取材・文&写真:高坂はる香
当初の予定よりも5名多い45名のコンテスタントにより行われた、ショパン・コンクール2次予選。
体調不良のため最後にまわっていたポーランドのMarcin Wieczorekさんが、残念ながら棄権。カナダのBruce (Xiaoyu) Liuさんで44人の演奏が終わり、当初発表されていた22時よりも少し早く、3次予選に進むセミファイナリストの名前が発表されました。
コンテスタントの来場なしで行われる今回の結果発表ですが、1次よりも関係者の数は少なく、なんとなく閑散としていて、しかしそのことが逆にまた緊張感のある空気をつくっていたように思います。 セミファイナリストは20名の予定でしたが、アナウンスされたのは23名のコンテスタントです。
- Mr Piotr Alexewicz, Poland
- Ms Leonora Armellini, Italy
- Mr J J Jun Li Bui, Canada
- Ms Michelle Candotti, Italy
- Ms Yasuko Furumi, Japan
- Mr Alexander Gadjiev, Italy/Slovenia
- Ms Avery Gagliano, U.S.A.
- Mr Martin Garcia Garcia, Spain
- Ms Eva Gevorgyan, Russia/Armenia
- Mr Nikolay Khozyainov, Russia
- Ms Su Yeon Kim, South Korea
- Ms Aimi Kobayashi, Japan
- Mr Mateusz Krzyżowski, Poland
- Mr Jakub Kuszlik, Poland
- Mr Hyuk Lee, South Korea
- Mr Bruce (Xiaoyu) Liu, Canada
- Mr Szymon Nehring, Poland
- Mr Kamil Pacholec, Poland
- Mr Hao Rao, China
- Ms Miyu Shindo, Japan
- Mr Kyohei Sorita, Japan
- Mr Hayato Sumino, Japan
- Mr Andrzej Wierciński, Poland
結果については、驚くところもありました。
芸術には一つの答えがなく、それぞれの審査員の音楽の理解の違いがあり、だからこそ多様な音楽に認められるチャンスが広がるわけですが、その分、なにかのちょっとした具合で結果が変わってしまう。しかも本来なら不分明なはずの評価の差が、いわゆる「当落」というものでバッサリ切り分けられてしまうという。
コンクールにはいいところも問題もあるけれど、それは社会のほぼ全てのシステムについて言えることで、あとはそれを、当事者はもちろん、とりまく人がいかにそれぞれのためのプラスになるように受け止め、生かしていくか、ということなのでしょうね……難しいですが。
と、だいぶ漠然としたことを書きましたが、つまりこの2次予選でも、一聴衆としては、これまで知らなかった良いピアニストに出会うことができた、その記憶を大事にしていこうと思った、ということであります。
さて、そんな2次予選をざっくりと振り返ってみましょう。 課題曲はこのようなものでした。
(1)以下の作品から1曲
バラード第1番〜第4番、スケルツォ第1番〜第4番、舟歌、幻想曲、幻想ポロネーズ
(2)以下のワルツから1曲
Op.18 「華麗なる大円舞曲」、Op.34-1、Op.34-3、Op.42、Op.64-3
(3)以下のポロネーズから1曲
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
2つのポロネーズ Op.26(2曲とも演奏)
ポロネーズ第5番、ポロネーズ第6番「英雄ポロネーズ」
ほか、40分以内で別のショパンの作品を演奏してもよい。
中規模の詩的な作品、長調のワルツ、ポロネーズ、という「お題」となります。
このステージはプログラミングに比較的自由がきいたので、選曲自体からかなり個性が出ました。聴いていて、いかにもコンクールの課題を並べていますという感じのプログラミングもあれば、名曲メドレーみたいな雰囲気のプログラミングもあり。
しかしやっぱり関心が向くのは、短い時間ながらリサイタルのような流れのある、凝ったプログラミングです(これに関してはむしろ、1次のエチュードを含む、ごく短いステージでも感じられたことでしたが)。
まず、その曲目リストを見ただけで強いこだわりが感じられたのは、前回のファイナリスト、ゲオルギス・オソキンスさん(ラトビア)。演奏でも強いこだわり発しまくりですけれど。
– Polonaise-Fantasy in A flat major Op.61
– Polonaise in B flat major, Op.71 No.2
– Mazurka in C sharp minor Op.30 No.4
– Mazurka in C sharp minor Op.50 No.3
– Waltz in F major Op.34 No.3
– Polonaise in A flat major Op. 53
変イ長調の幻想ポロネーズで始め、変ロ長調のポロネーズ、そこからマズルカは別の作品番号のものから、嬰ハ短調の2曲をセレクト、その後ヘ長調のワルツを弾いて、再び変イ長調に戻りポロネーズOp.53でしめる。それも曲間をあまり開けずに弾いていくパートもあったりして、確かな意図が感じられました。
実際、オソキンスさん、こう話していました。
