最後の日まで信じる道を突き進む
文:柴田克彦
2024年末での指揮活動の引退を発表して以来、井上道義は一期一会的な公演を続けている。彼は集中力漲る渾身のタクトで音楽に臨み、オーケストラは去りゆく共演に緊張感を漂わせながら全力で応える・・・・・・いわばそういった演奏だ。だが大事なのは、それらが“忘我の熱演”ではないこと。熱い思いがたぎる感情優先の音楽ではなく、作品の構築を重んじた精緻な演奏が真摯に展開されている。例えば2023年11月の読売日本交響楽団とのマーラー「復活」がそうだった。感情没入型の熱演になりがちなこの曲を、井上は的確かつ丁寧に描き、聴く者にナチュラルな感動をもたらした。すなわち“忘我”ではなく“無私”“無我”と呼ぶべき境地・・・・・・。だからこそ今の井上の音楽を聴く甲斐がある。
さて、ラストイヤーの2024年は、現在発表されているコンサートだけでも見逃せない公演が目白押しだ。
最初に挙げるべきはショスタコーヴィチの交響曲だろう。井上といえば“ショスタコーヴィチの伝道師”。ツボを抑えた緊密で凄み漂う演奏は、世界屈指と言っても過言ではない。引退発表後各地で披露しているが、24年はとりわけ注目の公演が多い。
まずは、近年相性抜群のNHK交響楽団と、縁の深い大阪フィルハーモニー交響楽団の2月定期で聴かせる交響曲第13番「バビ・ヤール」に目が行く。この曲は、第二次大戦下のウクライナで起きた、ナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺をテーマにした濃密な傑作。現況における上演意義が大きい上に、声楽付きの本作は井上自身も含めて生演奏の機会が少ないので、東西の横綱級楽団を指揮する今回は絶対に聴き逃せない。
次いで5月には、井上が日本デビューを果たした日本フィルハーモニー交響楽団との最後の共演で、チェロ協奏曲第2番と交響曲第10番を指揮する。これまた生演奏が少ないチェロ協奏曲第2番を、俊英・佐藤晴真のソロとともに味わえるのは貴重だし、ショスタコーヴィチの同分野の最高峰に位置付ける人も多い謎多き名作・交響曲第10番を、伝道師・井上の指揮で体験できるのは嬉しい限りだ。
同じく5月には、東京都交響楽団との最後の共演で交響曲第6番を取り上げる。序破急の形と最後の明るさが不思議な第6番を、今の井上がいかに表現するか? やはり明朗なベートーヴェン「田園」との6番カップリングを含めて興味津々だ。
6月の京都市交響楽団とのチェロ協奏曲第1、2番、交響曲第2番「十月革命」というプログラムも面白い。協奏曲のソロはロシア出身の名手アレクサンドル・クニャーゼフゆえに極め付きの演奏を味わう好機であり、合唱付きの奇怪な交響曲第2番(レパートリーとする指揮者は少ない)を生体験するまたとないチャンスでもある。
そして11月、やはり最後の共演となる新日本フィルハーモニー交響楽団との交響曲第7番「レニングラード」で締めくくる。同曲は、1941年に戦火のレニングラードで反戦と愛国心を込めて作曲された歴史的大作。壮大に展開され熱く高揚するこの曲は、道義=ショスタコーヴィチの(おそらく)最後を飾るに相応しく、その到達点をじっくりと堪能したい。
また6月には、服部百音&N響とヴァイオリン協奏曲第1、2番を聴かせる公演もある。これも当然要注目だ。
他では、井上が力を注いできたブルックナーと邦人作品に熱視線が注がれる。前者は、3月に名古屋フィルハーモニー交響楽団との最後の共演で交響曲第5番を演奏する。井上のブルックナーは、まさしく“無私”の境地で表出される荘厳な音楽。これらもぜひ体験しておきたい。後者は、2月にオーケストラ・アンサンブル金沢、5月に札幌交響楽団との最後の共演で武満徹、7月に神奈川フィルハーモニー管弦楽団との最後の共演で伊福部昭の作品を披露。いずれも両作曲家の音楽に精彩を与えてきた井上の終着点となる。
視点を変えれば、シェフを歴任した楽団との共演への期待も大きい。これらは(意識の有無にかかわらず)独特の感慨に包まれること必至。その意味で、新日本フィル(3月、11月)、京響(6月)、アンサンブル金沢(2月)の各公演は見落とせないし、最後にシェフを務めた大阪フィルが行うシリーズ「井上道義 ザ・ファイナル・カウントダウン」では、様々なレパートリーの集大成を満喫できる。
中でも強調したいのが、3月新日本フィルとのマーラーの交響曲第3番。新日本フィルは井上が日本で最初にシェフとなった楽団であり、1999~2000年にはマーラー交響曲全曲演奏会で記念碑的な成果を収めているので、入魂の名演の予感が濃く漂う。
さらに秋には、これまで《フィガロの結婚》《ドン・ジョヴァンニ》で快演を展開した「全国共同制作オペラ」で、プッチーニの《ラ・ボエーム》を上演する。全国7都市で指揮する本プロジェクトも、雄弁かつ清新なオペラ演奏で魅せてきた井上が有終の美を飾る重要な1コマとなる。
