柴田俊幸のCROSS TALK 〜古楽とその先と〜
Vol.11 濱田芳通(指揮/リコーダー/コルネット)[前編]

Toshiyuki Shibata & Yoshimichi Hamada
連載第11回のゲストは、古楽アンサンブル「アントネッロ」を主宰、指揮者、リコーダー&コルネット奏者として活躍する濱田芳通さん。中世からバロックまで、幅広いレパートリーをもち、即興や民族音楽のエッセンスをふんだんに取り入れた、生命感あふれる唯一無二の演奏スタイルは、ジャンルを超えて多くの音楽ファンの支持を得てきました。近年は、指揮者としてバッハやヘンデルなど18世紀のレパートリーにも積極的に取り組み、既存のイメージを一新するアプローチで話題を呼んでいます。クラシックらしからぬ(!?)グルーヴする音楽の秘密はどこにあるのでしょうか。 
この冬は、最も得意とする初期バロックの教会音楽の金字塔、モンテヴェルディ《聖母マリアの夕べの祈り》を指揮。1月5日の川口での公演も注目です!

新しくないと意味がない

柴田俊幸(S) 濱田先生、昨年は高松の古楽祭でお世話になりました。早速ですが、日本において、バッハより前の音楽が“とっつきにくいもの”と思われてしまっている要因って何なんでしょうか? 

濱田芳通(H) 期待を込めて言うと、単に「いま流行ってないだけ、まだ流行ってないだけ」だと思うのですが…。作品は最高なので! かつて、バロック・ブームみたいなものがありましたよね、ブリュッヘンとか、レオンハルトとか。あんな風になると良いのですが。 

S そうですね。僕が生まれるちょっと前ぐらいですね。 

H 僕が桐朋学園に入った時は、ちょうど古楽科が4期そろったというタイミングだったんですけど、ブリュッヘン世代と勉強してきた先生方が帰国して、精力的に活動なさっていました。その後、それより前の、初期バロックやルネサンスに興味を持つ人たちが出てきて、僕もそうなんですけど、そこから、また古いレパートリーに即した新しい「音楽スタイル」を提示しようという動きが確実にあったのですが、みんなの興味は、逆に時代を下って、古典派を古楽器で演奏する方に向かってしまった気がします。そこは残念でした。 

S どうしても、クラシック業界的にもレパートリーをメインストリームに持っていくことで、大きなオーディエンスをターゲットにすることが必要だったんでしょうか。ヨーロッパはそのまま掘り進めていったんですね。特に、バーゼルを中心に素晴らしい探求を行っていると思います。

H 本当にそうですね。ヨーロッパのほうが着実でした。 

S 日本で普通に育った僕ですが、古典、もっと言えばバロックより前の音楽に関わる機会は全然ありませんでした。となると、次の出会いは大人になってからで、濱田先生がレコーディングや演奏会で、バッハ以前の音楽をたくさん開拓していることは、この時代の音楽のファンを増やす入り口になっている気がします。 

H ところが、合唱の指導をしていると、「こういう音楽が、なぜかすごく好き!」と言って入団して下さる方が時々いらっしゃるのですが、よくよく話を聞いてみると、子どもの頃にどこかでルネサンス音楽に触れていることが多いのです。なので、本当に好きになってもらうには、そういう原体験的なきっかけがないと難しいのかな、と途方に暮れる時もあります。 
 また、そもそも古楽をご自分の愉しむ対象ジャンルに選んだ方は、静かな音、歴史淘汰された由緒あるものが好きな方とか、古楽器がシルプルで自然素材なので、オーガニックが好きな方などが多いです。もちろんルネサンス時代には派手好みの人も両極いたわけですが、そういう人は現代では他のジャンルを聴けば良いわけで、僕の思い描くところはなかなか受け入れられないかもしれません。 それから、特化したジャンルだけに、聴衆にこのジャンルをまとめて「二度と聴くか!」と思わせるのは、感動させるより何倍も容易いので、そういうトラウマを持った人々を現場に連れてくるのはさらに難しいです。 というわけで、普及はあまり考え過ぎずに活動しています。 

S ジャンルはちょっと変わるかもしれないんですけど、無印良品の店内でかかっている、フォーキッシュな曲。 

H 北欧とかケルトの曲ですかね! 

