トップオーケストラの音楽家たちはいったいどんな話をしているのだろう? 「ぶらあぼONLINE」特別企画としてスタートした「オーケストラの楽屋から」、今回は東京交響楽団の登場です。土屋杏子さん(第1ヴァイオリン)と多井千洋さん(ヴィオラ)のお二人、そして特別ゲストとして、東響の動画配信「ニコニコ東京交響楽団」を手がける株式会社ドワンゴの高橋薫さんと楽譜を読んで映像をスイッチしていく須山英治さんの4人が初顔合わせ。ニコ響といえば、コロナ禍になってすぐの2020年3月に開催した無観客コンサート「【観客のいない音楽会】東京交響楽団 Live from MUZA!」が延べ20万人以上に視聴され大きな話題になりました。今回皆さんにはスタート時の秘話、そしてこれからの配信アイディアなど、音楽家と配信スタッフというありそうでなかった貴重な会話を3回にわたってお届けしています。これで最終回。すっかり打ち解けた4人は大盛り上がり!
vol.3 ヴィオラジョーク
いじれる楽器?いじっちゃいけない楽器?
高橋 ちなみに配信が始まってから、演奏されてる方々にとって多少意識が変わることってありましたか?
多井 杏子さんはいつも弾き姿がすごく素敵だし、完成されてるんですけど、僕はフォームの改善を…。
高橋 意識されました?
多井 はい、ずっと自分の課題だったんですけど。それだけの為ではないですが、リハを動画で撮ったり。客観的に見て修正することで、疲れなくなりました。
高橋 良い方に影響しましたね。
多井 はい、本当に良い方に。
須山 あまりヴィオラを撮らずにすみません(笑)
一同 (笑)
土屋 演奏しているときは全然意識は変えてないですし、音楽のことしか考えないようにしてるんですけど、終わった後に観られるっていうのは本当にありがたいです。自分が出たコンサートが観られることって今までめったになかったので…。
多井 確かに。
土屋 それこそ弾き姿とかフォームとかも、冷静に弾いてるときは、こういう風に弾きたいとかイメージはあるけど、それが本当に没頭しているときに出来てるかどうかとかって確認できなかったんです。でもこうして集中MAXの時の状態を客観的に見ることができて、「あ、そうかこういう感覚の時ってこういう風に聞こえるんだな」とかすごく勉強になっていて。
高橋 それは良かったです。
土屋 でも、いまは慣れたからいいんですけど、最初は心配もありました。生だと何が起こるかわからないから、うまくいってもいかなくても、それが1週間後まで見返せちゃって、しかもリアルタイムでコメントがついて。何言われるかわからなくって、最初は観るの怖いなって思っていました。
高橋 そうですよね…。
多井 各楽器のソロは本当にそうだよね。
土屋 すごくシビアな曲があるときに、「今日って配信ある?」「大丈夫?」って。でもドキドキしてる方がうまくいったりするのかな?(笑)
多井 たぶん慣れが良いんじゃない?こういう状況に慣れるっていうのが。3年やってたぶん皆さん慣れてきてるんじゃないかなと思うし。配信があってもそんなに気負わないっていうのは理想じゃない?
土屋 そうだね。
多井 3、4年前にNHKの収録が入ったでしょう?マーラーとブルックナーのとき。そのとき、マーラーの出だしが珍しくヴィオラのパートソロで、すごくシビアで。忘れもしないんですけど監督指揮による公演(ジョナサン・ノット指揮)で、テレビが入って、これは大一番だぞという条件でした。少し専門的な話なんですが、そのパートソロの部分、ヴィブラートをかけると力が分散されるので、出だしの緊張としてはほぐれる要素なのかなって僕は思って準備していたのですが、監督がノン・ヴィブラートでって(笑)
一同 (笑)
多井 そう、舞台出る前のヴィオラパート、誰も話せなくって(笑)
土屋 そうそう、覚えてる。
多井 こんなにパートで緊張することなんて今までないっていう。
土屋 尋常じゃない空気でした、あれは。
多井 ヴィオラパートだからまた面白いんだよね(笑)
土屋 そうちょっと面白がっちゃってた(笑)
多井 ちょっと周りからはギャグっぽくなるんですけど(笑)
高橋 え、ヴィオラだとギャグっぽくなるんですか?
多井 あ、はい。ヴィオラってそういう楽器なので。
高橋 そうなんですか!
多井 ヴァイオリンがやってたら、こんな風に回想はできません。「あの時緊張してたよね」とか絶対言えません(笑)ヴィオラだから、「あの時…」みたいになるんですけどね。
高橋 それは東響さん独特の話?
土屋 いや、わりと世界的に(笑)
多井 これはもう世界的です!
土屋 ヴィオラジョークってね。
高橋 へぇー!そうなんですか!?全然知らなかった。じゃあヴィオラ以外はあんまりいじれない感じなんですかね?
