ヨハン・シュトラウスⅡ世からショスタコーヴィチまで――5つの記念年が大爆発!
文:沼野雄司
クラシック音楽界は「記念年」が好きだ。生誕×年、没後〇年、というのをこれだけ毎年騒ぎ立てる芸術ジャンルも他にないだろう。しかしこれにはちゃんと理由がある。「演奏」という行為を軸におくクラシックの場合、過去をさまざまなかたちで吟味しながら、その一定の部分を常によみがえらせ、全体の活性化をはかることが何よりも肝要なのだ。記念年は、音楽史をたえずリニューアルするための大きなきっかけとして、どうしても必要なものなのである。
さて、今年の東京・春・音楽祭では5つの記念年が交錯する。以下に見ていきたい。
《こうもり》からリミックス(!)まで
今年はワルツ王ヨハン・シュトラウスⅡ世(1825~99)の生誕200年。マラソン・コンサートでは「ワルツ王と黄昏のウィーン」と題して、昼の13時から夜の20時半まで、3公演にわたり延々と彼のワルツやポルカが演奏される(4/13)! 面白いのか、はたまた退屈してしまうのか予想がつかないが、ピアノ(佐藤卓史、三浦謙司、山縣美季 他)、チター(常石さやか)、歌(吉田珠代)などを交えたこの演奏会で、聴き手は在りし日のウィーンの栄光と悲惨を共に体験することだろう。

下段左より:常石さやか、吉田珠代
そしてジョナサン・ノットと東京交響楽団による《こうもり》(演奏会形式)も楽しみ(4/18,4/20)。ポピュラー音楽のベスト盤のような密度でキャッチーなメロディが次から次へと彩ってゆく様子は、奇跡としか言いようがない。

シュトラウスの演奏会はもう一つ、変わり種もある。クラングフォルム・ウィーンによる一夜(3/28)。あれ? クラングフォルムというのは現代音楽の集団では…と思いきや、ここでは作曲家・オルガニストであるヴォルフガング・ミッテラーのディレクションで、シュトラウスのワルツを「グレイト・ヒッツ/リミックス」という形で生まれ変わらせるという(U-25チケットを買った方は、公演リハーサルに参加可能とのこと)。詳細は不明ながらも、なんだか面白そうなのだ。

ベスト・ヒットという意味では、没後150年を迎えるジョルジュ・ビゼー(1838~75)を取りあげるディスカヴァリー・シリーズも贅沢だ(4/6)。なにしろ《アルルの女》《美しいパースの娘》《真珠とり》《カルメン》という、四大代表作からの抜粋。上野星矢のフルートに、山下牧子、山本耕平、ヴィタリ・ユシュマノフといった実力派の歌手が並んでいるのは心強いし、モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》のビゼーのピアノ編曲がさりげなく入っているあたりも気が利いている(ピアノ:岡田奏、山岸茂人)。

下段左より:ヴィタリ・ユシュマノフ ©Masaaki Hiraga、岡田奏 ©Makoto Kamiya、山岸茂人
二大巨頭の「現代音楽」
さて、現代音楽ファンならば、2025年といえばピエール・ブーレーズ(1925~2016)とルチアーノ・ベリオ(1925~2003)の生誕100年だと、すぐに思い当たる(余談ながら筆者が最初に出した本は『リゲティ、ベリオ、ブーレーズ』(音楽之友社)。この機に再発売してくれないものか…)。
まずはフランスの超精鋭軍団、アンサンブル・アンテルコンタンポランによる二夜。さて、指揮者は誰だろう、とチラシをたどってギョっとした人が多数いたはず。ピエール・ブルーズとある。え、あの御大がついに蘇ったのかと慌ててしまうのだが、ブーレーズではなく「ブルーズ」。見た目も全然違う(当たり前だ)。彼は2023年からこの団体の音楽監督を務めているのだが、これは名前の恩恵もあるのでは…と邪推してしまう。

で、ブルーズの振るブーレーズだが、一夜目(4/9)は大ホール。ブーレーズの「カミングスは詩人である」と「シュル・アンシーズ」というラインナップ(他にジャレル作品)。特に合唱を用いた前者は、ブーレーズ作品のなかでも、もっともチャーミングな楽曲だ。二夜目(4/10)は、小ホールに場所を移して、「二重の影の対話」や「アンテーム2」といったエレクトロニクスを活かした作品(もちろんこちらは指揮者なし)。

