連載第11回のゲストは、古楽アンサンブル「アントネッロ」を主宰、指揮者、リコーダー&コルネット奏者として活躍する濱田芳通さん。中世からバロックまで、幅広いレパートリーをもち、即興や民族音楽のエッセンスをふんだんに取り入れた、生命感あふれる唯一無二の演奏スタイルは、ジャンルを超えて多くの音楽ファンの支持を得てきました。
後編は、濱田さんの十八番とも言えるクラウディオ・モンテヴェルディ(1567-1643)の話を中心に。先日の静岡音楽館AOIでの公演に続いて、1月にも川口リリア 音楽ホールで公演が予定されている《聖母マリアの夕べの祈り(ヴェスプロ)》の話題も。「バッハより前の音楽になじみがない方にもぜひ聴いてほしい」と語ります。
グレゴリオ聖歌の扱いでは歴代一位!
柴田俊幸(S) モンテヴェルディについて、ちょっとお聞きしたいなと思うんですが、普通にクラシックを聴く人からしても、モンテヴェルディって、どうしてもあまり知られていない作曲家に分類されるわけで、「ヴェルディよりもすごい作曲家」とおっしゃっている濱田先生にとって、この「モンテヴェルディ」どんなヤツだったのか、というのを教えていただければ幸いです。
濱田芳通(H) ヴェルディよりすごいって言いましたっけ? ヴェルディも大好きなので、そんなことないですが、ヴェルディはモンテヴェルディをディスってるので、悔しくて言っちゃったかも知れません(笑) 個性っていう面ではもちろんいろいろあると思いますが、まず時代がバッハやヘンデルとは100年違いますよね。作曲法の面で言えば、正式にはモード(旋法)とポリフォニーの2つの要素が強いってことだと思うんです。人物像に関しては、人となりは、わかっている方だと思います。
S セコンダ・プラティカ(seconda pratica)をはじめ、固定観念にとらわれず、当時の「当たり前」から逸脱した「新しいもの」をたくさん作り出しましたよね。
H はい。わりと好きなタイプな人間です(笑)
S イタリアのルネサンス音楽というと、何か天国から来るハーモニーを模倣する…みたいなイメージを思い浮かべる人が大半だと思うのですが、モンテヴェルディも初期はたくさんポリフォニーの作品を描いていますよね。彼は神様に近い人だったんでしょうか? それとも、人間・人間した人の子だったのでしょうか?
H 創作が神がかっているという意味では前者ですが、後者という面が多いと思います。宗教音楽に関しては、18世紀もそうかもしれませんけど、“会社勤め”的なところがあるじゃないですか。最も力を入れてたのはマドリガーレなど世俗曲の方だった気がします。
S 彼の音楽聴いてる限りは、いちおう宗教美というものを考えた上で、さまざまな典礼の音楽を書いていたと思うんです。その中にやっぱり人間の感情っていうか、なんかないところも入れてった稀有な存在だったっていう、そういうイメージですか。
H そうですね。グレゴリオ聖歌を使ってなるべく面白おかしくバライエティに富ませたという点では、もう歴代一位な感じじゃないかと思うんですね。現代にもあんな作曲家はいないような気がします。
S イタリアのバロック絵画の大家、カラヴァッジョは「いい画家は自然の模倣をすることができる」という言葉を残してます。写実主義的な考えですが。一方で「昔の巨匠を真似することだけが芸術家の仕事ではない」と濱田先生もおっしゃっていたかと思います。同じ時代を生きたモンテヴェルディも音楽を通じて大自然の模倣をしているんでしょうか。それとも、彼はそれ+αを目指したんでしょうか?
H ルネサンス時代の「自然を超えてやる」という、新プラトン派の意気込みは、彼も持っていたと思います。
🐱 柴田解説:5秒でわかる「新プラトン主義」 ものの存在の本質は、洗練された精神の根源に由来し、人が真実を理解するためには、自然を含めた物質的な世界を超える必要がある、という哲学の信念。
S 「自然は超えてやるみたいな」自然を超えるっていうこと、結果、人間味を出すっていうことですね。 ところで、モンテヴェルディがこの《ヴェスプロ》の中で試した新しいことってなんでしょうか?
