高坂はる香のヴァン・クライバーン・コンクール 現地レポ5 from TEXAS

セミファイナル振り返り

取材・写真&文:高坂はる香

 ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールは5日間にわたるセミファイナルが終わり、すべての演奏が終了した30分後の22時半ごろ、ファイナルに進出する6名が発表されました。

◎ファイナル進出者
Dmytro Choni, Ukraine, 28
Anna Geniushene, Russia, 31
Uladzislau Khandohi, Belarus, 20
Yunchan Lim, South Korea, 18
Ilya Shmukler, Russia, 27
Clayton Stephenson, United States, 23

Finalists Photo by Ralph Lauer

 ウクライナからの参加ということもあり、冒頭から熱い応援をうけている Dmytro Choni さん、確信に満ちた音楽を聴かせ続けているロシアの Anna Geniushene さん、作品への愛が滲み出た演奏をするベラルーシの Uladzislau Khandohi さん、最年少の才能、韓国の Yunchan Lim さん、情感豊かな明るい音楽で客席を魅了しているロシアの Ilya Shmukler さん、そしてダイナミックなパワーのある音の持ち主、地元アメリカの Clayton Stephenson さんという、個性豊かな面々です。

 ファイナルを前に、多彩な演奏を聴くことができたセミファイナルの一部を振り返ってみましょう。

 セミファイナルでは、60分間の自由なリサイタルと、ニコラス・マギーガン指揮、フォートワース交響楽団との共演による、モーツァルトのピアノ協奏曲(指定作品の中から選択)が演奏されました。
 ここまでの演奏順が完全に保たれるわけではなく、選択者の多かった20番の協奏曲をばらけさせつつ、いくつかの微調整があったようです。それにより、人によってリサイタルとコンチェルトのどちらが先になるかも変わります。二つの舞台が2日空く人はまだラッキーでしたが、1日空けてすぐに別プロの本番という人が多く、ハードなラウンドでした。

 最初に発表された演奏順から変更があり、初日にリサイタルのトップで登場したのは、ソン・ユトンさん。アルベニス、ショパンから、ウクライナの作曲家、リャトシンスキーのプレリュードで暗く悲しい映画を観ているかのような美しい音楽を奏で、最後はプロコフィエフの8番「戦争ソナタ」。
 「すべて戦争に関連する作品でプログラムを組みました。最初のアルベニスは、どこか戦争の前兆のようなものを感じる音楽で、最後のプロコフィエフの8番はまさに戦争の只中の音楽。時間の流れのあるストーリーをつくりました」とユトンさん。

Yutong Sun

 ファイナル進出がならず残念でしたが、もうすぐ予定されている初めての来日をとても楽しみにしていると話していました。

 続けて登場した亀井聖矢さんは、「ワルトシュタイン」「ラ・カンパネラ」「夜のガスパール」、そして「イスラメイ」という、名曲&難曲づくしのプログラム。なかでも技術的に難しいためコンクールでもよく弾かれる「イスラメイ」は、技術的な余裕のうえで多様な表現が聴かれ、この曲ってこんなに洒落た良い曲だったのかと思わせてくれる演奏でした。
 亀井さん自身、まさにそう感じてほしくて選んだ曲だそうで、「もう5年くらいレパートリーとしているので、一生懸命弾いていると思われるのでない“その先”を目指し、どう音楽を作るかを考えて練習していた」とのことでした。

Masaya Kamei Photo by Richard Rodriguez

 一方のモーツァルトのほうでは、ご本人としては反省点がありつつも、終楽章の頃には吹っ切れて楽しんで演奏できたとのこと。

 マルセル田所さんのセミファイナルでとくに印象に残ったのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第27番を演奏したステージ。オーケストラとの合わせに苦労していそうに見えるコンテスタントが多い中、それぞれの楽器奏者とコンタクトをとりながら進めていきます。大人の落ち着きがありつつ、そのうえで時折遊び心や無邪気さを解放する演奏。終楽章では客席でも体を揺らしている人が見られました。

