「ミューザはいつも“旅”を促してくれます」
取材・文:青澤隆明
ミューザに足を踏み入れ、「オハヨウゴザイマス!」とスタッフに言ったとたん、いつも決まってしあわせな気持ちになる——ジョナサン・ノットはそんなふうに言う。
2014年に東京交響楽団の音楽監督に就任して、数々の名舞台をともに積み重ねてきたノットだが、来シーズンが惜しまれる「LAST SEASON」。先頃シーズン・プログラムも発表されたが、長年の信頼を糧に挑戦と冒険の意欲がますます漲っている。12シーズンを積み重ねるレジデント・オーケストラのシェフに、ミューザヘの思いとこれまでの実りについて聞いた。
「東京交響楽団とは良い思い出ばかりですし、ありがたいことにレコーディングも重ねてきました。ミューザなくして、今日の東響はなかったでしょう。コミュニケーションにおける信頼関係は音楽づくりにもっとも重要なものですが、ミューザはそれを寛大に授けてくれます。
私たちがここで成し遂げてきたことを、非常に誇らしく思います。おそらくミューザの環境が“佳き土壌”となってのことです。ミューザは旅を促してくれると、私はいつも感じてきました。それはつまり、“ホーム”という精神的な基盤が第一にあり、さらに境界を破ることを奨励してくれる、ということなのではないでしょうか?」
—— 最初にミューザを訪れたとき、またここで指揮をしたときのことを、覚えていますか?
「音楽監督としてのシーズンが始まる前に、大震災から修繕中のミューザを見にきて、ホールの幾何学的なパターンにたちまち魅了されました。ステージに立つようになり、聴衆との親密さに心打たれました。
すべてが鮮明な記憶として残っています。いまでは、いつもコンサートにいらして微笑みかけてくれる聴き手のみなさんや、長年にわたり懸命に努力しながらも私とともに笑ってくれたオーケストラの面々の顔がそこに浮かびます。私自身とこの人生の一部が、ホールの壁の内側に滲み込んでいると感じます。それは、ほんとうに驚くべき授かりものです!」
—— 東響とはここで広大なレパートリーを探求されてきましたが、とくに手ごたえを覚えたコンサートとして感銘深いものをいくつか挙げていただけますか?
「いまから挙げるすべてが、指揮者とオーケストラ、ホールと聴衆を結ぶ道の異なる一歩をそれぞれに刻んでいます。あなたのお気に入りを選んでください!」
2016年4月23日 定期
シェーンベルク:ワルシャワの生き残り、ベルク:「ルル」組曲、ブラームス:ドイツ・レクイエム
2018年4月22日 名曲全集
ロッシーニ:《絹のはしご》序曲、ファゴット協奏曲、シューベルト:交響曲第6番
2019年10月5日、6日 ミューザ開館15周年記念公演
シェーンベルク:グレの歌
2021年5月27日 特別演奏会
ベルク:室内協奏曲、マーラー:交響曲第1番
2022年5月15日 名曲全集
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、デュサパン:WAVES(日本初演)、ブラームス:交響曲第3番、マーラー:花の章(アンコール)
—— コンサート形式のオペラ上演—モーツァルト、そしてリヒャルト・シュトラウスのトリロジーも重要ですね。
「私がコンサート・オペラを上演したいと思ったのには、作品の素晴らしさや演奏技術に関することのほかに、3つの理由があります——聴衆と歌手が距離的に近いこと、奏者のエネルギーを現前させること、そして目ではなくもっぱら耳のために設計された空間でオペラを聴くこと。ミューザの雰囲気、客席配置、音響、そしてホールに満ちるエネルギーの感覚は、このタイプのオペラ上演にとってまさに完璧です」
—— ミューザでの多様な冒険や探求を通じ、東響はどのように発展や進化をしてきたと思われますか?