多井 いや、そういうわけではないですけど、ヴィオラはおおらかな人が多いですね。(笑)
土屋 それこそファーストヴァイオリンはそんないじりを受けたことはないですね。
多井 全然真逆の立場ですね。
土屋 全然いじっていただいて構わないんですけど、ないですね(笑)
高橋 じゃあヴィオラはすでにコメント耐性があるけど、(ヴァイオリンは)ない楽器ってことですよね。
土屋 そうですね、いつも難しそうで大変だねって感じで。ヴィオラは難しそうなことやってると、「わ、ヴィオラが難しそうなことやってる!見とこ」みたいになります(笑)
高橋 コメントもその人によって気にされる、されないとかあると思いますけど、パートとか楽器によってコメントの見え方が違いますよね。
土屋 違うと思いますね。
高橋 そうですよね。1番最初の配信の時に、例えばあれが良くない演奏になったりしたら、結構トラウマになった可能性もあるんじゃないかと思っていて。あれが良いコンサートですごく良かったなと思ってるんです。
土屋 曲も良かったですしね。プログラム、大当たりでしたよね。
高橋 すごかったですよね。
土屋 あれは良いタイミングだったと思っています。最初の配信でたっくさんの人が観てくださったじゃないですか。
高橋 本当にすごかったです。
土屋 たぶんそれが私たちにとっても、「そうか、配信でこんなにたくさんの人たちが観てくれるんだ」っていう発見にもなりました。
須山 僕は逆に最初の方なんて何も覚えてないです(笑)人生初めての生で、楽譜落ちてしまったら…。
一同 (笑)
土屋 絶対に極限状態になりますよね。
須山 1人で嫌な汗かいて。落ちないように。
多井 あの時は舞台袖も盛り上がってましたよね。すごい!どんどん人数が増えていくってね。
高橋 そうでしたね。あの時は回線が圧迫されて画質と音質が荒れてしまって。テクニカル側からすると、事故なんて起こんないでねって話だと思うんですけど、アクシデントに居合わせることができたっていうのも実は共通の体験になっていて、それも含めて「すごい瞬間に居合わせたな」っていう。それもライブ配信の良さだと僕は思うんです。
多井 それくらい盛り上がっているってことでね。
高橋 そうそう。ちょっとプチプチっとなって聴けなかった部分はあるんですけど、結果としては非常に良い配信だったよな、と。本来、配信を安定的に届ける会社の者が言うのは良くないんですけど。
多井 本当にありがたいです。
土屋 東響がタッグを組めたのがニコ響さんで、本当に幸運だなって思います。
高橋 そう言っていただけるとうれしいですね。僕らも東響さんで良かったなっていうのはあります。「こんなにスピーディーに動けるものなんだ!」って逆に思いましたから。
土屋 いつも事務局が素晴らしいんです、本当に。
高橋 とてもあってるんです、ニコニコと。ある意味ハードルが高いものこそ、コメントも含めてやったほうがいい。つまりニコニコって、ちょっとふざけていて、、みたいなイメージがあると思うんですけど、だからこそしっかりとしたクオリティでお届けしようとしている。かつ敷居が高そうに見えるものは、逆にニコニコと合うとずっと思っていたので、夏野*に言われたから「あ!いいっすね」って言ったわけじゃなく、本当にクラシックはいいと思ったんです。だから一緒にやれて本当によかったですし、この先も続けていきたいなって思ってるんです。
*ドワンゴ代表取締役社⻑の夏野剛氏。東京交響楽団の理事も務める。
土屋 ぜひ、お願いします!
東京交響楽団 今後の公演
東京オペラシティシリーズ 第128回
2022.7/2(土)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
名曲全集 第178回<前期>
2022.7/3(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
出演
指揮/クラリネット:アンドレアス・オッテンザマー
プログラム
モーツァルト:交響曲 第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」
メンデルスゾーン:無言歌集より(オッテンザマー編曲クラリネットとオーケストラ版)
第2巻「道に迷った人」 op.30-4
第1巻「ヴェネツィアの舟歌 第1」 op.19-6
第5巻「春の歌」op.62-6
第6巻「羊飼の嘆き」 op.67-5
第7巻「別れ」 op.85-2
第8巻「そよぐ風」op.102-4
第8巻「子供のための小品」op.102-5
第2巻「ヴェネツィアの舟歌 第2」 op.30-6
ウェーバー:歌劇「オベロン」序曲
ブラームス/ベリオ編:クラリネット・ソナタ ヘ短調(管弦楽版)
問:TOKYO SYMPHONYチケットセンター044-520-1511
https://tokyosymphony.jp
現在、5月に生配信された音楽監督ジョナサン・ノット指揮《ブラームス:交響曲第3番》が6月末まで無料延長配信中。
次回生配信は7月3日(日)14時から。
土屋杏子 TSUCHIYA, Kyoko
神奈川県逗子市出身。東京藝術大学音楽学部を経て同大学院修了。第48回鎌倉市学生音楽コンクールヴァイオリン部門第1位、第10回大阪国際音楽コンクール アンサンブル部門第1位、併せて審査委員長賞受賞。ドイツにてポーランド室内フィルハーモニー管弦楽団との共演や藝大室内楽定期演奏会への出演など、ソロ、室内楽奏者としても積極的に活動している。藝大同期生による弦楽アンサンブル「TGS」メンバー。これまでにヴァイオリンを前澤均、神代恭子、玉井菜採、松原勝也の各氏に、室内楽を山崎伸子、花崎淳生、松原勝也、市坪俊彦、川崎和憲の各氏に師事。
多井千洋 TAI, Chihiro
大阪府大阪市出身。愛知県芸、東京藝術大院、京都市響を経て、現在は東京交響楽団ヴィオラフォアシュピューラーとして在籍。ヴィオラを竹内晴夫、クロード・ルローン、百武由紀、川崎和憲の各氏に師事。第21回レ・スプレンデル音楽コンクール室内楽部門1位、ACL青年作曲賞にて演奏作品が優勝の他、国内コンクール複数入賞。ソロや室内楽においてもバロックから新作初演をレパートリーとする。石田組やレコーディング等でも活動中。
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