もうひとつ、先のクラングフォルム・ウィーンによる一夜(3/26)は、20世紀の古典であるブーレーズ「ル・マルトー・サン・メートル」がメイン。現代音楽ファンならば、正座して聴くべし。
さて、ベリオ作品は同日の「フォーク・ソングス」1曲のみで、ちょっと残念なのだが、しかしこれは本当に名曲だ。ブーレーズ作品がモダニズムの金字塔とすれば、このベリオ作品は脱モダニズムの金字塔といってよい。実際の民謡と架空の民謡がごちゃごちゃに並べられて、次々に変化してゆく多彩な楽器編成のなかで扱われるのである。
最後の難関、ショスタコーヴィチ
ドミートリー・ショスタコーヴィチ(1906~75)がこの世を去って50年。長いような、短いような…。しかし「20世紀」の音楽を考えるうえで、この特異な作曲家の検討はどうしても必要だろう。
彼の残した作品群のなかでも、もっとも本質的、そしてもっとも晦渋なのが弦楽四重奏曲だろう。今年の東京・春・音楽祭にラインナップされているのはN響の弦楽器メンバーによる第4番、第13番、第10番(4/16)。実は、筆者にとっては、とりわけ第13番が難しい。どういう風に味わうべきなのか、まだよく分からないのだが、しかしとてつもない何かを秘めた音楽であることだけは分かる。この音楽史上の謎に、大宮臨太郎ら若いメンバーたちがどんな回答を与えてくれるのか、期待して待ちたい。

