高坂はる香のワルシャワ現地レポート♪5♪
続・1次予選振り返り

取材・文&写真:高坂はる香

 先に1次予選の総括のようなものをまとめましたが、おまけとして、演奏のあとのタイミングでお話を聞くことのできたごく一部のコンテスタントたちの様子をご紹介したいと思います。

Sohgo Sawada

 まず、初日に演奏した沢田蒼梧さん。
 自分のやりたい音楽をしっかり主張する演奏でした。ピアニストであり、医学部5年生という、異色のバックグラウンドでも注目されています。8月の終わりから学校も再開し、さらにコンクール前の演奏会も重なって、ここに来る前はかなり忙しい日々を送っていたとか。医学とピアノを志すことの根底には、「人の心を動かすことができる」ことへのやりがいがあるといいます。
「音楽で心を癒すということ、治療で体はもちろん心も治すということ。これが自分の生きる道なのかなと感じています」
お写真とかで見る雰囲気から、すごく真面目で物静かなのかな?と思っていたのですが、なんかちょっとおもしろい感じです。

Kyohei Sorita

 日本では大人気ピアニストとして演奏活動を行なっている反田恭平さん。
 最近はオーケストラや会社の設立という、演奏だけでない音楽業界全体のための活動にも力を入れています。すでに評価されているなかでのコンクールへの挑戦。そのうえワルシャワ留学での師匠、パレチニ先生が審査員席に座っているということで、プレッシャーは半端でないと思いますが、「体が何かのストレスに反応していて、首のしまった服が着られない」とかで、ちょっと想像を超える何かを背負ってこの舞台に立っているらしいことがわかりました。
 そのわりには、舞台にはスタタタと駆け下りて出てくるし、余裕な感じだったのは、「メンタルは良好、頭もクリア」だったからだそう。体だけ、ついてこなかったらしい。 今回の舞台、エチュードから始めることも考えたけれど、和声感が重要なノクターンで始め、「弾きながら、ピアノ、ホールの感触を確かめて、この先どうしていくかを頭の中で整理していた」そうです!

Junichi Ito

 4日目の最後に演奏した、伊藤順一さん。
 舞台に出て行くあの階段を登っていくなか、「いろんな方から演奏前に励ましの言葉をいただいていたので、あとは自分の大切なものを楽しもうと思ったら、緊張がパッとなくなって、嬉しくなった」と話していました。 がんばって練習しすぎて腕が疲れていて…なんて話していましたが、地に足のついた、というか、あたたかく美しく歌う演奏を聴かせてくれました。次のステージで聴けないことが残念です。

Asaki Iwai

 最終日の朝一番で演奏した、岩井亜咲さん。
 「会場やYouTubeで他の方の演奏は少し観ていたので、流れはわかっていたんですが、拍手がすぐはじまって、気持ちを整える前に“プリーズ!”と言われて。鼓動が早くなってしまいながら、ゆっくり階段を登っていきました。転んだりしても嫌だし…」とのこと。そういえば、拍手していてもなかなか出てこない人けっこういるけど、みんなそういう理由なのかも。走って降りてくる方とかいらっしゃるけど本当にすごい、と言っていました。
 そういう意味ではやっぱり、めちゃくちゃ緊張しているのに走って出てきた反田さんって、どういうメンタルなんでしょうね? 岩井さん、「この舞台に立てただけでも本当に自分が成長できたと思う」と話していました。次のステージに進めなかったことは残念ですが、多くのことを持ち帰るのでしょうね!

Chao Wang

 そして、最終日の最後に演奏することになった、中国のChao Wangさん。
 アルファベット順ではもっと前の日程のはずでしたが、中国でコンサートがあったため、最終日にまわしてもらったとのこと。そのためピアノは触ることなくヤマハを選び(普段から練習のピアノがヤマハのCF3なのだそうです)、1次予選で舞台に立って初めて、あのピアノに触れたとのこと!
 最後にエチュードのOp.10-1を弾くという曲順、おもしろいなと思った方も多いのではないでしょうか。それには、バラード1番は最後に弾くのに合わないと思ったということに加えて、開幕前に公開されたショパン・コンクールのスポット映像が影響しているそうです。
「あの映像、とても感動的で、Op.10-1がコンセプトだったじゃないですか。それで、この曲で1次を終えるのはいいんじゃないかって思って、曲順を変えたんです」
 1年の延期を経て集まった87名のコンテスタントの演奏の最後がこれで閉じられたというのは、なかなか感慨深いものがありました。 ありがとう、Wangさん。次のステージに進めなかったことが残念です。彼は、国際コンクールへの挑戦は今回が最後になるだろうとおっしゃっていました。

 結果のリストを見ると、もっと聴きたかったけれど、惜しくも選に漏れてしまったピアニストもたくさんいます。受け取り方はそれぞれだと思いますが、せめて、この舞台の経験が良きものとして残ったらいいなと思います。 そして、この短い時間の演奏でも、「この人の音楽、なんだか好きだ!」と思うピアニストがいたら、みなさん、これからも応援しましょう!

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/