高坂はる香のヴァン・クライバーン・コンクール 現地レポ3 from TEXAS

クオーターファイナル振り返り

取材・文:高坂はる香

 ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール、クオーターファイナルは、9名ずつ2日間という日程であっという間に終了。全ての演奏が終わってから30分後の現地時間6月6日22時半ごろ、セミファイナルに進出する12名が発表されました。

Semifinalists Photo by Ralph Lauer

◎セミファイナル出場者
Dmytro Choni, Ukraine, 28
Anna Geniushene, Russia, 31
Masaya Kamei, Japan, 20
Uladzislau Khandohi, Belarus, 20
Honggi Kim, South Korea, 30
Yunchan Lim, South Korea, 18
Jinhyung Park, South Korea, 26
Changyong Shin, South Korea, 28
Ilya Shmukler, Russia, 27
Clayton Stephenson, United States, 23
Yutong Sun, China, 26
Marcel Tadokoro, France/Japan, 28

 これから始まるセミファイナルを前に、実に多様な演奏を聴くことができたクオーターファイナルのごく一部の演奏を振り返ってみたいと思います。

 クオーターファイナルは、前日夜10時半過ぎに通過者の発表があり、朝10時には一番手の演奏が行われるという、タイトなスケジュールで始まりました。

Anna Geniushene Photo by Ralph Lauer

 そのトップ奏者となったのは、アンナ・ゲニューシェネさん。ときに強固、ときにしなやかなタッチを使いこなし、体から湧き出してくるように音楽を奏でていきます。バルトークのソナタはガツンと頭をやられるようなワイルドな音ではじまり、縦揺れのリズムがパワフルに刻まれ、とにかくかっこいい。そんじょそこらの男性より男前な音楽です(こういう言い方は、今の時代あまりよくないのかな)。弾き姿は、どこか彼女の夫のルーカスさんとも似ているような…。
 ちなみにこの時の首まわりが鮮やかな衣装、ウクライナのものだったそう。ウクライナへの想いを表明するために身につけてステージに立ったとおっしゃっていました。圧巻の演奏で、セミファイナル進出です。

Katie Liu Photo by Ralph Lauer

 数少ないもう一人の女性コンテスタント、ケイト・リウさんは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第31番 op.110と、フランクの「前奏曲、フーガと変奏曲」という、どこか巫女的な雰囲気を持つ彼女にぴったりのプログラム。
 ピアニシモで空気をつくり、聴衆をぐっと彼女の音楽の世界に引き込みます。ベートーヴェンなど、終盤、最後の天の光がさすような瞬間を思いながら聴いていたら、わくわくしすぎて聴く前から嬉し泣きしそうでした。
 しかし、こういう密やかに語りかけるような音楽にはそれほど盛り上がらないのが、ここフォートワースの聴衆です。ここは私がひとつ、ガラにもなくフ〜フ〜言ってみようかと思うほどでした。とはいえ、審査をするのは審査員ですから、大丈夫。
 …そう思っていただけに、結果は本当に残念でした。

Masaya Kamei Photo by Ralph Lauer

 日本のお三方も、それぞれに魅力たっぷりの音楽を聴かせてくれました。

 亀井聖矢さんの演奏で特に印象に残ったのは、バッハの「半音階的幻想曲とフーガ」。血の通った人間らしさ、あたたかさを感じる、みずみずしく滑らかな音楽が美しい。ラフマニノフのピアノ・ソナタ第2番は、この作曲家ならではの切なさと香りのようなものを漂わせつつ、ドラマティックに弾き切りました。

Marcel Tadokoro Photo by Ralph Lauer

 マルセル田所さんは、今回も予選と同様、序盤でフランス・バロックもので空気を整えるプログラム。シマノフスキとラヴェルで持ち前の品のある音を響かせ、そんな内に向かう音楽が流れるからこそ、感情が解放されたときのインパクトが際立つ感じ。「ラヴェルの『スカルボ』を弾いているとき、鍵盤の上に黒い糸クズを発見して心が乱れた!」とのちに主張していましたが、それでも傍目には集中力の高い演奏でした。

Yuki Yoshimi Photo by Richard Rodriguez

 吉見友貴さんは、まず、ごく自然に流れてゆくモーツァルトのソナタ K.311 がとてもよかった。この曲を、お後がよろしいようで、的なとても粋な感じで閉じ、一転、パワフルなブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲 I, II」に入るというプログラム。山あり谷あり平地ありの起伏に富んだ音楽は、「ああ、今生きてるな!」というエネルギーを感じて、とてもよかった。ちなみに、IとIIの間でお客さんが拍手をしてしまうのは想定の範囲内で、「そのままいくぜ」とあらかじめ心に決めていたらしい。
 結果は本当に残念だったのですが、このコンクールで間違いなく世界にファンを増やしたと思います。

Yutong Sun Photo by Richard Rodriguez

 その他、貫禄のバッハ゠ブゾーニのシャコンヌを聴かせたソン・ユトンさん、ダイナミックな演奏で聴衆から圧倒的な人気を集めているクレイトン・スティーヴンソンさん、バッハの「音楽の捧げもの」という選曲からして才能が滲み出まくっていた18歳のユンチャン・イムさんなども、セミファイナルに進出です。

Clayton Stephenson Photo by Richard Rodriguez

 セミファイナルは、1日の空き日をはさみ、会場をバス・パフォーマンスホールに移して、現地時間6月8日〜12日の5日間行われます。人数は少なくなったのに、長い!
 というのも、それぞれに60分のリサイタルと、モーツァルトのピアノ協奏曲を演奏しなくてはならないから。

 ここからがまだまだ長丁場でコンテスタントたちは大変ですが、聴く私たちの楽しみは続くということ。引き続き、すばらしいピアニストたちを応援しましょう。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/