クラングフォルム・ウィーン II
J.シュトラウス2世 生誕200年に寄せて ライブ配信あり
2025.3/28(金)19:00 東京文化会館(小)
●出演
指揮:ティム・アンダーソン
クラングフォルム・ウィーン
●曲目
J.シュトラウス2世 ー great hits / a remix
W.ミッテラー:トリッチ・トラッチ(日本初演)
ヴォルフガング・ミッテラーによって生まれ変わる、J.シュトラウス2世のワルツやポルカ
[使用予定曲]
トリッチ・トラッチ・ポルカ、アンネン・ポルカ、仲良しのワルツ、ハンガリー万歳!、春の声、ウィーンの森の物語、皇帝円舞曲、クラップフェンの森で、芸術家の生活、浮気心、女性賛美、ペルシャ行進曲/他
●料金(税込)
¥8,000(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
東京春祭マラソン・コンサート vol.15
ワルツ王と黄昏のウィーン
J.シュトラウス2世 生誕200年に寄せて ライブ配信あり
2025.4/13(日) 東京文化会館(小)
企画構成/お話:小宮正安(ヨーロッパ文化史研究家/横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授)
第Ⅰ部 13:00
《取り壊し屋》——帝都の胎動と成長
●出演
ヴァイオリン:伊藤亮太郎、鍵冨弦太郎
ヴァイオリン/ヴィオラ:猶井悠樹
チェロ:奥泉貴圭
コントラバス:瀬泰幸
ピアノ:佐藤卓史、三浦謙司、山縣美季
●曲目
リスト:シューベルトのワルツ・カプリスによる「ウィーンの夜会」S.427より第7番
J.シュトラウス1世:ワルツ「喜びの挨拶」op.105、ラデツキー行進曲 op.228
J.シュトラウス2世:デビューのカドリーユ op.2、ポルカ「リゴーリ坊主のため息」op.57、ワルツ「蛾」op.157、取り壊しポルカ op.269
J.ドレクスラー:弦楽四重奏曲第1番 op.60より第1楽章
C.ガイガー:ラデツキー行進曲 op.14 No.1、イェラチッチ行進曲
第Ⅱ部 16:00
《雷鳴と稲妻の下で》——帝都の繁栄と動揺
●出演
ヴァイオリン:伊藤亮太郎
二期会合唱団
テノール:澤原行正、鹿野浩史、下村将太、山中志月
バス:岸本大、近藤圭、杉浦隆大、外崎広弥
ピアノ:佐藤卓史、三浦謙司、山縣美季、三澤志保
チター:常石さやか
●曲目
ブルックナー(マーラー編):交響曲第3番 WAB103より第3楽章
J.シュトラウス2世:ワルツ「ジャーナリスト」 op.321、美しく青きドナウ op.314、雷鳴と電光 op.324
J.シュトラウス(F.ワーグナー編):鍛冶屋のポルカ op.269
E.シュトラウス(F.ワーグナー編):セレナーデ op.71
J.G.ピーフケ:ケーニヒグレッツ行進曲
E.シュミット:美しく青きドナウ
第Ⅲ部 19:00
《抱かれよ数多の人々よ》——帝都の理想と憧憬
●出演
ソプラノ:吉田珠代
ピアノ:佐藤卓史、三浦謙司、山縣美季、三澤志保
●曲目
ブラームス:交響曲第3番 op.90より第3楽章
J.シュトラウス2世:ワルツ「レモンの花咲くところ」op.364、喜歌劇《こうもり》第2幕よりチャールダーシュ、もろびと手をとり op.443、バレエ音楽「シンデレラ」に基づく演奏会用パラフレーズ(A.グリュンフェルト編)
R.フックス(S.シュトッカー編):セレナーデ第5番 op.53より第4楽章
P.ファールバッハ1世:ポルカ・フランセーズ「ホテルにて」op.316a
J.ドレクスラー:兄弟よ お達者で
●料金(税込)
全席指定
3公演マラソン券 ¥9,000
各回券 ¥4,000
U-25(各回) ¥2,000
ネット席(各回) ¥1,500
《こうもり》(演奏会形式) ライブ配信あり
2025.4/18(金)、4/20(日)各日15:00 東京文化会館
●出演
指揮:ジョナサン・ノット
アイゼンシュタイン(バリトン):アドリアン・エレート
ロザリンデ(ソプラノ):ヴァレンティーナ・ナフォルニツァ
アデーレ(ソプラノ):ソフィア・フォミナ
ファルケ博士(バリトン):マルクス・アイヒェ
オルロフスキー公爵(メゾソプラノ):アンジェラ・ブラウアー
ブリント博士(テノール):升島唯博
フランク(バスバリトン):山下浩司
イーダ(メゾソプラノ):秋本悠希
管弦楽:東京交響楽団
合唱:東京オペラシンガーズ 他
●曲目
J.シュトラウス2世:喜歌劇《こうもり》(全3幕/ドイツ語上演・日本語字幕付)
●料金(税込)
S¥25,500 A¥21,500 B¥17,500 C¥14,000 D¥10,500 E¥7,500
U-25 ¥3,000
ネット席 ¥1,500
東京春祭ディスカヴァリー・シリーズ vol.11
ジョルジュ・ビゼー
没後150年に寄せて ライブ配信あり
2025.4/6(日)14:00 東京文化会館(小)
●出演
フルート:上野星矢
メゾソプラノ:山下牧子
テノール:山本耕平
バリトン:ヴィタリ・ユシュマノフ
ピアノ:岡田奏、山岸茂人
お話:落合美聡
●曲目
ビゼー:
組曲《アルルの女》第2組曲よりメヌエット
歌劇《美しいパースの娘》第2幕よりセレナード
歌劇《真珠とり》第1幕より「耳に残る君の歌声」、「聖なる神殿の奥深く」
歌劇《カルメン》
第1幕より前奏曲、「ハバネラ」、「セギディーリャ」
第2幕より「花の歌」、「ジプシーの歌」、「闘牛士の歌」
第3幕より間奏曲
モーツァルト(ビゼー編):歌劇《ドン・ジョヴァンニ》第2幕よりセレナード「窓辺においでよ」
●料金(税込)
¥3,500(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
クラングフォルム・ウィーン I
ブーレーズ&ベリオ生誕100年に寄せて ライブ配信あり
2025.3/26(水)19:00 東京文化会館(小)
●出演
指揮:ティム・アンダーソン
ソプラノ:サラ・マリア・サン
クラングフォルム・ウィーン
●曲目
P.マヌリ:東京のパッサカリア
ベリオ:フォーク・ソングス
ブーレーズ:
即興曲 – カルマス博士のための
ル・マルトー・サン・メートル
●料金(税込)
¥8,000(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
アンサンブル・アンテルコンタンポラン I
ブーレーズ 生誕100年に寄せて ライブ配信あり
2025.4/9(水)19:00 東京文化会館
●出演
指揮:ピエール・ブルーズ
管弦楽:アンサンブル・アンテルコンタンポラン
合唱:レ・メタボール
合唱指揮:レオ・ヴァリンスキ
●曲目
M.ジャレル:アソナンス IVb、新作(日本初演)
ブーレーズ:カミングスは詩人である、シュル・アンシーズ
●料金(税込)
¥8,000(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
アンサンブル・アンテルコンタンポラン Ⅱ
ブーレーズ 生誕100年に寄せて ライブ配信あり
2025.4/10(木)19:00 東京文化会館(小)
●出演
アンサンブル・アンテルコンタンポラン メンバー
ヴァイオリン:ジャンヌ=マリー・コンケ、カン・ヘスン、ディエゴ・トージ
クラリネット:マーティン・アダメク
ピアノ:永野英樹、ディミトリ・ヴァシラキス
IRCAM
エレクトロニクス:オーガスティン・ミュラー
サウンドディフュージョン:ジェレミー・アンリオ
●曲目
ブーレーズ:
二重の影の対話 (クラリネット:マーティン・アダメク、IRCAM)
12のノタシオン (ピアノ:永野英樹)
アンシーズ (ピアノ:ディミトリ・ヴァシラキス)
アンテーム 2 (ヴァイオリン:ジャンヌ=マリー・コンケ、カン・ヘスン、ディエゴ・トージ、IRCAM)
●料金(税込)
¥6,500(全席指定)
U-25 ¥2,000
ネット席 ¥1,500
ミュージアム・コンサート
N響メンバーによる室内楽
ショスタコーヴィチ没後50年に寄せて ライブ配信あり
2025.4/16(水)19:00 国立科学博物館 日本館2階講堂
●出演
ヴァイオリン:大宮臨太郎、村尾隆人
ヴィオラ:坂口弦太郎
チェロ:山内俊輔
●曲目
ショスタコーヴィチ:
弦楽四重奏曲 第4番 二長調 op.83
弦楽四重奏曲 第13番 変ロ短調 op.138
弦楽四重奏曲 第10番 変イ長調 op.118
●料金(税込)
¥4,500(全席自由)
ネット席 ¥1,500
【来場チケットご購入はこちら】
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●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)
●チケットぴあ(web)
【お問い合わせ】
東京・春・音楽祭サポートデスク050-3496-0202
営業時間:月・水・金、チケット発売日(10:00~15:00)
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