S そうかもしれません。僕の周りのクラシック音楽が苦手な人たちは、意外とああいうのを聴いて、「かっこよくて聴きやすいけどあれは一体何なのか」と言う人が、けっこういまして。 

H それはそうですね! 民族音楽的な演奏の魅力から興味を持ってもらうのは良いかもしれません。歴史的な演奏を志すという意味で、民族音楽からのアプローチは好きです。ただ、そういう方向で勉強した演奏スタイルが、たまたま、現代的な他のジャンルに似ていたりとすると、「それは違う!」って言われることがあります。でも、部分的に「皆さんよくご存知の〇〇と同じである可能性が高い」ということは頻繁に起こります。 

S それは確かに的外れな議論ですね。「昔はこうだった」という“客観的”な意見を言った瞬間にそれは主観になるので、本当かどうか疑い続けてトライアンドエラーを繰り返す、そして新しいことに挑み続けることが我々の持つべきメンタリティかと。
 そういう意味で、現代、特に若手のHIP(historically informed performance)の世界っていうのは、二つプレッシャーがかかってると思っているんです。前の世代の人たちがやってきたことが型としてあるので、それと比べられるっていうプレッシャーが一つ。今まででてきたものとは違うヤツにしない限り、誰かのコピーになってしまう。この二つのプレッシャーがあって、その中で「ゔーーー」ってなりながら音楽をつくるっていう…。けっこう unhealthy なところですよね。自分の例だと、アンソニー・ロマニウクとのバッハは、そこをうまく避けて録音しましたが、成功した点と失敗した点があり、反省も多いです。濱田先生でも、同じようなことを意識したりしますか? 

H 本当にそうですね。ルネサンス時代の芸術家が本当は職人っぽかったのだという論調がありますが、私はそれが嫌いで…。

S 僕も違うと思います。 

H 自分も含め芸術家の一人だと思いたい。そこに誇りがあれば、「新しいこと」をするのは必須だと思うのです。また、仰る通り、音楽学の学会のように、新しい発見を提示しなければという感じもありますよね! 「古典」を扱うということがどういうことなのか、古楽は演劇などと比較したりして、いま一度考え直し、ベクトルを修正すべきだと強く思います。今の状況は歴史科学の「科学」の部分が多すぎます。証拠がなければ何もできないし、本来の音楽の自由な在り方を考えれば、数少ない文献的な証拠だけでは、逆に「証拠不十分」なことが多いと言いたいです。 

S 特に古楽となると…。クラシックは「再現芸術」っておっしゃる人もいると思うんですけど、今を生きる音楽家として、現代を生きるオーディエンスのために演奏するっていうのはすごく大事なことだと思うし、それを継続されている濱田先生だからこそ、毎回のプロダクションを皆さんも心から楽しみにしていますよね。

ラテンかぶれのバッハ

S 今年は「マタイ受難曲」にも挑まれましたが、バッハより前の音楽を専門にやってきた濱田先生だからできる、バッハの傑作への向き合い方について教えてください。 

H 「マタイ受難曲」に関しては、クープランの異国情緒みたいな感じで、作曲家が18世紀の人々にとっての「エスニック」な部分を主題にしたと考えています。物語性があるので、その古代ユダヤというテーマをトピックとして出すのをやりたかったのではないかと思うんですよね。ただ、当時のバッハの感覚も僕らと同じで、古代ユダヤがどうだとか詳しくは知らず、何かアラブとごっちゃになっているような気がします(笑)。5月の公演では、そこをちょっとクローズアップしてみました。 

S 声楽の指導もされている管楽器の人が振る「マタイ」っていうのは、やはり歌心を意識した上でやられるのかな、と思っているのですが、何をベースに音楽をつくっていこうとされましたか?

H 仰る通り、歌心は僕にとって最も重要なので、イタリア的なんだと思います。バッハは、イタリアかぶれであり、フランスかぶれじゃないですか。どちらかというとフランスですかね? 

