高坂はる香のヴァン・クライバーン・コンクール 現地レポ4 from TEXAS

亀井聖矢さんのホームステイ先を訪問!

取材・写真&文:高坂はる香

 多くのコンクールでは、コンテスタントはホテル滞在ということが多いですが、ヴァン・クライバーンコンクールでは30名のコンテスタントがそれぞれ、ホストファミリーの家に滞在します。長らく続くスタイルで、もともと富裕層が多く、広い家に暮らす人が多いこの地域だからこそ可能なことといえるでしょう。
 ピアニストを受け入れる家庭には、それぞれ新しいスタインウェイが貸与されて、コンクール期間中、練習に集中できる環境が整えられます。
 それではコンテスタントはどんな場所でどんな暮らしをしているのか?
 亀井聖矢さんがホームステイ先を見せてくださいました。

 ピアニストのステイ先の場所はそれぞれ。フォートワースのダウンタウンにあるホールから近い家はほとんどなく(みなさん安全で静かで広い土地がある場所にお住まいなのです)、車で15分程度とか、もっと遠いと40分かかるという家もあります。

 亀井さんのステイ先は、ホールから車で20分ほど。緑がたくさんある静かな住宅地の中にありました。コンテスタントが宿泊している家には、コンクールのフラッグが掲げられています。

 「周りはほとんど森で、散歩に出たら帰って来られなくなると思う」と亀井さん。
 ホストファミリーのお父さん、アランさんは、かつて画家として活動していた時期もあるということで、ピアノの置かれたリビングにはご自身の作品がたくさん飾られています。

 ミニマリズムの作品を多く描いていたというアランさん。現在は建築会社で仕事をしていて、その傍、趣味でいろいろな家具を作っているらしく、部屋にある木製の家具はだいたいお手製とのこと。「マサヤがいる間はうるさくするといけないから作りません。最近はYoutubeで調べて、日本の箸を作りました。使い方はまったくわからないから、これから彼に教えてもらうつもり」と言っていました。
 ゼロから箸を使えるようになるのは結構大変そう……亀井先生がんばって。

 亀井さんが一日の大半を過ごしているというのが、この練習スペースです。

 玄関を入ってすぐ、ご自身の寝室からも直結のベストポジション。スタインウェイのピアノの状態もよく、練習しやすい環境だそうです。
 ただ、なかなか時差がぬけないままコンクールに突入してしまったようで、夜4時間ほど寝て、昼間は練習しつつ、疲れたら眠るという生活をしているらしい。コンクールは直前まで本番の時間帯がわかりませんから、そのあたりの調整も大変です。

 そんな暮らしぶりをみて、アランさんはこう話します。
「アーティストらしい生活だと思いますね。好きなことをしているようで大変なこともある、おもしろいことも、そうでないこともある。
 それにしても、彼のピアノは本当に魅力的です。美しい。私には技術的なことはなにもわかりませんけれど、彼がどれだけの確信を持って演奏しているのかはよくわかります。ここの会場の聴衆の半分はクラシックを勉強している人かもしれませんが、半分は私のようにクラシックに詳しくない人でしょう。彼は、そんな人たちのことも熱狂させられる。何かを持っているということだと思います」

 ところで、亀井さんが旅をするときに必ず持ってくるものは?と尋ねてみると、意外なものが挙げられました。

 アメリカではCALPICOとして販売されています。カルピス原液。日本から持ってきたぶんはもう飲みおわってしまい、こちらは現地の日本の方から差し入れしてもらった2本目だそう。ご本人曰く、亀井さんを作っているのはカルピスの乳酸菌らしい。

 最後に、今回のコンクールに挑戦する中で感じていることを語ってくださったので、ご紹介します。

「3ヵ月前にマリア・カナルス国際ピアノコンクールに挑戦したときは、結果を気にしてとても気負ってしまいました。すべての音をちゃんと弾かなくては、ミスしてはいけないと思ってしまったために、ステージを楽しむことができず、大きな音楽にならなくて。
 今回はその時の反省を生かしつつ、これだけの大きなコンクールなのだから結果がどうなっても誰も何とも思わない、400人から30人の出場者に選ばれただけでもよかったと自分で思えていたので、気持ちの負荷をとって演奏に臨めたように思います。
 前回の経験がなければ、今回も気負っていたと思います。ここまできたら1位を目指したいと思ってしまうのが、一番ダメなんです。でも、コンクール公式のインタビューで、1位をとりたいですか?と聞かれたりして、そうすると、どうしてもまた意識してしまうのですが(笑)。それでも揺るがないメンタルが必要ということなのだろうと感じています」

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/