
「3つの顔」を持つ吹奏楽部の多忙で楽しい青春!
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
福岡県福岡市、大濠公園近くに位置する福岡大学附属大濠高校。まるで大学や病院を思わせる巨大な校舎がある学校だが、約100人の部員を擁する大濠高校の吹奏楽部には「3つの顔」がある。
1つは吹奏楽コンクールに挑む「座奏の顔」。2つ目はマーチングコンテスト(全日本吹奏楽連盟、朝日新聞社主催)に挑む「パレコン(パレードコンテストの略)の顔」。そして、マーチングバンド全国大会(日本マーチングバンド協会主催)に挑む「ショーの顔」だ。

この3つの大会以外にもコンクールやイベント出演が多数あり、吹奏楽部は常に大忙しだ。
中でも大濠高校といえばマーチングのイメージが強い。マーチングコンテストではこれまで「熱闘甲子園」「大濠杯ダービーステークス」「怪盗大濠からの予告状」といったコミカルでユーモアたっぷりの演奏・演技が話題となり、ファンも多い。
顧問の定松理沙先生いわく「全力でふざけるマーチング」。他校ではやらない大濠高校だけの個性だ。2024年はコミカルさを抑え、樽屋雅徳作曲《マゼランの未知なる大陸への挑戦》に合わせて「パイレーツ・オブ・ホリビアン」(あの海賊映画がモチーフ)を披露。九州大会で金賞に輝いた。
一方、昨年12月にさいたまスーパーアリーナで開催されたマーチングバンド全国大会には12年連続となる21回目の出場を果たした。
ショーのテーマタイトルはラテン語で太陽を意味する「SOL(ソル)」。太陽のように輝く球体が上手(かみて)側=東から現れ、美しいサウンドと華麗な演技で祝祭のようなマーチングが続いた末、太陽は下手(しもて)=西へと沈んでいく。途中、フロアに置かれたチューバを回転させながら肩に担ぎ上げる大濠名物のチューバ回しも取り入れられ、巨大な会場を熱く湧き上がらせるショーとなった(審査結果は銀賞)。

現在、名誉顧問の浦川義信先生に率いられているが、基本的には部員主体で活動を進めている大濠高校。部活だけでなく進学にも力を入れている。卒業生は地元の九州大学をはじめ各地の国公立大学や医学系などにも進んでいる。もしかしたら、勉学は大濠高校の4つ目の顔かもしれない。
3年生は8月の定期演奏会で多くが引退。9月以降の大会は2年生が中心となって出場している。
現在部長を務めているのは中野綺音(あやね)。担当楽器はトランペットだ。
「中学時代も吹奏楽部でしたけど、部活もそれなり、勉強もそれなり……という感じでした。でも、高校では『ひとつのことに熱中して、全力で取り組もう!』と決意して活動してきました。特に1年生のときには、わたしはマーチングが未経験だったので、みんなの足手まといにならないようにと必死に頑張りました。最初は体力的にきつかったですが、覚悟を決めて入部したので、挫折することはありませんでした」

大濠高校では朝練は自主参加だが、毎朝5時に起き、6時半には登校して練習に打ち込んできた。そんな部活への熱意を認められてリーダーに選ばれた。
「100人という部活のリーダーになるのはプレッシャーがありました。技術的にも足りないものは感じていましたが、『誰よりも部活に対する熱があるのは自分なんだ。自分がやるしかない!』と引き受けました」
綺音は伝統ある大濠高校の部長として、夢の全国大会の舞台、さいたまスーパーアリーナのフロアに立った。実は、昨年も全国大会に出場はしていたが、体調が悪く、アリーナの記憶がほとんどない。綺音にとってはリベンジの大会でもあった。
「まるで初めて来たみたいに『ここがさいたまスーパーアリーナか!』とワクワクしました。待機場所から入場していくとき、私が『気合い入れていくぞー!』と叫び、みんなが『おー!』と声を上げます。会場の大きさに圧倒されそうになりましたが、客席からたくさんの声援が聞こえてきて嬉しかったです。演奏中は、みんなでつくり上げてきた《SOL》をこの場所まで持ってこられてよかったと思いました」
綺音はトランペットのベルを上に向け、巨大なアリーナに大濠高校のリーダーらしい堂々とした音を響かせた。