どれも聴いておきたい公演ばかり。井上のファイナルを追うだけで、充実した1年が過ごせること間違いなしだ。
《井上道義 2024年公演スケジュール》(2024.7/5現在)
2024.2/3(土)18:00、2/4(日)14:00 NHKホール
指揮:井上道義
バス:アレクセイ・ティホミーロフ*
男声合唱:オルフェイ・ドレンガル男声合唱団*
ヨハン・シュトラウスII世:ポルカ「クラップフェンの森で」作品336
ショスタコーヴィチ:舞台管弦楽のための組曲第1番—「行進曲」「リリック・ワルツ」「小さなポルカ」「ワルツ第2番」
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 変ロ短調 作品113 「バビ・ヤール」*
2024.2/9(金)19:00、2/10(土)15:00 大阪/フェスティバルホール
指揮:井上道義
バス:アレクセイ・ティホミーロフ
合唱:オルフェイ・ドレンガー
J.シュトラウスⅡ世:ポルカ「クラップフェンの森で」
ショスタコーヴィチ:ステージ・オーケストラのための組曲(ジャズ組曲第2番)(抜粋)
ショスタコーヴィチ:交響曲第13番 変ロ短調 作品113「バビ・ヤール」
2024.2/18(日)14:00 石川県立音楽堂 コンサートホール
指揮:井上道義(OEK桂冠指揮者)
チェロ:ルドヴィート・カンタ*
ハイドン:交響曲第100番 ト長調 Hob.Ⅰ-100「軍隊」
武満徹:弦楽のためのレクイエム
武満徹:3つの映画音楽
グルダ:チェロ協奏曲*
2024.3/2(土)16:00 豊田市コンサートホール
指揮:井上道義
管弦楽:豊田市ジュニアオーケストラ(合同演奏)*
【サイド・バイ・サイド】
モーツァルト:歌劇《ドン・ジョヴァンニ》序曲*
ブルックナー:交響曲第5番 変ロ長調
2024.3/9(土)15:00 すみだトリフォニーホール
指揮:井上道義
メゾソプラノ:林眞暎
合唱:栗友会合唱団(女声)
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団、フレーベル少年合唱団
マーラー:交響曲第3番 ニ短調
~道義×小曽根×大阪フィル ショスタコーヴィチ&チャイコフスキー~
2024.3/28(木)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
*2023年7月の延期公演
指揮:井上道義
ピアノ:小曽根真*
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
チャイコフスキー:歌劇《エフゲニー・オネーギン》より〈ポロネーズ〉
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第2番 ヘ長調 op.102 *
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 op.36
2024.3/31(日)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:井上道義
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「天体の音楽」
J.S.バッハ(齋藤秀雄編):シャコンヌ(無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番より)
ベートーヴェン:交響曲第5番 ハ短調 op.67「運命」
~道義×絶品フレンチと和のコラボ×大阪フィル~
2024.4/6(土)14:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
指揮:井上道義
オルガン:石丸由佳 ☆
太鼓:林英哲 ★
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
サン=サーンス:糸杉と月桂樹 op.156より「月桂樹」 ☆
新実徳英:和太鼓とオルガンとオーケストラのための「風神・雷神」 ★☆
サン=サーンス:交響曲第3番 ハ短調 op.78 「オルガン付」 ☆
2024.4/20(土)19:00、4/21(日)15:00 山形テルサ
指揮:井上道義
グラスハープ:大橋エリ*
モーツァルト:交響曲第25番 ト短調 K.183
モーツァルト:グラス・ハーモニカのためのアダージョとロンド K.617 *
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
2024.5/5(日・祝)18:30 東京国際フォーラム ホールA
2024.5/5(日・祝)21:00 東京国際フォーラム ホールA
《18:30公演》
指揮:井上道義
トランペット:児玉隼人
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