Marcel Tadokoro Photo by Richard Rodriguez

「過去の失敗から学んだことを活かし、オーケストラのパートも勉強して、自分のテンポよりも落として合わせてみるなど調整しました。日本語やフランス語でコミュニケーションを取るオーケストラだと気を張ってしまうけれど、アメリカのオーケストラとの共演ということで笑顔を心がけ、結果的には楽しむことができました」とのこと。

Masaya Kamei & Marcel Tadokoro

 亀井さん、マルセルさんは、惜しくもファイナルへの進出がならず残念でしたが、ここまでのステージで、ここフォートワースはもちろん、世界中にファンを増やしたと思います。

 モーツァルトの協奏曲でもう一人、経験値の活かされた演奏を聴かせたのが、アンナ・ゲニューシェネさん。25番というかわいらしさと威厳のある作品のセレクトも彼女の雰囲気に合い、指揮者、オーケストラ共に楽しんで演奏していることが伝わってきます。
「私はモーツァルトの協奏曲のエキスパートとはいえないので、5、6曲しか弾いたことのあるものはないのですが、その中でも特に気に入っているこの曲を選びました。一番長いしおもしろいから。ピアニストがブライトすぎる音でまわりを圧倒しすぎないようにすることは、ある意味チャレンジングなことでもあるんですけれど、これは室内楽のような作品でもあるので、ソリストとして弾くというよりは相互の会話を大切に演奏しました」

Anna Geniushene

一貫して安定感のある演奏で、ファイナルに進出です。

 2度目のクライバーンコンクールへの挑戦で、客席から人気を集めているイリヤ・シュムクレルさんは、リサイタルで、ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」、プロコフィエフの8番「戦争ソナタ」という二つの大曲をセレクト。「どちらも変ロ長調です。先生(2001年のクライバーン優勝者、スタニスラフ・ユデニッチ)と選曲の相談をしていたとき、そのアイデアに、二人で『これだ!』ってなったんです」と、そのときの喜びが蘇っているかのように嬉しそうに話してくれました。
 シュムクレルさんといえば、2015年浜松コンクールのセミファイナリスト。「浜松のみんなに何かメッセージはありますか?」と聞いたら、これまたとても嬉しそうに、いかに浜松の人たちが優しかったかを語ってくれて、こちらまで嬉しくなりました。

Ilya Shmukler

ファイナルに進出です。

 リサイタル、最後の奏者となったドミトロ・チョニさんは、ステージが進むにつれて、演奏への人気からますます声援が大きくなっています。
 ブラームス、スクリャービン、ドビュッシー、ヒナステラという多彩なプログラムは、「まずブラームスとスクリャービン、それからドビュッシーとヒナステラという二つのパートに分かれていました。はじめにリリカルなブラームスではじめて、炎がつくようなスクリャービン、それから一度リラックスするようにドビュッシーを弾いて、素晴らしいリズムとハーモニー、メロディ、精神を持ち、締めくくりにふさわしいヒナステラの作品を置きました」とのこと。

こういう状況での演奏ですが、「あなたの音楽が何にも邪魔されていないといいけれど…」と声をかけると、「もちろん、いくら音楽に集中しようとしても気にかかることはたくさんあります。でも集中しようと心がけてきました」と話していました。
 強く魅力的な音が輝いていましたが、セミファイナルの会場に移ってからは、ピアノをニューヨーク・スタインウェイに変更しています。無事にファイナルに進出です。

 ちなみに彼もまた2018年の浜コン参加者。セミファイナリスト12人のうち、マルセルさん、イリヤさん、チョニさんと3人も浜コン組がいたというのは、なんとなく嬉しいものです。

 ファイナルでは、2種類のリストから1曲ずつ、計2曲のピアノ協奏曲を演奏します。日程は、1日の空き日を置いて、6月14〜15日と17〜18日の4日間です。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/