ユーフォニアム担当の河野(かわの)ほなみはマーチングリーダーを務めている。練習中はウッドブロックを叩いて部員たちにテンポを示しながら、歩き方や立ち位置、姿勢などの注意点を指摘する。
ほなみはもともと北九州の中学校でマーチングに燃えていたが、大濠高校入学をきっかけに家族で福岡市内へ引っ越してきたという珍しい経歴を持つ。
「大濠に入ったのもマーチングが目的でした。中学時代にマーチングコンテストで全国大会を目指していたのに、九州大会で終わってしまい、高校では絶対に全国の舞台に立ちたいと思ってやってきました。経験者なので体力には自信があったのですが、大濠高校の練習は想像していた以上にハード。それにイベントや大会が立て続けにあるので大変でした」
実は、大濠高校は6月の福岡県マーチングコンテストを皮切りに、毎月(月によっては複数の)大会に出場している。さらに、8月の定期演奏会やさまざまなイベントへの出演もある。学校行事や定期テストなどもある。
「体力的に限界かなと思うことはありましたけど、休みたいとは思いませんでした。忙しいのは大変でも、やっぱりひとつひとつの本番が思い出になりますし、楽しかったです」

ほなみはさいたまスーパーアリーナでいきいきと動き回り、ユーフォニアムを吹いていたが、内側では強烈なプレッシャーと闘っていたという。
「中学のころは本番直前に緊張が来たんですけど、高校では4日前の授業中からずっと緊張していて……。『とにかく、自分の動きに集中しよう』と自分自身に言い聞かせていました。結局、フロアを出るまで緊張が解消されませんでした」
ほなみが目標としていたのは、自分たちのマーチングの楽しさが観客に伝わること、そして、感動してもらうこと。ショーが終わった後の大歓声でそれは実感できた。
ただ、全国大会金賞を達成できなかったことにマーチングリーダーとして責任を感じた。
「さいたまスーパーアリーナから宿泊先のホテルに戻ったころにネットで結果発表があり、先生から私たちに伝えられました。銀賞を聞いたときも、自分でネットで『銀賞』という文字を見たときも、悔しくて泣きました。福岡に帰ってからも、また泣きました。ただ、去年は体調不良が多かったけど、今年は全員健康にフロアに立てたし、一人ひとりがしっかり頑張れたと思います」

マーチングリーダーのほなみに対して、音楽面のリーダー「コンサートミストレス」を務めるのはクラリネット担当の加耒(かく)美月だ。
定松先生からは「普段はみんな仲良しで活動しているけれど、締めるべきときにはしっかり締めてくれるのが加耒ちゃん。部活の最後の砦です」と絶大な信頼を寄せられている。
美月もほなみと同様、全国大会を目指して大濠高校にやってきた。
「私は福岡市立姪浜中学校(全日本吹奏楽コンクールに5回出場した名門)でコンクールの全国大会を目指していました。ただ、中3のときは九州大会金賞を受賞したものの、代表には選ばれませんでした。それで、高校ではどんな大会であっても『全国』という場所を見て経験してみたいと思っていました。大濠高校はYouTubeでショーの動画を見て『カッコいいな』と思っていましたし、勉強も両立できるということで進学を決めました」
中学時代も部活はかなり多忙だったが、大濠高校の忙しさはその比ではなかった。

「中学では部長をしていてほかの部員よりも忙しかったし、高校の部活もいけるだろうと思っていました。でも、マーチングということもあり、体力的に追い込まれました。未経験だったし、初心者の中でも最後まで先輩から注意され続け、毎日落ち込んで。部活をやめたいと思ったこともありました。でも、動きが苦手だからこそ、自分が極められるのは音だなと思ったんです」
昨年、1年生で全国大会出場という目標は叶えた。だが、中学時代に「美しい音」を徹底的に追求してきた美月には満足できないところがあった。そこで今年度、コンサートミストレスに選ばれてからは新しい練習を取り入れる「改革」をおこなった。
「練習はどうしても動きが中心で、音が後回しになっている感じがありました。わたしは音の強化が必要だと思ったので、曲の練習よりもまず基礎練習からしっかりおこない、いい音で演奏できるように徹底していきました」

