高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪8♪
ショパンの命日のミサ、そしてファイナルが始まります

取材・文&写真:高坂はる香

 10月17日は、ショパンの命日。今年は没後172年となります。
 この日はコンクールもお休み、ワルシャワ・フィルハーモニーホールでも、何も行われていません。

 そしてこの日、ショパンの心臓が眠る聖十字架教会では、ミサが行われます。
ショパンはワルシャワ近郊のジェラゾヴァ・ヴォラに生まれたのち、家族でワルシャワに移り、20歳までの多感な時期をこの街で過ごしました。その後ヨーロッパの音楽都市での成功を夢見て祖国を離れ、パリで名を成し、1849年、そのままパリで没しました。
 彼の遺言の一つに、自らの心臓を祖国に持ち帰ってほしいというものがありました。遺体はパリに埋葬されましたが、姉のルドヴィカが心臓だけを密かに祖国に持ち帰り、この聖十字架教会に納めました。

 ショパンのもう一つの遺言は、自分の葬儀ではモーツァルトのレクイエムを演奏してほしいというものでした。その遺言の通り、パリのマドレーヌ寺院で行われた葬儀では、ショパンの作品とあわせて、このレクイエムが演奏されたと伝えられています。

 そこで、ここワルシャワの聖十字架教会で行われるショパンの命日のミサでも、モーツァルトのレクイエムが演奏されることが恒例となっています。 今年のミサの演奏は、チェコの古楽界を代表する、指揮者のヴァーツラフ・ルクスと、彼が創設した古楽オーケストラ、コレギウム1704&コレギウムヴォカーレ1704によるもの。彼らはこれまでにもショパン研究所のレーベルで録音を行っています。

 ショパンの命日に祈りを捧げる、特別なコンサート。教会には多くの人たちが足を運んでいました。入場は無料で、一般市民も多く詰めかけています。中には、ファイナリストの姿も見かけました。 モーツァルトが残した、美しく神聖なハーモニー。ショパンの魂を弔うための、力強く柔らかい歌声。ショパンの生涯を想い、その中で彼が多くの美しい作品を生んでくれたことに感謝を捧げる一夜。表に出ると、聖十字架教会の横に月が輝いていました。

 そして翌日10月18日から3日間にわたり、いよいよ、ピアノ協奏曲を演奏するファイナルが行われます。

 共演はワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団。おそらく、世界で一番多くショパンのピアノ協奏曲を演奏しているオーケストラでしょう。2010年のショパンコンクールのファイナルで、会場のライトが落ちるというトラブルがあったときも、あとで団員の方が、「楽譜が見えなくても私たちは大丈夫」と言っていました。さすがです。 指揮は、2019/20シーズンから音楽監督に就任したアンドレイ・ボレイコさん。ポーランド人の父とロシア人の母のもとサンクトペテルブルクに生まれ、同地のリムスキー=コルサコフ音楽院で学んだ指揮者です。

 ファイナリストは各人、演奏する当日の昼間、一度だけオーケストラリハーサルを行うことができます。スケジュールによると、各人のリハーサルは45分ずつ。なかなか難しい条件のもとで、それぞれが本番のステージを迎えることになります。

 2つの協奏曲のうち、華やかな技巧で魅せることのできる1番を選ぶコンテスタントが多いことが通例となっており、実際過去の優勝者もほとんどが1番を弾いています。そして今回12名のファイナリストのうち、1番を選んでいるのは9名、2番を選んでいるのは3名です。

 今回の優勝者は、どうなるでしょうか。ただ、たとえば2年前のチャイコフスキーコンクール、ショパンの協奏曲以上に圧倒的に「1番・2番格差」が大きいチャイコフスキーのピアノ協奏曲で、めったに弾かれることのない2番を弾いたアレクサンドル・カントロフが優勝するということもあったので、こればかりはわかりません…。

 同じコンチェルトでも、オーケストラとのコミュニケーションの取り方、ピアノの音の聴こえ方、そしてもちろん、ショパンの音楽の理解とその表現の仕方など、それぞれに全く異なるものを聴くことになるはず。 日本からライブで聴くとなると時差が大変だと思いますが、あと少し、すばらしい演奏との出会いを楽しみにがんばりましょう!

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/