高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪7♪
ファイナリスト発表&3次予選振り返り

取材・文&写真:高坂はる香

 3日間にわたる3次予選が終わり、ついにファイナリストが発表されました。

 結果発表がおこなわれたのは、当初の予定の時間から1時間半遅れの23時ごろ。 発表前にシュクレネル氏は「できるだけ多くの方にファイナルで演奏してもらえるようにした」と一言。結局、10名の予定だったところ、読み上げられたのは12名のピアニストの名前でした。

  1. Ms Leonora Armellini, Italy レオノーラ・アルメッリーニ(イタリア)
  2. Mr J J Jun Li Bui, Canada J J ジュン・リ・ブイ(カナダ)
  3. Mr Alexander Gadjiev, Italy/Slovenia アレクサンダー・ガジェヴ(イタリア/スロベニア)
  4. Mr Martin Garcia Garcia, Spain マルティン・ガルシア・ガルシア(スペイン)
  5. Ms Eva Gevorgyan, Russia/Armenia エヴァ・ゲヴォルギアン(ロシア/アルメニア)
  6. Ms Aimi Kobayashi, Japan 小林愛実(日本)
  7. Mr Jakub Kuszlik, Poland ヤクブ・クーシュリック(ポーランド)
  8. Mr Hyuk Lee, South Korea イ・ヒョク(韓国)
  9. Mr Bruce (Xiaoyu) Liu, Canada ブルース(シャオユー)リウ(カナダ)
  10. Mr Kamil Pacholec, Poland カミル・パホレッツ(ポーランド)
  11. Mr Hao Rao, China ハオ・ラオ(中国)
  12. Mr Kyohei Sorita, Japan 反田恭平(日本)

 17歳と若い3人が入っていたり、超個性的な方、独創的な方など、なかなかバラエティに富んだ顔ぶれです。渋めよりも、比較的、明るく元気で音量もたっぷりだったピアニストが多く通った印象。日本からも、反田恭平さん、小林愛実さんのお二人が進出。日本でおなじみの浜コン入賞者組、アレクサンダー・ガジェヴさんとイ・ヒョクさんもいます。ファイナルでは、そんな12人のバラエティに富んだピアノ協奏曲が聴けることになりました。

 ちなみに、12人がここまで弾いてきたピアノの内訳は、スタインウェイ6、カワイ3、ファツィオリ3。セミファイナルでカワイとファツィオリを弾いたピアニストは、全員通っていますね。 次のステージでも聴きたかった何人かのピアニストのお名前がないのは本当に残念ですが、素晴らしい音楽を聴かせてもらったいくつもの瞬間は、ずっと忘れないと思います。

 さて、ファイナルへの期待は高まるところですが、まずは3次予選をざっくりと振り返ってみましょう。
課題曲はこのようなものでした。

以下の(1)(2)を含む、45〜55分のショパンの作品。制限時間内で、下記以外の作品を追加してよい。

(1)以下の作品から1曲
ピアノ・ソナタ第2番「葬送」Op.35、ピアノ・ソナタ第3番 Op.58、24の前奏曲 Op.28

(2)以下の作品番号のマズルカを1セット
Op.17、24、30、33、41、50、56、59

 ポイントの一つ目は、まずマズルカ。ショパンの魂、故郷への思いが託され、民族舞曲の要素がとりこまれたこの曲を、どう表現するか。
 そしてもう一つのポイントは、ソナタまたはプレリュードという大曲。小品が多く、時代的には前期ロマン派ど真ん中のショパンですが、本人に古典趣味があったことは明らかで、こうした構造のしっかりした曲の表現力はとても重要な要素です。そしてシンプルに、長い曲でも聴衆の心を離さない魅力があることも大切。

 コンクール、それもショパンだけという縛りのあるこのコンクールの一つの聴きどころは、同じレパートリーを別のピアニストが次々と弾いていくところ。ときには楽器まで全く同じというときもあります。それで全く別の世界が描かれる。とくに3次予選は2つのソナタのいずれかを選ぶ人が多く、そうすると、この大きな曲が何人か続くという状況になることもあります。

 初日もいきなり4人が続けてソナタ3番を弾きました。Szymon Nehring、Piotr Pacholecとポーランド勢が憂いのあるしぶめのソナタを弾いたのち、中国の17歳、Hao Raoがいかにも神童という感じのクリアな演奏を、そして日本の進藤実優さんが、キレがよく情感たっぷりの演奏を聴かせてくれました。

 その夜の部は、日本の反田恭平さん、角野隼斗さんのところで、ソナタ2番「葬送」が続きました。マズルカ、ソナタとも、根本的なものが明るくとても力強い演奏をする反田さんは、ショパンが愛し、憧れた元気な友人や弟子たちの音楽のイメージかもしれません。ラルゴ「Boże, coś Polskę」から「英雄ポロネーズ」で締めるという、ポーランドへの想いが溢れたプログラミング。

 一方の角野さんの演奏は、特にマズルカなど、ショパンが好んだエレガンス、文化人の集ったサロンの心地よさを思わせるもの。タイプとしては全く違う二人の魅力をそれぞれに楽しむことになりました。

 葬送ソナタで作品の魅力を輪郭くっきりに描き出してくれたのは、Eva Gevorgyanさん。モスクワ中央音楽学校の17歳です。確かな技術、説得力と華のある演奏に、その年齢を忘れているところでしたが、演奏後のコメントで「このソナタを弾くには精神的な成熟が必要なので大変だけど…今年、私の小さなヨークシャーテリアが亡くなってしまって、彼女の死が葬送ソナタを弾く上での気持ちにも大きい影響をもたらしました。今日は彼女のために弾いたんです」と話していて、17歳の少女らしいものを感じたものでした。

 数少ない「24のプレリュード」組も、最終日に2人続きました。小林愛実さんは、端正につくりこみ組み立てた、繊細で、同時に生き生きとした渾身の演奏。続くポーランドのMateusz Krzyżowskiさんは、1曲ごとの世界をその場で作り、パワーでインパクトをつくるという対照的な演奏でした。

 そしてさらに、「それ続きます普通?」となったのが、最終日最後の2人、イ・ヒョクさんとシャオユー・リウさん。曲目は、23人中たった2人しか選んでいない「《ドン・ジョヴァンニ》の〈お手をどうぞ〉の主題による変奏曲」Op.2。

 超絶技巧作品大好き人間のヒョクさんは、みずみずしい音でピタリと音をはめつつ、ライヴ感のある演奏。シャオユーさんのほうは、マズルカ同様、大胆に、音楽の流れを大切にした演奏。両者とも、とても楽しそうに弾いていました。
 これは、ショパンが若き日、ウィーン・デビューコンサートで演奏して絶賛され、さらにこの曲を知ったシューマンが「諸君、脱帽したまえ! 天才だ」と書いたことでも知られている作品ですね。そんな天才のはじまりの曲で、このコンクールのソロのステージの幕が閉じられたというのは、味わい深い。

 10月17日はショパンの命日ということで、コンクールはお休み。 そして、10月18日から3日間にわたり、いよいよファイナルが行われます。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/