今回のゲストは、日本でもおなじみのフォルテピアノ奏者、クリスティアン・ベザイデンホウトさん。南アフリカ生まれ、オーストラリア育ちという彼ですが、現在はフライブルク・バロック・オーケストラの芸術監督やイングリッシュ・コンサートの首席客演指揮者を務めるなど、指揮者としても大活躍しています。5月に来日した折、神戸市内のホテルでお話をうかがいました。今回は前編です。
なお、まもなく10月には再来日し、イザベル・ファウスト、クリスティン・フォン・デア・ゴルツとのトリオで チェンバロを披露してくれる予定。そちらもぜひ注目を。
柴田俊幸(T) 日本ではアレグロミュージックさんとご一緒にお仕事を指していますよね。出会いは?
クリスティアン・ベザイデンホウト(K) 最初のツアーは、確か13年前。2009年にNHK交響楽団と共演したときに出会いました。
その後、(社長の)小川さんがやって来て、こうやってコーヒーを飲みながら、今後のプロジェクトやコンセプトについて話し合いました。それ以来、毎年のように来日しています! 年に2回来ることもあるし。
T 今年もですよね。秋の来日もとても楽しみです。確か、遠い昔に日本のバロック・オーケストラとベートーヴェンのピアノ協奏曲を演奏するのを聴いたことがあると思います。確か鈴木秀美さん指揮のリベラ・クラシカとの共演でした。ちょうどヒストリカル・フルートに慣れてきた頃でした。そのコンサートはとてもいい思い出です。あなたのピアノ演奏も楽しみました。
そうそう、あなたの今回のツアーのパートナーであるマユミ(注:ヴァイオリンの平崎真弓さん)に会いました! ちょうど今年テューリンゲン・バッハ週間で私が演奏会をした教会で、昨年あなたも演奏してましたよね?
K そうなんだ! テューリンゲン・バッハ週間! あれ、でも君の拠点は日本?
T 長い間ベルギーにいましたが、10月末にはパリに引っ越します。ご飯食べに来てください!
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T さて、最初の質問ですが、あなたの名字の由来を教えてください。ベザイデンホウトだからオランダが起源なんでしょうか? 実際、デン・ハーグに Bezuidenhout という地域がありますよね?
K 正確にはわからないけど、私の先祖は17世紀にオランダから南アフリカに来たんだろうね。私は南アフリカで生まれましたが、地名にもなっているという事実は別としても、オランダ姓であることは明らかです。
T でも、あなたの母国語はオランダ語ではない、と?
K まぁ、6歳まで父親とアフリカーンス語(注:オランダ語をベースとした、南アフリカ共和国の公用語のひとつ)を話していたからね。英語がメインだけど、母とはドイツ語を話すよ。 彼女も南アフリカ生まれなんだけど、ドイツ語をしゃべっていたから。しばらくは家の中で3ヵ国語を話していたけど、たぶん英語が一番多かったと思う。
T ご両親は音楽家だったのですか?
K いいえ、まったく。2人とも高校の教師だった。ただ、音楽好きな一家でした。
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T いやぁ、あなたにお会いできて感激しています。現代のピアノとフォルテピアノの両方を、芸術に昇華できる数少ない鍵盤楽器奏者として尊敬しています。これができる人は一見たくさんいるように思いますが、ほとんどの場合、時代考証演奏の側面が欠けているか、現代のピアノで必要な高度なテクニックが足りていないか、どちらかである可能性が高いです。
ここで、この大議論をぶち込みたいのですが…古楽は、今のようにクラシック音楽の世界から独立しているのではなく、クラシック音楽の世界にもっと溶け込んで行くべきでしょうか? 私はそうするべきだと思うのですが、あなたは?