「ショパンはとても調性を気にした作曲家でしたから、とくに嬰ハ短調の曲なんかは、いくつかあつめてグループにすることが効果的だと思うんです。コンクールだからって、当然リサイタルと同じ感覚で曲を選びます。普段と違う“箱”に入ることなんて、僕にはできない。ほかのものにならなくてはいけないなんて、想像もできない!!」
オソキンスさんっぽーい。次のステージでもこの独特の音楽を聴きたかったですが、残念です。
同じ曲を何回も聴くことになりがちなコンクールという場面で、珍しい曲を入れていたのが台湾のカイ・ミン・チャンさん。
– Fantasy in F minor Op.49
– Etude in F minor from Trois Nouvelles Études No.1, Dbop.36A
– Etude in A flat major from Trois Nouvelles Études No.2, Dbop.36B
– Etude in D flat major from Trois Nouvelles Études No.3, Dbop.36C
– Waltz in F major Op.34 No.3
– Rondo in C minor, Op.1
– Polonaise in A flat major Op.53
課題の余白に、「3つの新しいエチュード」を入れました。24のエチュードと違って演奏される機会は少ないですが、やはり芸術性の高いエチュードで、耳元にフレッシュな風を吹かせてくれました。この選曲については、師匠で審査員でもあるダン・タイ・ソンさんからの提案で取り入れることにしたそうです。エレガントな音が印象的でしたが、そうしたことはすべて、やはりダン・タイ・ソンさんから学んだものだとおっしゃっていました。
次のステージへの進出がかなわず残念だったピアニストの一人。
2次から“大曲”の葬送ソナタを演奏したのは、韓国のイ・ヒョクさん。日本では2018年浜松国際ピアノコンクール入賞者としておなじみですが、ここポーランドでも、パデレフスキ国際コンクールに優勝しています。
– Scherzo in C sharp minor Op.39
– Waltz in A flat major Op.42
– Sonata in B flat minor Op.35
– Polonaise in A flat major Op.53
ソナタが大好きで、どうしても弾きたかったとのこと。大曲弾ききった感がすごすぎて、まだ英雄ポロネーズが残っているのに、お客さんつい拍手してしまうという事案発生。ヒョクさん「かなり動揺して、次のポロネーズの出だしをミスしちゃったー」と、元気に笑っていました。
そう、ヒョクさん、いつもなんだか楽しそうなのです。だからこそショパンの性格を理解することはとても大きな課題だったそうで、このパンデミックの間、ポーランド語を勉強して、できるだけポーランド語でショパンの書いた手紙を読んだり、ナショナルエディションを勉強したりして、「ショパンの魂を理解しようとした」と言っていました。
ちなみにヒョクさん、3次予選ではもちろんソナタの3番を演奏します。楽しみですね。
そして日本の小林愛実さん。
– Polonaise-Fantasy in A flat major Op.61
– Ballade in F major Op.38
– Waltz in A flat major Op.42
– Andante spianato and Grande Polonaise Brillante in E flat major Op.22
あえて晩年の幻想ポロネーズからスタートするという曲順。はじめから、もう時間をとってじっくりと聴かせていくぞという意思が伝わってくるというか、高い集中力で弾き進められる冒頭で、ぐぐっと音楽に引き込まれました。
「『アンダンテ・スピアナート』でスタートするなら楽しく始める感じでいいけれど、『幻想ポロネーズ』は後期作品だし、地獄に突き落とされたみたいな始まり方だから、その気持ちでゆっくりきれいに弾いていこうと思いました。フワッとは始められません」
と、小林さん。
ちなみに1次予選では椅子の高さ問題があって大変そうでしたが、今回はすんなりとスタート。事前に対策していたのかな?と思って聞いてみたら、「やっぱり一番上げても低かったんだけど、(1次と違って)技術的な曲がないから、もういいや!と思って」とのこと。
低かったけどがまんしたのね。3次では、椅子問題どうするのでしょう?? オソキンスさんみたいに、自分のを持ってこないと(彼はすごく低い椅子を持参しています)。
他にも、遺作のフーガや絶筆とされるマズルカOp.68-4を入れた、ショパンの苦しみに寄り添う超こだわりプログラムを披露したニコライ・ホジャイノフさん、ショパン20歳の頃の作品である「華麗なる変奏曲」Op.12 で超さわやかな香りを届け魅了した、ポーランドのアンドレイ・ヴィエルチンスキさんなど、ハッとする選曲が。
今回は演奏後にお話をうかがえた方を中心にご紹介しましたが、挙げていったらきりがなくなるほど、すばらしい瞬間、うっとりしたり涙がこぼれそうになったりする瞬間がたくさんありました。
1日の空き日を置いて、10月14日からいよいよセミファイナルです。
3次まで進めると、ここまで一生懸命準備してきたソロの作品は全部演奏できることになりますから、コンテスタントとしても、少しやりきれた感があって嬉しいのではないのでしょうか。 もちろん、コンチェルトまで披露できるのが一番ですけれど。
♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/