
2022年6月のコンサートでは、筆者は呼吸が乱れるほど感銘を受け、涙を何度も流した。すごいに決まっていたが、1曲1曲が心の奥にこうも入り込んで、揺さぶりをかけるとは想像しなかった。最初のブラームスの歌曲から言葉が沁み込み、《サムソンとデリラ》や《サバの女王》の制御され尽くした豊かなドラマ性には、ただ感服した。その後もラフマニノフの哀愁、サルスエラ(スペインの伝統的な歌劇)の闊達なリズムと変幻自在。どんな作品も似た雰囲気で歌う歌手とは対照的に、いずれもその曲らしく、かつガランチャらしいのである。世界最高峰であるのは当然として、それを超えた異次元の歌たちだった。
ガランチャの以下の言葉に秘密を解くカギがある。
「私は歌曲でもオペラ・アリアでも、歌に込められた感情、歌が表現している物語を聴き手に伝えることを第一に考えています。そのために徹底した練習を重ねた結果、ステージ上では体が勝手に動いてくれます。どういうテクニックを駆使して歌うか、などと考えず、その先の音楽的な表現に集中することができます」
もはや完璧な声がひとりでに出るので、味つけや感情表現に集中できるのだろう。しかも、そのテクニックは好不調も乗り越える水準にあるようだ。
「体調がすぐれない日。声がよく出ない日。問題をかかえている日もありますが、舞台裏で磨き上げてきたテクニックに頼ることで切り抜けられます」
加えて、最近のガランチャに感じるのは円熟である。光沢を帯びた絹のような声はそのままに、ていねいに熟成させたポテンシャルの高いワインのように、洗練された極上の深みが味わえる。それは次の言葉のように、努力の末に得られたものである。
「私は自分の“楽器”を深く理解したうえで、技術的に洗練させる努力を絶え間なく重ね、進化させてきました。その結果、“楽器”は次第に成熟し、私が歌いたいと望んでいたどんな役も演じることができるようになりました」
たとえば、2023年末にミラノ・スカラ座で聴いたヴェルディ《ドン・カルロ》のエボリ公女。エレガンスに強い感情を宿らせ、ただ力強いだけの表現の何倍も凄みを帯びた。
今回はピアノ伴奏(6/17)とオーケストラ伴奏(6/21,6/25)の2つのプログラムが用意されている。前者はラフマニノフの歌曲やサルスエラも楽しみだが、なによりガランチャの細やかな息遣いまで聴きとれるのがうれしい。後者は十八番のビゼー《カルメン》の聴きどころをたっぷり楽しめる。「日本のみなさんは知識が豊富で、ヨーロッパの音楽をよく理解し、パフォーマンスへの配慮が深く、いつも心が温まります」と語るガランチャ。気持ちよく歌ってもらえるなら、空前の水準は約束されたようなものだ。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2025年4月号より)
エリーナ・ガランチャ メゾソプラノ リサイタル2025
2025.6/17(火)18:30 東京オペラシティ コンサートホール
6/21(土)14:00、6/25(水)19:00 サントリーホール
問:テイト・チケットセンター 03-6774-1968
https://www.tate.jp
※プログラムは公演により異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
他公演
2025.6/19(木) 愛知県芸術劇場 コンサートホール(東海テレビ放送事業部052-954-1107)
6/23(月) 大阪/ザ・シンフォニーホール(キョードーインフォメーション0570-200-888)