INTERVIEW 大植英次(指揮)~マーラーの5番がもつ愛と平和のメッセージをウィーンと名古屋フィルのメンバーとともに描く

 国際的に活躍する指揮者・大植英次は、ウィーン・フィルやウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーを主体とした「トヨタ・マスター・プレイヤーズ, ウィーン」の公演で、名古屋フィルとの合同演奏によるマーラーの交響曲第5番を指揮する。その公演に向けて、マエストロに話を聞いた。

©飯島隆

 大植は、2017年にリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」、18年にマーラーの交響曲第1番「巨人」と、過去の当公演で2度指揮し、感触も上々だったという。

 「ウィーンのメンバーの集中力が非常に高く、一生懸命取り組んでくださったので、とてもいい演奏ができました。芸術監督でコンサートマスターのフォルクハルト・シュトイデさん(ウィーン・フィルのコンサートマスター)も大変喜んでくれましたし、アンコールで演奏したJ.シュトラウスⅡ世のワルツ『春の声』を最初に通した時には、『これはウィーン・フィルでは誰が振っても1回で通ることがない曲。1回で通ったのは初めてです』と感心してくださいました」

 ウィーンの奏者には唯一無二の音楽性がある。

 「彼らは爽やかで煌びやかでエレガント。音楽を本当に美しく表現したいという思いを感じます。例えて言えば、ベルリン・フィルは怒涛の如く押し寄せてくるライン川やエルベ川で、ウィーン・フィルは静かで綺麗なドナウ川。ウィーン楽友協会のホールがよく響くこともあって、音色で勝負している印象があります」

2017年の公演よりフォルクハルト・シュトイデ(中央左)と大植英次(右) 
写真提供:トヨタ自動車株式会社 ©Eriko Inoue

 コンサートマスターのシュトイデへの信頼も厚い。

 「彼は素晴らしいリーダーです。皆に気を遣いながらリードしていくコンサートマスターの手本のような方。室内楽やソロもされていますし、『音楽をしたい』『オーケストラと一緒に演奏したい』という意欲があって、アンサンブルや音楽の流れを整えてくれる奏者です。例えばマーラーは“大きな室内楽”だと思っていますが、そうした繊細で細かなディテールが聞こえてくる上に、ドラマ性のある音楽を導いてくれる方ですね」

 今回の演目は、マーラーの中でもポピュラーな交響曲第5番だ。

 「以前の1番が凄く良かったので、今回もマーラーでいきたいとの思いがありましたし、まとまりのある5番はちょうど良いと思いました。それにウィーンの方々からも『マーラーを』との希望があったとのこと。これは指揮者冥利に尽きますね。

 交響曲第5番は、実は基調がニ長調。ところが第1楽章は半音低い嬰ハ(短調)で、第2楽章はイ短調。そこにはドラマや嵐があります。第3楽章のスケルツォは自然の美しさの表現。アルペンホルンやウィンナ・ワルツが登場して、ウィーンあるいはオーストリアの自然が表され、牧歌的で楽しい雰囲気があります。第4楽章は、『アダージェット』(アダージョより少し速く)と名付けられていながら、ドイツ語では『物凄く遅く』と書かれていて、指示が違う。つまり、人間や自然の美しさを味わいながら、テンポは速くせずに1つ1つをゆっくり見て感じながら演奏してほしいという、マーラーの思いを反映した指示なのでしょう。これはそうした人間の感情と自然の美しさが融合した音楽。私が知る限り、弦楽器とハープだけで演奏する交響曲の楽章は他にありません。それほど特別な楽章です。

 そしてホルンの音とともに第5楽章の素晴らしい世界が始まります。平和で皆が愛し合い、自然の美しさがあり、最後は人間が求める差別のない世界に行き着く。こうして楽章ごとに異なるメッセージが発せられている聴き応えのある作品で、演奏家も楽章ごとの感情の変化を感じながら弾かないと味が出ない音楽です。よく演奏される曲ですが、細かいディティールを見ながら大きな流れを構成しないといけない。その双方が出せてこそ5楽章の交響曲が完結すると思います。

 練習ではディティールにこだわり、本番では霧が晴れて、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の冒頭の場面にも似た、自然の中で舞っているような音楽を生み出したいと思っています」

2018年公演より 
写真提供:トヨタ自動車株式会社 ©Koki-Nagahama

 また今回共演する名古屋フィルにも好感触を抱いている。

 「『いい演奏をしたい』という素晴らしいメンバーの集まりで、私は大好きです。団員が音を奏でながら“音楽”を、さらにはその上の“芸術”を作っているオーケストラだと思います」

 したがって、ウィーンの音楽家との共演にも期待を寄せる。

 「隣の奏者が普段と違うので張り合いもあるでしょうし、お互いの相乗効果で、ウィーンのオーケストラとも名古屋フィルだけの演奏とも違ったマーラーの5番を作れるのではないかと思っています。とにかく今回は一生に1回の演奏になりますよ」

 この曲で重要なトランペットとホルンのソロはウィーン・フィルの奏者が吹く予定とのこと。これも大きな楽しみだ。

 最後に今回の公演へ向けたメッセージを。

 「音楽の美しさ、音楽の喜び、音楽が発するメッセージ──それは平和であり、愛であり、神が創造した自然でもある──を表現したいと思っています。マーラーの交響曲第5番はいわば宇宙の音楽で、それらの全てが含まれています。ですから皆さんにもそれを感じてほしいですし、この曲を通じて世界の心がひとつになることを願っています」

取材・文:柴田克彦

トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン
プログラムC《壮麗なマーラーに抱かれて》


2025.4/17(木)19:00 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演/トヨタ・マスター・プレイヤーズ,ウィーン、
   名古屋フィルハーモニー交響楽団(第2部)、大植英次(第2部、指揮)
曲目/
【第1部】モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調 K.218(独奏:フォルクハルト・シュトイデ)
【第2部】マーラー:交響曲第5番嬰ハ短調

問:中日新聞コンサートデスク 052-678-5323
http://www.toyota.co.jp/tomas/