「時間とは熱烈に直線的なものではなく、私たちは“生まれてから死ぬまで”という人間存在における見かけ上の因果関係を超越することができる——音楽というもの自体が、その望まれる“証し”の寓意なのです。ほんとうに自由に流れる音楽を演奏するには、奏者が互いを非常によく聴き合う必要があります。素晴らしいホールの音響はそのすべてを忠実に送り出す。すると、奏者は信頼感をもち、巨大なオーケストラの内で室内楽を演奏するという目標に達します。
また、オーケストラと指揮者がともに成長するためには、演奏中に別のエネルギーが働くことが必要です。それこそがホールの“魂”です。ホールのサポートがなければ、私たちは緊張から実験に乗り出せず、安全に、リスクを最小限に抑えてしまう。これでは真の音楽づくりはできません。
ミューザではそうしたことが可能です。私たちがこのギフトを活かし、演奏の力強さ、深さ、直接性でたえずみなさんを驚かせてきたと感じていただけたらと願っています」
—— あなたとの12年間で、東響の評価もますます高まるばかりのようです。
「私の仕事は、演奏家たちと最大にエキサイティングで、力強くコミュニケーションできる音楽をつくり出すことです。私は東響の奏者たちをとても誇りに思っています。そして、聴き手個々の内に起こる変化は、もしかしたらコンサートの最後の音の残響よりも長く続くかもしれません。私は、創造のプロセスに全身全霊を捧げるという仏教の考えかたが大好きです、そして最後にはこの身を“風に投げる”。東響での12年間を経て、私自身より豊かな人間になったと思います」
—— ミューザの開館20周年に際し、今後への期待を含めて、お言葉をいただけますか。
「ミューザは世界の主要なコンサートホールのひとつになりつつあります。コンサートのライブ配信がますます増えれば、ミューザの親密で特別な雰囲気が世界に示され、川崎という街自体が芸術全般、そして素晴らしい生の芸術に関連づけられるようになるはずです。私はミューザの第2の10年間に加われたことを非常に誇りに思いますし、ぜひとも第3の10年間を分かち合うべく、ひき続きお招きいただけることを願ってやみません!」
2024.11/10(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
プログラム
ラヴェル:スペイン狂詩曲
ジャレル:クラリネット協奏曲「Passages」(スイス・ロマンド管弦楽団/トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団/東京交響楽団/サンパウロ州立交響楽団による共同委嘱作品・日本初演)
デュリュフレ:レクイエム op.9
出演
ジョナサン・ノット(指揮) 東京交響楽団
マルティン・フレスト(クラリネット)
中島郁子(メゾソプラノ)
青山貴(バリトン)
東響コーラス
他公演
11/9(土)18:00 サントリーホール(TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511)
【出演者変更】
出演を予定していたクラリネットのマルティン・フレストは、医師の判断により来日できなくなりました。
代わりましてマグヌス・ホルマンデルが出演します。(10/31主催者発表)
2024.11/16(土)11:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
プログラム
ハイドン:チェロ協奏曲 第1番 ハ長調
モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」
出演
ジョナサン・ノット(指揮) 東京交響楽団
伊藤文嗣(東京交響楽団 ソロ首席チェロ奏者)
務川慧悟(ピアノ)
他公演
11/15(金) 東京オペラシティコンサートホール(TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511)
2024.12/15(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール(完売)
曲⽬
R.シュトラウス:《ばらの騎士》
(演奏会形式/全3幕/ドイツ語上演/日本語字幕付)
出演
ジョナサン・ノット(指揮) 東京交響楽団
サー・トーマス・アレン(演出監修)
元帥夫人:ミア・パーション
オクタヴィアン:カトリオーナ・モリソン
ゾフィー:エルザ・ブノワ
オックス男爵:アルベルト・ペーゼンドルファー
ファーニナル:マルクス・アイヒェ
マリアンネ/帽子屋:渡邊仁美(ソプラノ)
ヴァルツァッキ:澤武紀行(テノール)
アンニーナノ:中島郁子(メゾソプラノ)
警部/公証人:河野鉄平(バス)
元帥夫人家執事/料理屋の主人:髙梨英次郎(テノール)
テノール歌手:村上公太(テノール)
動物売り/ファーニナル家執事:下村将太(テノール)
二期会合唱団
他公演
12/13(金) サントリーホール(TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511)
【Profile】
ジョナサン・ノット/Jonathan Nott
イギリス生まれ。2014年度より東京交響楽団第3代音楽監督。ルツェルン響首席指揮者兼ルツェルン劇場音楽監督、EIC音楽監督、バンベルク響首席指揮者を経て、2017年よりスイス・ロマンド管音楽監督を務める。抜群のプログラミングセンスと幅広いレパートリーで、世界の主要オーケストラ・音楽祭に客演。2009年バイエルン文化賞受賞。東京交響楽団とともに、2020年ミュージック・ペンクラブ音楽賞(オペラ・オーケストラ部門)、2022年毎日クラシックナビ「公演ベスト10」第1位、2023年音楽の友誌「コンサート・ベストテン」第1位に選出された。
ミューザ川崎シンフォニーホール
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/muza20th/