K それは、本当にいい質問だね。正直なところ、私もそう思います。個人的には……。えーっと、個人的には…。いや、その質問にバランスよく答えるのは本当に難しいんだ(笑)。
というのも、私の音楽に関するこれまでの体験としては、あくまでクラシック業界の「メインストリーム」の中にいる人間として、学校では片手間に古楽を探求することが許されていたんだよ。フォルテピアノやチェンバロの学位を取るために学校に行ったわけではないからね。
私が古楽が持っている「魔力」の重要な側面を勉強することになったきっかけは、モダンピアノの演奏を研究する中で、あくまでも音楽の理解を深めようとした必然の結果なのです。それは、ある意味で自分自身で考え、行動しなければならなかった。
学校のプログラムの中に副科の古楽器などもありますが、それは生徒にとって、とてもいいことだと思います。 独立心や自由な発想を持つことを助けてくれる。とはいえ、自分の力で目標を成し遂げること、それは本当に大切なことです。
その一方で、デン・ハーグやバーゼル、トロッシンゲンといった古楽科に通う人たちがいることも知っている。でも、それが少し「制度化」されすぎていることがある。そこには危険性を孕んでいて、生徒の…好奇心という言葉は適切ではないかもしれないけど、正しさを求めすぎるが故に、音楽的な問題を解決するための技術=アプローチを欠いていることがしばしばあります。私自身の経験からしか言えないけど、これは私がとても大切にしていることであり、今でもそう思っているよ。君の質問にうまく答えられたかな?(笑)
T まぁね(笑)。コープマン氏と対談したときに古楽科にどっぷり浸かることの危険性を話したことがあります。あと、時々アンソニー・ロマニウクと話すんだけど、古楽の世界には「原理主義者」がたくさんいます。この単語を使うことで、私が言いたいことを理解してもらえましたか?
K もちろんだよ。
T こういう思想はどこから来たのか、よく考えるのですが、先ほど言った制度的なところ、つまり音楽院のシステムから来ているのだと思います。私が聞いた限りでは、古楽が始まった頃、状況は違っていたと思います。アーノンクールやブリュッへンがいた頃は、研究することがより多くの選択肢を見つけるチャンスになりました。今の学生たちは、答えが一つしかない、あるいは答えが一つしかないと思い込んで研究している。
K その通り! ここ15年でそれが悪化しているよ。多くの仲間たちが、モダン楽器を演奏する音楽家たちに対して敵対的な言葉づかいや態度をとっていること、これは我々の責任だと強く思っています。ある意味、彼らは自分たちが持っている知識を、「モダン」の世界の人間に対して戦いを挑むための武器として使い、ちょっとした優越感に浸っているのです。それは近年ますます激しくなっていると思う。君が言ってることは正しいよ。そして今、古楽を学ぶ現代の学生たちは、私たちの仲間である古楽を学んでいない音楽家たちの演奏習慣の一部の側面を実際、見下す傾向にあると思います。 また、演奏習慣そのもの、そのあるべき姿について、これが正しいと「真実」を主張し始めた。それは本当に危険なことだし、私はそういう人々と「右翼的なこと」には関わりたくない。良くないことです。
T 「オーセンティシティ」という言葉を“正真正銘の”という意味で使うのもやめたい。
K その通り。
T それは私たちが持たなければならない姿勢に過ぎない。
K リチャード・タラスキン(注:2022年に亡くなったアメリカを代表する音楽学者。古楽から現代のロシア音楽まで、文化・社会など幅広い視点から論じた)はこの問題について書いているよね。まぁ確かに、当時の彼は、かなり扇動的、「あおり運転」だったよね(笑)。でも彼が正しかったのは、この分野の誰もがこの歴史的情報を使って、自分の頭の中にあるスタイルを完全にポストモダンな形で再構築しているということ。しかし、それは重要なことではなく、アイデア、想像力、読解力…そして音楽的な趣味に基づいて世界に提示される一種の…音のイマジネーションなのだ、と。それは、他の仲間と“戦う”ために情報を武器化するための象徴となる…ひどい話だよ。
今日の音楽界では、2つのことが起こっている。1つ目は、演奏に対して、ある種の衝撃を受けることが常に求められている。20年前にはなかったようなレビューが、今は見られる。例えば「うまく演奏しているが、驚きや衝撃はない」等々…。
T まるでポルノ映画のよう(笑)。
K そういうこと! そしてもうひとつは、誰かがあるレパートリーで“スタイル”を確立した場合、他の人にもそれを求めてしまう傾向があること。これは、最近の19世紀における演奏習慣に多く見られます。聴衆は過激で流行りのスタイルを期待するようになっている。あと通奏低音の演奏習慣でも同じようなことを耳にします。