H 1608年くらいですから、マドリガーレ集はもう第5巻まで出ており、お初なアイディアはあまりないかも知れませんが、ムーア風やスラブ風といった異国情緒的なことで、この曲が初めての試みということはあるかもしれません。あらゆる手段を取り入れようとしています。自身のベストを尽くすといった場合にはどうしてもそうなるとも言えるでしょう。
S ヨーロッパにおけるバッハの受難曲や《クリスマス・オラトリオ》、ヘンデルの《メサイア》、あとアメリカにおけるチャイコフスキーの《くるみ割り人形》や日本でのベートーヴェン《第九》などと違い、聴くシーズンをそこまで厳密に限定しなくてもいい楽曲かと思うのですが。
H そうですね。ヴェスプロの季節を設定して、集客に結びつけるのは難しいでしょう(笑)でも、ヨーロッパではこの曲の上演はすごく盛んになってきました。
公演プログラムに書きましたが、これは結婚式のお祝いの音楽として書いている(注)という意見をとり入れているので、真の意味での宗教的な行事と絡めてという考えは薄かったかもしれません。
*注)《ヴェスプロ》誕生の契機については諸説あるが、モンテヴェルディが仕えていたマントヴァ公ヴィンチェンツォ・ゴンザーガの息子フランチェスコとサヴォイア家のマルゲリータの結婚の祝祭(1608)のために書かれたという見方がある。
S この曲も概ね作曲家の楽器指定があると思いますが、“この時代あるある”で、ある程度自由な編成で演奏してきたかと思います。濱田先生×アントネッロのプロダクションでは、いつも楽器を増やしたりとか、何かしら新しい試みが多いですが、 オーケストレーションを決める上で何か大切にしていることはありますか?
H 以前は「作曲家が何を望んでいたか」にこだわっていたんですけれども、そこは徐々に「これぐらいならいいだろう」と許容範囲で増やしたりしています。一歩離れてみると、何も調べてなくて(笑)
フィレンツェの流行へのアンチテーゼ
S 《ヴェスプロ》の話で最後にもう一つ。この作品を書くの前の1607年に、モンテヴェルディは《オルフェオ》を書いてます。オペラを書き始めた頃って、まだオペラがオペラとして確立してなかったこともあって、モンテヴェルディの音楽劇的なものが、後の時代のヘンデルなどが書いたオペラとは明らかに違うと思います。初期のオペラのあり方について、濱田先生が思うところを教えていただけませんか?
H そうですね、あの時代は…フィレンツェでやっていたのが、オペラじゃないですか。
S カメラータという集団、芸術家と知識人が集まって古代ギリシャの音楽と劇の統合の復興を目指してたやつですね。
H 《オルフェオ》を見ていると、モンテヴェルディはフィレンツェで流行っていたものに一石を投じたかったんだという気がします。彼はやはり「音楽だ!」って言いたかったんだと思うんですよ。 オペラ作品のほとんどの部分を司るレチタール・カンタンド(recitar cantando 歌い語り)の感じもだいぶ違います。そして、このレチタール・カンタンドこそ、その後の時代とは違う魅力を放っていると思います。
S そういう意味では、いわゆる「バッハやヘンデル、後期バロック苦手です」という人でも、ひょっとしたらモンテヴェルディはこの曲けっこう聴けるんじゃないかって信じています。
H あり得ると思います。現代人にとっては、新鮮だし、同時に現代との共通点も多いです。
怖くないモンテヴェルディ!
