高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪3♪
コンテスタントのピアノ選び

取材・文&写真:高坂はる香

 1次予選も3日が終わりましたが、ここで、今回のコンクールで使われているピアノと、コンテスタントのピアノ選びの話をご紹介したいと思います。

 今回ショパン・コンクールのステージに出ているのは、スタインウェイ2台、ヤマハカワイファツィオリという5台のピアノ。1次予選前のタイミングで行われるセレクションの時間は、各人15分。

 今回は私自身がセレクションの様子を覗くチャンスはなかったのですが、聞くところによると、例によってみんな思い思いのやり方でピアノを試していたそうです。最後の最後まであちこち行ったり来たりして迷う人もいれば、早々に決めて15分をほぼまるまる一つの楽器に慣れるために使う人も。
 ちなみに各メーカーのみなさん、そんなコンテスタントの様子を、後の参考のためにつぶさに記録しています。スタインウェイの方がメモをチラ見せしてくれましたが、なにかもう、生物の行動パターン分析の研究データみたいな勢いで細かい記録が残っていました。これ15分×87人記録するのは大仕事ですよ。

 また、たとえば最近の浜松国際ピアノコンクールのように、ピアノ選びのときに会場に入れる人を厳しく制限しているところもありますが、ショパン・コンクールはかなりゆるめ。コンテスタント同士で聴きあったり、先生を連れてきてアドバイスをしてもらったり、みんなそれぞれだったようです。

 ちなみに、前回、前々回は、途中でピアノを変えることが可能だったので、コンチェルトだけ違うピアノにスイッチする人もいましたが、今回は途中変更は認められないそうです! …ってこの件、コンテスタントがピアノの登録のときにそう言われたんだって、本当かな?みたいな話を聞いて、メーカーの皆さんに確認するも、各社「そう聞いたけど本当かな?」みたいな感じ。誰もわからない。
 というわけで、今日事務局で確認してきたら、途中変更は認められないルールです、と言われました。本当にそうなのね?と念を押すと、「分厚いコンクールのルールブックのどこかに書いてあるはず。どこに書いているかはわからない」とのことでありました。確認すればいいんですけど、見る気力がありません、すみません。
 そして、ルールが途中で変わる可能性もゼロではありません。なぜならここはポーランドだから。
(10/9編集部追記 高坂さんからの情報によると、その後途中で変更可能なルールに変わったとのことです)

 さて、そうしてそれぞれのコンテスタントが、大舞台のパートナーを決定しました。各メーカー選択した人数は、スタインウェイ64、ヤマハ9、ファツィオリ8、カワイ6。

 カワイは6名と人数こそ少なかったですが、コンテスタントから、とてもいい楽器だったという声をよく聞きます。あたたかい音がする楽器ですね。ただ、じっくり楽器に慣れる時間が取れないコンクールという場では、弾き慣れているメーカーかどうかということが選択に影響するようです。

 その意味でファツィオリは、お国のイタリアのコンテスタント2名を含む8名が選択。前々回2010年、まだ国際コンクールに出し始めたばかりだったなか、トリフォノフが弾いて3位に入賞したことが結構なインパクトを残しました。その時も前回も、調律師さんは日本から派遣されていましたが、今回はベルギー人の調律師さんが担当しているとのこと。

 ヤマハは9名が選択しました。前述の2010年には、アヴデーエワが、新たに世に発表されて間もなかったヤマハCFXを弾いて優勝。このシリーズはもともと豊かな音が鳴る印象ですが、今回のピアノはとくにパワーがあって、コンチェルトまで弾くことを考えると、頼れる楽器という感じがします。

 そして、もっとも選んだ人が多かったのが、スタインウェイ。2台合計で64名が選択しています。なかでも「スタインウェイ479」とアナウンスされているほうが圧倒的に多く、全コンテスタントの半数である43名が選んでいます。ホールが数年前に購入したもの。
 次いで多いのが「スタインウェイ300」とアナウンスされている楽器で、こちらはショパン研究所が所有、7月の予備予選でも使われた楽器だそう。
 いずれもハンブルク・スタインウェイですが、タイプがまったく違うということで、人気の「479」のほうは「クリアでブリリアント、オープンな楽器」、「300」のほうは「よりリリカルで、音質豊かかつ、親密さがある楽器」。オーケストラの楽器でいえば、「前者はトランペットで、後者はチェロ」ということです。(ちなみにこの「 」内の表現はすべて、スタインウェイのベテランアーティストサービス担当、ゲリット・グラナーさんのお言葉です!)

 ピアノの音質については、会場と配信で聴こえ方がけっこう違うというのもよく言われることで、それは、響きを直接耳で受け取るか否かという根本的な理由に加えて、マイクが置かれる位置の問題、さらに、配信ではエンジニアの人がどのピアノも素敵に聴こえるように調整しているという事情もあったりして、こればかりは、そういうものだと思って聴くしかありません。

 ピアニストは演奏家の中でも、基本的に自分の楽器を持ち運べない、めずらしい人たちです。前回優勝したチョ・ソンジンさんは、美しい音を鳴らすうえで大切なことは?と聞いたら、「いい調律師」と言ったくらい(おそらく半分ジョーク、半分本気)。

 前回のショパンコンクールのあとには『もうひとつのショパンコンクール』と題し、調律師さんの闘いをフィーチャーしたNHKのドキュメンタリー番組が放送されました(先日も再放送がありましたね)。これを見て、より良い楽器を目指すメーカー技術者のみなさんの、職人的かつアーティスティックな探究と、アーティスト相手の神経を使う仕事に関心を持った方も多いかもしれません。この後のコンクール、楽器そのものにも注目すると、見どころがひとつ増えておもしろくなると思います!

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/