クラーク:トランペット・ヴォランタリー
アーバン:ヴェニスの謝肉祭による変奏曲
レスピーギ:交響詩「ローマの祭り」
《21:00公演》ファイナルコンサート
指揮:井上道義
ヴァイオリン:山根一仁
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
伊福部昭:ヴァイオリンと管弦楽のための協奏狂詩曲
伊福部昭:シンフォニア・タプカーラ
第143回さいたま定期演奏会 2024.5/17(金)19:00 ソニックシティ
第397回横浜定期演奏会 2024.5/18(土)17:00 横浜みなとみらいホール
指揮:井上道義
チェロ:佐藤晴真*
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番 ト短調 op.126*
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 ホ短調 op.93
2024.5/25(土)17:00、5/26(日)13:00 札幌コンサートホール Kitara
指揮:井上道義
ピアノ: 北村朋幹*
武満徹:地平線のドーリア —17の弦楽器奏者のための
武満徹:アステリズム —ピアノとオーケストラのための *〈札響初演〉
クセナキス:ノモス・ガンマ 〈札響初演〉
ラヴェル:ボレロ
2024.5/30(木)19:00 東京文化会館
指揮:井上道義
ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 op.68「田園」
ショスタコーヴィチ:交響曲第6番 ロ短調 op.54
井上道義 ザ・ファイナル PARTⅡ みちよし先生の世界漫遊記
2024.6/15(土)14:00 すみだトリフォニーホール
指揮・お話:井上道義
チャイコフスキー:バレエ音楽「眠れる森の美女」よりワルツ
ワーグナー:歌劇《ローエングリン》第一幕への前奏曲
バルトーク:ルーマニア民族舞曲(弦楽合奏版)
マスネ:タイスの瞑想曲 *ヴァイオリン:西江辰郎(NJPコンサートマスター)
マスカーニ:《カヴァレリア・ルスティカーナ》より間奏曲(オルガン付)
マルケス:ダンソン・ヌメロ・ドス(Danzón No. 2)
コープランド:クワイエット・シティ
*イングリッシュホルン:森明子(NJPオーボエ&イングリッシュホルン奏者) 、トランペット:山川永太郎(NJP首席トランペット奏者)
井上道義:ミュージカルオペラ『降福からの道』二幕より「降伏は幸福だ」
エルガー:威風堂々(オルガン付)
2024.6/21(金)19:30 京都コンサートホール 《フライデー・ナイト・スペシャル》
2024.6/22(土)14:30 京都コンサートホール
●オーケストラ福山定期 京都市交響楽団
2024.6/23(日)16:00 ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ
指揮:井上道義
チェロ:アレクサンドル・クニャーゼフ *
合唱:京響コーラス **
6/21(金)
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107 *
ショスタコーヴィチ:交響曲第2番 ロ長調 作品14 「十月革命」 **
6/22(土)、6/23(日)
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107 *
ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲第2番 ト長調 作品126 *
ショスタコーヴィチ:交響曲第2番 ロ長調 作品14 「十月革命」 **
2024.6/29(土)16:00 サントリーホール
2024.6/30(日)16:00 大阪/フェスティバルホール
指揮:井上道義
管弦楽:NHK交響楽団
ヴァイオリン:服部百音
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第1番 イ短調 op.77
ロッシーニ:歌劇《ブルスキーノ氏》序曲
ショスタコーヴィチ:ヴァイオリン協奏曲第2番 嬰ハ短調 op.129
~道義×大ブルックナー特別展×大阪フィル~〈ブルックナー生誕200年記念〉
2024.7/7(日)14:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
指揮:井上道義
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
モーツァルト:交響曲 第25番 ト短調 K.183
ブルックナー:交響曲 第7番 ホ長調(ノヴァーク版)
2024.7/20(土)14:00 横浜みなとみらいホール
指揮:井上道義
女声合唱:東京混声合唱団*