S 時事ネタで申し訳ないんですが、Twitter(新:X)で先日「素養のある人だけが入ってこられるから、音楽に価値があって感動があるんじゃないか」と・・・。この「素養がある人だけが」って限定するところに、僕自身、少しトゲを感じました。
H ともすると、 「古典」が好きな人というのは、自分のセンス力では芸術の良し悪し、好みが判断できない人も多いのかもしれません。「昔から残ってるものだからいい」とか、「外国のものだからいい」とか。
S クラシック音楽にひっついている、いわゆる「教養」に酔いしれている人が多いと。
H そうです。なので僕の見解は、聴衆はもちろんどんな方も大歓迎で、なるべく数多くの方に聴いてほしい、そして、その方たちが音楽的素養があれば、きっとわかって聴いてくださるので、さらにに嬉しいです。しかし、教養だけあって、耳のない人は若干苦手です。
S 何にも知らない人も楽しめて、素養がある人にもかみごたえがある…高松の古楽祭がそんな音楽祭になるように、これからも頑張ろうと思います。
ででで、モンテヴェルディ! 最後にPRではないですが、「怖くないモンテヴェルディ!」と題して、推しのモンテヴェルディを語ってください。
H モード(旋法)を使っているので、普通の人が「クラシックだ」と感じる調性音楽の要素がちょっと少ないと思うんですよね。メロディーも含めて、クラシックというより、ラテンポップスの先祖だという色合いが強く、とてもロマンチックでセンチメンタルです。ぜひ、モンテヴェルディの《ヴェスプロ》を体験してみてください。
【Information】
濱田芳通&アントネッロ 第16回定期公演
C.モンテヴェルディ「聖母マリアの夕べの祈り」
2024.1/5(金)19:00 川口リリア 音楽ホール
指揮:濱田芳通(リコーダー)
管弦楽:アントネッロ
独唱・合唱
ソプラノ:陣内麻友美 鈴木美登里 中川詩歩 中山美紀
アルト:新田壮人 野間愛
テノール:小沼俊太郎 田尻健 前田啓光
バス:谷本喜基 松井永太郎
濱田芳通
Yoshimichi Hamada, conductor / recorder / cornett
我が国初の私立音楽大学、東洋音楽大学(現東京音楽大学)の創立者を曾祖父に持ち、音楽一家の四代目として東京に生まれる。桐朋学園大学古楽器科卒業後、スイス政府給費留学生としてバーゼル・スコラ・カントールムに留学。リコーダーとコルネットのヴィルトゥオーゾとして国内外にて数多くの演奏活動、録音を行い、海外でリリースされたCDは全てディアパソン5つ星を獲得、高い評価を受けている。2013年バロック・オペラ上演プロジェクト<オペラ・フレスカ>を立ち上げ、指揮者としてモンテヴェルディの3大オペラ《オルフェオ》《ウリッセの帰還》《ポッペアの戴冠》、カッチーニ作曲《エウリディーチェ》(本邦初演)、ヘンデル作曲《ジュリオ・チェーザレ》、レオナルド・ダ・ヴィンチが関わったとされる劇作品《オルフェオ物語》(本邦初演)等、オペラ創成期からバロックに至る初期のオペラ作品を取り上げている。一方、戦国時代にヨーロッパから日本へ伝わった南蛮音楽の研究もライフワークとしており「天正遣欧少年使節の音楽」「エソポのハブラス」「フランシスコ・ザビエルと大友宗麟」等のテーマによりCDリリース、芝居付き演奏会を行っている。
x(旧Twitter) / @Anthonello_
https://www.anthonello.com
著書『歌の心を究むべし』(アルテスパブリッシング)
古楽アンサンブル《アントネッロ》主宰
受賞歴
2005年 第7回ホテルオークラ音楽賞
2015年 第28回ミュージック・ペンクラブ・ジャパン音楽賞(室内楽・合唱部門)
2015年 第14回佐川吉男音楽賞
2019年 第6回JASRAC音楽文化賞
2020年 第50回ENEOS音楽賞 洋楽部門 奨励賞
2020年 第17回三菱UFJ信託音楽賞 奨励賞(レオナルド・ダ・ヴィンチ プロデュース オペラ《オルフェオ物語》)
2021年 第53回サントリー音楽賞
2021年 第19回三菱UFJ信託音楽賞 奨励賞(G.F.ヘンデル オペラ《ジュリオ・チェーザレ》)
柴田俊幸
Toshiyuki Shibata, flute/flauto traverso
フルート、フラウト・トラヴェルソ奏者。大阪大学外国語学部中退。ニューヨーク州立大学卒業。アントワープ王立音楽院修士課程、ゲント王立音楽院上級修士課程を修了。ブリュッセル・フィルハーモニック、ベルギー室内管弦楽団などで研鑽を積んだ後、古楽の世界に転身。ラ・プティット・バンド、イル・フォンダメント、ヴォクス・ルミニスなど古楽器アンサンブルに参加し欧州各地で演奏。2019年にはB’Rockオーケストラのソリストとして日本ツアーを行った。ユトレヒト古楽祭、バッハ・アカデミー・ブルージュ音楽祭などにソリストとして参加。アントワープ王立音楽院音楽図書館、フランダース音楽研究所にて研究員として勤務した。たかまつ国際古楽祭芸術監督。 『音楽の友』『パイパーズ』『THE FLUTE』Webマガジン『ONTOMO』などに寄稿。
x(旧Twitter) / @ToshiShibataBE
Instagram / @musiqu3fl711
https://www.toshiyuki-shibata.com