S そもそも当時のドイツにおけるフランスは、ヴェルサイユ文化への意識は強かったですよね。バッハも、小さいときに学校でフランス語やフランスの文化に触れる機会は多く、大人になって書かれた色々な組曲の中にフランスの宮廷で踊られたダンスミュージックが使われました。フルートのソナタの中にも、フレンチの装飾を記号で書かずに、わざわざ音符で全部書いているのをたくさん発見することができます。ものすごくフランス趣味です。 

H 僕にとっては、ラテン語圏の人たちの音楽には、すごく共通点があって、ゲルマンやアングロサクソンとは根本的に違う。ドイツの音楽であっても、そっちの方向でアプローチしたいです。 

S では、逆にバッハをイタリアっぽく“カンタービレ”やってみようとなると、それはどのようなテクニックを使うのでしょうか。 

H それは主にリズムかなと思います。 

S 拍節感を変えるということですかね。音楽を、より横につくるために。 

H そうですね。

S 拍節感を変えて、イタリア寄りに…横笛吹きなんで、あまりイタリアのレパートリーがないもので…。 

H フレンチでもいいです。例えば、「マタイ受難曲」冒頭合唱12/8のベースラインだと、ポォン、ポン、ポォン、ポン(1が重い)なのが、ポン、ポォン、ポン、ポォン(3を豊かに)とか。

S アウフタクトが次に向かう意識をより大きくした感じでしょうか? 

H 方向性が強いと音楽が均一化してしまうので(一定のクレッシェンド&アッチェレランド)そこは気を付けながらかと思います。 

J.S.バッハ:マタイ受難曲 冒頭合唱

バッハはポップスを書けない!?

S 濱田先生にとって、バッハとヘンデルの違いはどんなところでしょうか?

H これ、難しいですね。逆に共通点になりますが、メロディーメーカーとしては、どちらも乏しいというか…なので、両者とも(他の作品から)引っ張ってきてますよね。よりバッハのほうが引っ張ってきてるかな…。

S 逆に、メロディーメーカーとしての才能がない、という点でちょっと思ったんですが、1980年代、90年代に流行り、今の古楽奏法の基礎になったともいえる、拍節やモティーフの積み重ねで音楽をつくっていく流儀って、ヘンデルやバッハが綺麗に響く演奏方法なんじゃないかな、と。ちょっと話が戻りますけど。

H なるほど。

S 逆転の発想っていう感じでしょうか。なんかメロディーラインはそこまで魅力ないし、ちょっと拍節重視で小綺麗にするっていうのが、うまくハマったんでしょうか。

H おっしゃる通り、そのやり方は17世紀より18世紀でうまくいきますね。そういう見方は初めて聞きましたけど。

S 一方で、バッハではうまくいっても、イタリアのバロックではうまくいかない、なんてことも。 今ではバッハやヘンデルもメロディックに、カンタービレにやる団体も増えましたが、それがすごくうまくハマる時とハマらない時があって…これは何なのかなぁというのを最近ずっと感じているところです。

所詮、テンポは流行り

S 冒頭でもお話しましたが、古楽の中でもある程度伝統ができちゃっていて、テンポを決める時も、tempo giustoというか、例えば「メサイア」にしても、最初から最後まで「こんな感じ」みたいなテンポがあると思います。濱田先生の場合は、長年それより前の時代の音楽を演奏してこられて、いまこれに向き合う上で、どのようにテンポ設定をされていますか? 

H 今、とにかく速い演奏が流行ってますよね。第二次(速いブーム)ぐらいですかね。特にフランス人の演奏家は、ほんと速い。

S 第二次ですね。1回ものすごく速い時代がありましたね、80年代~90年代で。特に90年代かな。最近はフランスの若手がすごく速いですね。あれは、ヨーロッパの人も速すぎるとみんな感じているのではないかと思うんですけど… 

H でも、フランス人、速くてもみんな巧いので、すごいです。 

S あれは、古楽ブームが興った後に、フランスの小学校レベルとかの音楽学校、地方のコンセルヴァトワールで古楽器を教えられるようになったからだと思っています。小さい頃からみんな教育されてるから、普通にチェンバロを弾けて、ヴァイオリン弾けて、歌も歌えてオーボエも吹けるっていう古楽器奏者がうじゃうじゃ。もう20歳くらいで大活躍してる。層の厚さは素晴らしいものがあると思います。 そして、速めのテンポに合うように、サウンドエンジニアも雰囲気をちゃんといじっているような気がします。まぁ、これはブームだから、そこまで速くは演奏しなくても僕はいいと思っているんですけど…。話を戻しまして、中世やルネサンスを専門に演奏している方からすると、テンポってどういう感覚で決定していますか? 