肺活量を鍛えるためにブレストレーニングをしたり、中学時代にやっていた「チューナーを耳に当てて正しい音程を聴き、それをハミングで歌い、最後に楽器で音を出す」という練習をしたりした。
「かなり口うるさく言ったと思います。ただ、なかなか納得できるレベルには届きませんでした。マーチングバンド全国大会は入場から退場までが9分30秒で、ショーの時間は約7分半くらい。本当なら終盤にクライマックスで盛り上げたいのに、だんだんスタミナが切れてきて音が小さくなってしまったり……」
美月は中学時代に自分が培ってきたものを発展させ、大濠高校のサウンド改革を続けた。そして、勝負の全国大会を迎えた。
「1年生のときはとにかく緊張しかなかったのですが、今年度は後輩がいるので、平常心を保ちながら後輩のケアに気を配っていました。『練習どおりやれば大丈夫。お客さんに楽しんでもらおう』と思いながら本番に臨みました」
ずっと頭に思い描いて練習を続けてきたさいたまスーパーアリーナ。だが、美月はショーを披露しながら気になることがあった。

「音があまり飛んでない、そば鳴り(響きが奏者の近くに留まってしまうこと)しているように感じたんです。中学時代、コンクールの九州大会で『金賞いけたな!』と思ったときの、音が遠くまで響いていった感覚が私は忘れられないのですが、さいたまスーパーアリーナでは響きが物足りなく思えました。九州大会よりはよかったし、やりきったという気持ちもありましたが、『もっとできたんじゃないか』という思いが残ってしまったんです」
審査結果は銀賞。美月は苦い思いを噛みしめた。
「これだけ新しいことを取り入れて改革したのに、点数につながらなかったことが悔しかったです」
大濠高校のサウンドがレベルアップしたのは確かだ。音のクオリティが重視される吹奏楽コンクールやマーチングコンテストにも取り組んでいる「吹奏楽部」ならではの、有機的で味わいのある音楽がアリーナに響いていた。
だからこそ、美月は結果が欲しかったのだが、それは果たされずに終わってしまった。

大濠高校のマーチングバンド全国大会はほろ苦さを残すものとなった。しかし、高校の部活動である以上、結果よりも大切なものがあるはずだ。
全力で「3つの顔」をこなし、それぞれにチャレンジを続けた綺音、ほなみ、美月の3人のリーダーたちは全国大会が終わったいま、自分の中に残ったものを感じている。
ほなみは言う。
「全国大会を通じて、大濠高校をこれだけたくさん応援してくれている人がいるんだということを実感しました。マーチングリーダーという仕事は想像していた以上に大量の仕事をこなす役割でしたが、これから次のマーチングリーダーに私が学んだことを伝えていきたいと思います」
美月はまだまだ「良い音」への意欲を持ち続けている。
「これからも音楽面でのレベルアップは継続していくことが大事だと思っています。ブレストレーニングや基礎練習はきついのでやりたがらない子もいます。私も中1のときはそうでしたが、途中から基礎練が大好きになりましたし、きつい練習をすることで成長を実感できました。きついからこそやる意味がある、ということを後輩たちに伝えたいです」

綺音は部長らしく、前向きな笑みを浮かべてこう語った。
「部長の私が自分自身の行動に責任を持つことが、部活全体にとっても大事なんだなと感じました。私の行動が部活の空気やモチベーションに影響することが全国大会への挑戦の中でよくわかりました。部長の役割が忙しすぎてパートの後輩と過ごす時間があまりなかったので、これからは後輩に基礎から教えていってあげたいと思っています」
そして、改めてマーチングバンド全国大会を振り返り、総括してくれた。
「結果には後悔はありますけど、全国大会までの過程には後悔はありません。やれることは全部やりました!」
多忙な日々の中で青春を燃やした福岡大学附属大濠高校吹奏楽部。たとえ夢や目標に手が届かなくても、きっと「3つの顔」はどれもまぶしいくらい輝いていたに違いない。

編集長’s voice – 取材に立ち会って感じたこと –
バスケットボールをはじめたとしたスポーツの強豪として全国的に有名な大濠高校。どのような雰囲気か興味津々で訪ねると巨大な建物が現れた。圧倒されるような気持ちになり、さぞかし部活も厳しいのか…と想像が膨らむ。しかし、予想とは反して雰囲気は和やか。先生が指導するというより部員たちが自身で課題を見つけそれを改善していくというもの。でも伸び伸びとしているようでそこには責任もある。全国大会での活躍はこの姿勢から生まれるのだなと感じました。
『いちゅんどー!西原高校マーチングバンド〜沖縄の高校がマーチング世界一になった話』
オザワ部長 著
新紀元社
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