高坂はる香のヴァン・クライバーン・コンクール 現地レポ1 from TEXAS

亀井聖矢、吉見友貴が登場!

予選が行われているVan Cliburn Concert Hall at TCU
Photo by Richard Rodriguez

取材・文:高坂はる香

 ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール、6/2~6/4の3日間にわたり30名のコンテスタントが演奏する予選が行われているところです。
 2日目が終わり、まだあと10名の演奏が残されているところですが、ピアニストたちによる予選のプログラミングや、お会いできた一部のコンテスタントのコメントをご紹介したいと思います。

スティーヴン・ハフの委嘱作品

 予選は各人40分のリサイタル。審査員も務めるピアニスト、スティーヴン・ハフへの委嘱作品「Fanfare Toccata」を演奏するということ以外は、選曲は自由です。そのため、それぞれのコンテスタントの個性が発揮される、実に多彩なレパートリーを聴くことができました。

 ちなみにこのハフの作品をプログラムのどこに入れるか、楽譜を見るか見ないか、ということにもそれぞれの判断の違いがありましたね。 ほとんどのコンテスタントが楽譜を置いていて、暗譜で弾いたのは数人程度。そのなかの一人、Tianxu Anさん(2019年のチャイコフスキー・コンクール4位でおなじみの中国のピアニストです)は、こう話していました。

「作品の空気感をよりよく創造したいと思ったら、もし暗譜できるならそうした方がいいと思いました。ただこの曲はとても速いし、コードが急に変わるから、一昨日になって急に、これはチャレンジかもしれないという気がしてきたんですけど……でも、大きな間違いもなく弾ききれてよかったです」(Tianxu Anさん)

 また、この作品をどのタイミングで演奏するかについても、それぞれの考えが聞かれておもしろかったです。初日に弾いた中国の Ziyu Liu さんは、この曲は最後に置いていました。

「委嘱作品を最後にしたのは、最後に弾かれるべき作品だと思ったから。なぜって、D majorだし、大きな音でフィナーレを迎えるし。あとは譜めくりの人もいて人数が増えるから?(笑)」(Ziyu Liuさん)

最後の理由はちょっとよく意味がわかりませんでしたが、とにかくそういうことだそうです。

Masaya Kamei ©Haruka Kosaka

 一方、日本の亀井聖矢さんは、最初に弾いていました。

「暗譜するかどうかすごく迷ったのですが、万が一のことがあると困るので、一応楽譜を置いておきました……見ませんでしたが。弾いているうちに、自分の体をある程度音楽に寄せられる感じの曲だったので最初に弾いて、あとは尻上がりに持って行きたいと思いました」(亀井さん)

一つの作品を弾くタイミングだけでもみなさんいろいろと考え、これだ!というアイデアを見つけているのですね。

オリジナリティあふれる選曲

 前述のとおり選曲が自由なので、かなりいろいろな作品を聴くことができました。

 そんななかで嬉しかったのは、オペラからテーマをとったピアノ曲を弾いている人が多かったこと。ワーグナー=リストの「タンホイザー序曲」やゴドフスキーの「喜歌劇 《こうもり》 による交響的変容」など、とにかく多彩。予選からこういう作品を聴けるのは、大人のコンクールという感じがしていいですね。

 日本の亀井さんは、ベッリーニのオペラに由来する、リストの「ノルマの回想」を弾いてくれました。

「とても好きな曲です。演奏を聴いて、オペラを観たような気持ちになっていただけたらと。オペラは三角関係のお話ですから、そういうことを想像して、自分の感情を頑張って重ね合わせて演奏しました。そんな経験はないですけどね! ないですけど、あくまで想像で」(亀井さん)

そんな経験はないと亀井さんがやたら強調することが逆に気になりましたが、実際、そんな経験がないとは思えないほど情感豊かでドラマティックな演奏でしたね。

Masaya Kamei Photo by Ralph Lauer

 一方でオペラには関係しませんが、吉見友貴さんの「委嘱作品課題曲以外はリストのロ短調ソナタ一本勝負」というプログラミングも際立っていました。

 多くのコンテスタントは、最初のステージでいろいろな面を見せようと、バロック、古典派、ロマン派を組み合わせたり、近代の曲も組み合わせてみたりするケースがほとんど。そのなかで、30分にわたる大曲を一つドンと置く! これは、相当な弾きたいという気持ちが感じられるプログラミングです。

Yuki Yoshimi ©Haruka Kosaka

「この曲は、去年エリザベートコンクールの時に弾きたいと思っていたのですが、セミファイナルで違うほうのプログラムを選ばれてしまって弾くことができず(エリザベートは、2種類のプログラムを用意しておいて、直前に選ばれた方を演奏しなくてはいけないという過酷ルールなのです)、それからずっと弾きたかったので。時間の兼ね合いで他のステージでいれられるところもなかったので、予選で入れちゃおう!と思いました」(吉見さん)

 亀井さん、吉見さんとも、大好きな作品をプログラムの最後に置いて、思い入れたっぷりの演奏で締めくくるという展開。どちらも客席を大いに盛り上げました。

 実はここフォートワースのお客さんたちは、基本スタンディングオベーションしたい感じで、だいたいの場合、必ず一部の人々が立ち上がるのですが、やはり見ていると、「反射的スタンディング」と「本気スタンディング」では、客席の雰囲気が違います。亀井さん、吉見さんのときは、間違いなく「本気スタンディング」でした。

Yuki Yoshimi Photo by Ralph Lauer

 現地時間6/4(土)は予選最終日。夜10時ごろに演奏が終わると、そのあとホールの舞台上で、クオーターファイナル進出者が発表されます。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/