INTERVIEW 東京交響楽団 音楽監督 ジョナサン・ノット(指揮)

ジョナサン・ノットとミューザの夏

取材・文:青澤隆明

(c)N.Ikegami/TSO

 夏がまたやってくる。ジョナサン・ノットと東京交響楽団の熱い夏が。もちろん、今年の夏は、これまでの夏とは違う。いつだって忘れられないのは、それが挑戦であり、冒険であり、喜びであるからだろう。

 先の5月の演奏会でもさらなる進境を聴かせた彼らが、パンデミック以来3度目の夏を、フェスタ サマーミューザKAWASAKIのオープニングで沸騰させる。ラヴェル、ヴァレーズ、ガーシュウィンで彩った昨夏に続き、20世紀をさらに広く多彩に旅するコンサートとなる。

 「これはとてもクレイジーなプログラムです」とノットは愉快に笑う。「まず考えたのは、ここは川崎ですから、さらにジャズの要素を採り入れること。シェーンフィールドの『4つのパラブル』はずいぶん前に一度だけ指揮したことがあるのですが、いまこそ演奏すべきだと思い立ちました。ジャンルの間の遊興は魅力的ですからね」

 1947年デトロイト生まれのシェーンフィールドのこのピアノ協奏曲を、ノットはピアニストのアンドレス・ボイデと共演。ライヴ録音も1999年にリリースされている。

 「20年以上も前のことになりますが、そもそもの着想はポピュラー・サウンドをオーケストラ編成で演奏することで、そのためにオーケストラを特別編成し、ライヴ・レコーディングも行ったのです。たんなるジャズ音楽ではなく、多くの閃きに溢れた、とてもいい作品ですよ」

 プログラムは2部構成で、その曲の前にクルタークの「シュテファンの墓」を、休憩後にはドビュッシーの第1狂詩曲、ストラヴィンスキーのタンゴ、エボニー協奏曲 、花火、ラヴェルのラ・ヴァルスを鮮やかに組み合わせる。第1部が1980年代、第2部で20世紀前半の近現代へと遡る。

 「アイディアが散らばってどうまとめようかと思いましたが、最初と最後を考えて、クルタークの故人を偲ぶ作品で始まり、ラヴェルでしめくくることにしました。ラヴェルの音楽は、反抗や無視も含めて人生とすべて関わりがある。生命とは始まって終わるもの。そうした流れに全体の焦点を当てる一方で、『花火』のように異なる方向へも行きます」

 葬送で始まり、花火があり、ダンスで終わる。たしかに、すべては人生のパラブル(寓話)のようだ。「そのとおり。このような曲を演奏するのはいつだって楽しい。全体として暗から明へと進み、漂泊して戻ってこようと考えています。今回のプログラムは、驚くべき旅となるでしょう。私にとっても、これまでで最大の超音楽的体験となるかもしれない! 」

(c)Tokyo Symphony Orchestra

 ギターの鈴木大介、ピアノの中野翔太、クラリネットの吉野亜希菜(※「吉」は「土+口」が正式表記)と谷口英治が、ソリスティックに舞台を熱く彩る。「それぞれが大活躍しますよ。クルタークの曲は、ギターで静かに始まり、美しく詩的な音色変化がある。第2部ではジャズ・バンドをオーケストラが囲むようにして、曲によって奏者が場所を移動することを考えています。同じ色彩が、違う光で照らされるように。ジャズとクラシックの良質な出会いを叶えられるのではないかと思いますよ」

 「クラシック・ミーツ・ジャズ」と言うのはかんたんだが、実際にそれを鮮やかに結実させるのは難しいだろう。ただ混ぜ合わせるのではなく、それぞれの生命を出会わせることは。「ええ、混合ではなく、別のレイヤーが必要です。でないと、それぞれの要素を間違った方向で用いてしまう可能性も大いにある。とくに、クラシック音楽にジャズが入るときには」

 若い頃、ジャズ・ピアニストになりたいと思った時期もあったのでしょう?

 「なれたらいいな、と考えてはいたよ。でも、結局は指揮者になって、より良かったのかも……わからないけれど(笑)。あるとき、オスカー・ピーターソンのステージを近くで見上げてみたら、巨大な手でぜんぶ強く弾いていた(笑)。ほんとうに、ばかでかい手だった。そういう技術的な問題さえなければ、ジャズという選択肢もあったでしょう。ジャズは大好きですよ。実のところ、和声にしても音階にしても非常に複雑です」

 題して「ジャズとダンス──虹色の20世紀」。18回を数えるフェスタの開幕にふさわしい痛快な冒険となるだろう。

 「いつも思っていることですが、ミューザ川崎もこのフェスティヴァルも素晴らしい場所です。さまざまなオーケストラ、プレイヤーやアンサンブルが一堂に会するし、そもそも建物自体がこのような音楽を経験したことがない人々をも招き入れているように感じます。クラシック音楽は、多種多様な人生の要素を含むアート・フォーム。フェスタのポスターが表現しているとおり、とても楽しいものだと思うけれど、それと同時に、私たちはほんとうに真剣に音楽づくりをしています。ひたむきで純粋な音楽づくりを」

 音楽というのは山岳ではなく、同じく巨大でエネルギーに満ちた大洋のようなものだ、とノットは言う。そこには絶えず変化と流動性がなくてはならない、と。

 「曲の構造をよくよくわかったうえで、瞬時にたくさんのことを感じながら進んで行くのです。互いの信頼があれば、怖れることはない。私たちのミッションはそう、海に出ることです(笑)。いっしょに泳ぎましょう! 」

(c)Tokyo Symphony Orchestra

フェスタ サマーミューザKAWASAKI 2022
東京交響楽団オープニングコンサート
ジャズとダンス──虹色の20世紀

2022.7/23(土)15:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
(14:20~14:40プレトーク)


出演
指揮:ジョナサン・ノット
ギター:鈴木大介
ピアノ:中野翔太
クラリネット:吉野亜希菜(東京交響楽団 首席奏者)
クラリネット:谷口英治

プログラム
三澤慶:「音楽のまちのファンファーレ」~フェスタ サマーミューザ KAWASAKIに寄せて
クルターク:シュテファンの墓(鈴木)
シェーンフィールド:4つのパラブル(中野)
ドビュッシー:第1狂詩曲 (吉野)
ストラヴィンスキー:タンゴ
ストラヴィンスキー:エボニー協奏曲 (谷口)
ストラヴィンスキー:花火
ラヴェル:ラ・ヴァルス

問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/