ピアノ:松田華音**
シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
ドビュッシー:夜想曲 *
伊福部昭:ピアノとオーケストラのためのリトミカオスティナータ **
伊福部昭:日本狂詩曲
新日本フィルハーモニー交響楽団
2024.8/2(金)15:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット(変更後)
※井上道義(指揮)は、左急性腎盂腎炎により約1ヶ月間治療に専念すべきとの医師の診断を受けたため、やむを得ず降板することとなりました。つきましては、本公演では指揮をジョナサン・ノット(東京交響楽団音楽監督)に変更して開催いたします。曲目の変更はございません(7/29主催者発表)。
マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
※冒頭に予定していたトークは行いません。
2024.9/21(土)、9/23(月・休)各日14:00 東京芸術劇場コンサートホール
9/29(日)14:00 宮城/名取市文化会館
10/6(日)14:00 ロームシアター京都 メインホール
10/12(土)14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
10/19(土)14:00 熊本県立劇場 演劇ホール
10/26(土)14:00 金沢歌劇座
11/2(土)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:井上道義
演出・振付・美術・衣裳:森山開次
出演
ミミ:ルザン・マンタシャン(東京・名取・京都)、髙橋絵理(兵庫・熊本・金沢・川崎)
ロドルフォ:工藤和真
ムゼッタ:中川郁文(東京、名取、京都)、イローナ・レヴォルスカヤ(兵庫、熊本、金沢、川崎)
マルチェッロ:池内響
コッリーネ:スタニスラフ・ヴォロビョフ(東京、名取、京都)、杉尾真吾(兵庫、熊本、金沢、川崎)
ショナール:高橋洋介(東京、名取、京都)、ヴィタリ・ユシュマノフ(兵庫、熊本、金沢、川崎)
ベノア:晴雅彦
アルチンドロ:仲田尋一
パルピニョール:谷口耕平
ダンサー:梶田留以、水島晃太郎、南 帆乃佳、小川莉伯
他
管弦楽
読売日本交響楽団(東京)
仙台フィルハーモニー管弦楽団(名取)
京都市交響楽団(京都)
兵庫芸術文化センター管弦楽団(兵庫)
九州交響楽団(熊本)
オーケストラ・アンサンブル金沢(金沢)
東京交響楽団(川崎)
2024.11/9(土)14 : 00 石川県立音楽堂 コンサートホール
指揮:井上道義
ソプラノ:ナデージダ・パヴロヴァ
バス:アレクセイ・ティホミーロフ
西村朗:鳥のヘテロフォニー(1993年度OEK委嘱作品)
ショスタコーヴィチ:交響曲 第14番 作品135
〈トリフォニーホール・シリーズ〉2024.11/16(土)14:00 すみだトリフォニーホール
〈サントリーホール・シリーズ〉 2024.11/18(月)19:00 サントリーホール
指揮:井上道義
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ハ長調 op. 60 「レニングラード」
《最後の共演》京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクトVol.5
「井上道義×ブルックナー交響曲第8番」
2024.11/23(土・祝)15:00 京都コンサートホール
指揮:井上道義
管弦楽:京都市交響楽団
ブルックナー:交響曲第8番 ハ短調(ノヴァーク版)
*マエストロ井上道義によるスペシャルトークイベント開催(定員:30名)
11月22日(金)19:00~ 1Fカフェコンチェルトにて(聞き手:通崎睦美、11月23日の本公演チケット購入者限定(要申込)、¥無料(要1ドリンク))
~道義のベートーヴェン! 究極の「田園」「運命」×大阪フィル~
ありがとう道義!そして永遠に!
2024.11/30(土)14:00 ザ・シンフォニーホール
指揮:井上道義
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
ベートーヴェン:交響曲 第6番 ヘ長調 「田園」 op.68
ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 「運命」 op.67
2024.12/30(月)15:00 サントリホール
指揮:井上道義
管弦楽:読売日本交響楽団
メンデルスゾーン:序曲「フィンガルの洞窟」 作品26
ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」
シベリウス:交響曲第7番 ハ長調 作品105
ショスタコーヴィチ:祝典序曲 作品96