H 習慣的なテンポ設定を洗い直すことはやりたいですね。アンダンテやラルゲットのテンポ解釈も人それぞれ違いますし…。それよりも、リズム感を変えると、これまで、試みたものの即却下されていたような細かいルバートが息を吹き返してきます。ルバートは古楽に限らず、クラシック音楽全体として、古いレパートリーを演奏する時には毛嫌いされてきたことですが、僕はやり方さえ変えれば、こんなにも素晴らしい表現なんだということを強調していきたいと思います。 

S 凝り固まったバッハ像、ヘンデル像、あるいは「新マタイ」「新メサイア」っていうのをガツンと変えてくれそうな快演を今後も期待しております! 

【Information】
濱田芳通&アントネッロ 第16回定期公演
C.モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」

2024.1/5(金)19:00 川口リリア 音楽ホール

指揮:濱田芳通(リコーダー)
管弦楽:アントネッロ
独唱・合唱
 ソプラノ:陣内麻友美 鈴木美登里 中川詩歩 中山美紀
 アルト:新田壮人 野間愛
 テノール:小沼俊太郎 田尻健 前田啓光
 バス:谷本喜基 松井永太郎

濱田芳通
Yoshimichi Hamada, conductor / recorder / cornett

我が国初の私立音楽大学、東洋音楽大学(現東京音楽大学)の創立者を曾祖父に持ち、音楽一家の四代目として東京に生まれる。桐朋学園大学古楽器科卒業後、スイス政府給費留学生としてバーゼル・スコラ・カントールムに留学。リコーダーとコルネットのヴィルトゥオーゾとして国内外にて数多くの演奏活動、録音を行い、海外でリリースされたCDは全てディアパソン5つ星を獲得、高い評価を受けている。2013年バロック・オペラ上演プロジェクト<オペラ・フレスカ>を立ち上げ、指揮者としてモンテヴェルディの3大オペラ《オルフェオ》《ウリッセの帰還》《ポッペアの戴冠》、カッチーニ作曲《エウリディーチェ》(本邦初演)、ヘンデル作曲《ジュリオ・チェーザレ》、レオナルド・ダ・ヴィンチが関わったとされる劇作品《オルフェオ物語》(本邦初演)等、オペラ創成期からバロックに至る初期のオペラ作品を取り上げている。一方、戦国時代にヨーロッパから日本へ伝わった南蛮音楽の研究もライフワークとしており「天正遣欧少年使節の音楽」「エソポのハブラス」「フランシスコ・ザビエルと大友宗麟」等のテーマによりCDリリース、芝居付き演奏会を行っている。
x(旧Twitter) / @Anthonello_
https://www.anthonello.com

著書『歌の心を究むべし』(アルテスパブリッシング)
古楽アンサンブル《アントネッロ》主宰

受賞歴
2005年 第7回ホテルオークラ音楽賞
2015年 第28回ミュージック・ペンクラブ・ジャパン音楽賞(室内楽・合唱部門)
2015年 第14回佐川吉男音楽賞
2019年 第6回JASRAC音楽文化賞
2020年 第50回ENEOS音楽賞 洋楽部門 奨励賞
2020年 第17回三菱UFJ信託音楽賞 奨励賞(レオナルド・ダ・ヴィンチ プロデュース オペラ《オルフェオ物語》)
2021年 第53回サントリー音楽賞
2021年 第19回三菱UFJ信託音楽賞 奨励賞(G.F.ヘンデル オペラ《ジュリオ・チェーザレ》)


柴田俊幸
Toshiyuki Shibata, flute/flauto traverso

© Hiroshi Noguchi

フルート、フラウト・トラヴェルソ奏者。大阪大学外国語学部中退。ニューヨーク州立大学卒業。アントワープ王立音楽院修士課程、ゲント王立音楽院上級修士課程を修了。ブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団などで研鑽を積んだ後、古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント、ヴォクス・ルミニスなど古楽器アンサンブルに参加し欧州各地で演奏。2019年にはB’Rockオーケストラのソリストとして日本ツアーを行った。ユトレヒト古楽祭、バッハ・アカデミー・ブルージュ音楽祭などにソリストとして参加。アントワープ王立音楽院音楽図書館、フランダース音楽研究所にて研究員として勤務した。たかまつ国際古楽祭芸術監督。 『音楽の友』『パイパーズ』『THE FLUTE』Webマガジン『ONTOMO』などに寄稿。
x(旧Twitter) / @ToshiShibataBE
Instagram / @musiqu3fl711
https://www.toshiyuki-shibata.com