう語りながらも、METで歴史的なアンコールに応えた《チェネレントラ》と《連隊の娘》を、東京でも歌ってくれるのだから、このうえなくうれしい。「以前との違い」はむしろ、どれだけパワーアップしているかという楽しみにつながる。

あらたな一面も存分に味わえる

 加えて、あたらしいカマレナの一面を堪能できる選曲にも期待したい。

「声の成熟とともに、以前から大好きなフランス・オペラにも力を入れていて、昨年デビューしたグノー《ロメオとジュリエット》の〈ああ、太陽よ昇れ〉や、一番好きな役のひとつで近くデビューしたいマスネ《ウェルテル》の〈春風よ、なぜ目覚めさせるのか〉は、ぜひ聴いてほしいです。また、ドニゼッティのオペラにも、いまの私にぴったりのものが多く、《ランメルモールのルチア》や《ラ・ファヴォリート》は披露したいと思います」

 甘くやわらかい声を自由自在に制御し、超絶テクニックも難なくこなすカマレナ。小さな音符の連なりを敏捷に歌うアジリタも十八番だが、音を途切れなく滑らかに続けるレガートが美しく、気品にあふれている点でも、ほかの歌手の追随を許さない。ここ数年は歌唱が力強さを増しているから、フランス・オペラやドニゼッティの新たなスタンダードを聴かせてくれるはずだ。

 カマレナはどんな意識で歌と向き合っているのか。24年6月に東京と横浜で歌ったヴェルディ《リゴレット》にからめてこう語った。

「表現を豊かにするために、ヴェルディは強弱や色彩をじつに細かく指示しています。しかし、たとえば前世紀には、偉大な声の歌手、すばらしい美声の歌手はいましたが、こうしたヴェルディの指示には、あまり注意が払われてきませんでした。でも、いまは違います。ヴェルディの指示を可能なかぎり忠実に再現しようという流れがあります」

 作曲家が書いたとおりに歌う。そのためには、じつはかなりのテクニックが必要だが、だれもがこなせることではない。しかし、カマレナにはそれができる。

日本びいきのカマレナが歌に生命を注ぐ

「日本の文化や食事にすっかり魅了され、今後、何度でも来日したい」と語ったカマレナ。6月の初来日時は時間がないなか、京都の伏見稲荷大社を訪れたという。日本とのあいだには、あまり知られていない縁もあり、2005年にはメキシコで《夕鶴》の与ひょう役を日本語で歌っている。セリフを全部覚え、終幕では感激のあまり、歌いながら涙が出たという。また、スペインのマラガに建てた自宅では、お嬢さんが日本語を熱心に勉強しているそうだ。

「日本のお客さんはとても礼儀正しく、アーティストに敬意を払ってくれます。フランスやスイスのお客さんに少し似ていると思ったのは、最初はおとなしくて、それほど熱狂的な感じを受けないのに、最後には大きな情熱を示してくれることで、これはうれしいですね。オペラ、歌、そして声への愛情を感じます。ホテルに滞在しているだけで、毎日何人かからサインを求められますし(笑)」

 5月のコンサートでは「オペラや歌の美しさを、日本のお客さんに最大限に届けたい」と、抱負を語る。カマレナのレベルで歌に生命を注ぎ込める歌手は、世界中探してもわずかかもしれない。その歌声はいったいどこまで美しくなるのか。それをたしかめるためにも、カマレナのソロコンサートを聴き逃してはならない。

ハビエル・カマレナ 21世紀の“キング・オブ・ハイC” 日本初ソロコンサート
2025.5/15(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール


出演
ハビエル・カマレナ(テノール)
園田隆一郎(指揮) 東京フィルハーモニー交響楽団

プログラム
グノー:歌劇《ロメオとジュリエット》より〈あぁ、太陽よ昇れ〉
ドニゼッティ:歌劇《ラ・ファヴォリート》より〈王の愛妾?…あれほど清らかな天使〉 
ロッシーニ:歌劇《チェネレントラ》より〈必ず彼女を見つけ出す〉 
ドニゼッティ:歌劇《連隊の娘》より〈ああ!友よ!なんと楽しい日!〉
ドニゼッティ:歌劇《ランメルモールのルチア》より〈わが祖先の墓よ〉 
マスネ:歌劇《ウェルテル》より〈春風よ、なぜ目覚めさせるのか〉 ほか

問:楽天チケット ticket-concert@mail.rakuten.com
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