その一方で、リスナーや批評家は演奏家たちが読んだ文献通りに演奏しているかどうかをチェックする…演奏会が一種の「試験」のようになっている側面もある。これは、我々が音楽の世界にのめり込んだ理由と相反していると思うんだよね。そういう意味では、ちょっと不思議な時代だよ。素晴らしいところもあるけどね。
取材協力:アレグロミュージック
◎クリスティアン・ベザイデンホウト 出演
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)、クリスティン・フォン・デア・ゴルツ(バロック・チェロ)&クリスティアン・ベザイデンホウト(チェンバロ) 至福のアンサンブル
2023.10/6(金)19:00 大阪/住友生命いずみホール
10/7(土)15:00 東海市芸術劇場 大ホール
10/8(日)15:00 三鷹市芸術文化センター
10/10(火)19:00 王子ホール(完売)
10/11(水)19:00 王子ホール(完売)
クリスティアン・ベザイデンホウト チェンバロ・リサイタル
2023.10/14(土)14:00 兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール
◎柴田俊幸 出演
柴田俊幸サロン・コンサート
2023.9/21(木)19:00 ホテルグランバッハ東京銀座
第6回たかまつ国際古楽祭
2023.9/29(金)〜10/1(日) 源内音楽ホール(さぬき市志度音楽ホール)、讃岐おもちゃ美術館、直島ホール、高松市男木交流館、オリビアン小豆島 夕陽ヶ丘ホテル
鵠沼室内楽愛好会 たかまつ国際古楽祭 in 湘南
柴田俊幸(フラウト・トラヴェルソ) 森川麻子(ヴィオラ・ダ・ガンバ) 瀧井レオナルド(テオルボ)
2023.10/3(火)19:00 レスプリ・フランセ
フランス・バロックの極美
2023.10/8(日)14:00 中野/Space 415
レ・ヴァン・ロマンティーク・トウキョウ
2023.10/19(木)18:30 広島県民文化センター
問:ひろしま音楽鑑賞協会 082-234-6262
10/25(水)19:00 岐阜クララザール・じゅうろく音楽堂
クリスティアン・ベザイデンホウト
Kristian Bezuidenhout, fortepiano/harpsichord/conductor
いまもっとも注目されるエキサイティングな鍵盤楽器奏者。フォルテピアノの名手であるが、チェンバロ、モダンピアノにも精通している。21歳でブルージュ国際古楽コンクール、フォルテピアノ部門で第1位と聴衆賞という2重の栄誉に輝く。フライブルク・バロック・オーケストラ、ロイヤル・コンセルトヘボウ管、シャンゼリゼ管など主要オーケストラに招かれ、ときにはディレクターとしての役割も担う。フランス・ブリュッヘン、クリストファー・ホグウッド、エリオット・ガーディナーなど著名な指揮者と、ソリストではアマンディーヌ・ベイエ、ジュリアーノ・カルミニョーラ、イザベル・ファウスト等と共演。レコーディングは2009年からハルモニア・ムンディと長期契約を結びモーツァルトの鍵盤楽器作品全9集をはじめ多くのCDがリリースされ、エディソン賞、ドイツ・レコード批評家賞、エコー・クラシック賞など数多く受賞。最新ディスクはフライブルク・バロック・オーケストラとの『モーツァルト:ピアノ協奏曲集』。現在、フライブルク・バロック・オーケストラ芸術監督、イングリッシュ・コンサート首席客演指揮者としても活動している。
柴田俊幸
Toshiyuki Shibata, flute/flauto traverso
フルート、フラウト・トラヴェルソ奏者。大阪大学外国語学部中退。ニューヨーク州立大学卒業。アントワープ王立音楽院修士課程、ゲント王立音楽院上級修士課程を修了。ブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団などで研鑽を積んだ後、古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント、ヴォクス・ルミニスなど古楽器アンサンブルに参加し欧州各地で演奏。2019年にはB’Rockオーケストラのソリストとして日本ツアーを行った。ユトレヒト古楽祭、バッハ・アカデミー・ブルージュ音楽祭などにソリストとして参加。アントワープ王立音楽院音楽図書館、フランダース音楽研究所にて研究員として勤務した。たかまつ国際古楽祭芸術監督。 『音楽の友』『パイパーズ』『THE FLUTE』Webマガジン『ONTOMO』などに寄稿。
Twitter / @ToshiShibataBE
Instagram / @musiqu3fl711
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