INTERVIEW 太田弦(九州交響楽団 首席指揮者)

フェスタサマーミューザに九州交響楽団が初登場。昨年3月に20年ぶりの東京公演を実現したばかりの九響だが、そのときは前音楽監督の小泉和裕の集大成としてのタイミングで、盤石の完成度を示した。今回は2024年4月から新たに首席指揮者を務める太田弦が率いて、次なるステップを関東の聴衆に示すことになる。
「九響との初めての関東公演で、すごくうれしいです。小泉先生の東京公演に続くような形で実現できるのは九響にとってもありがたい機会です。実際に聴いていただき、九響の音の厚み、パッションを楽しんでいただければ」
太田弦は尾高忠明と高関健に師事し、2015年東京国際音楽コンクール〈指揮〉で第2位・聴衆賞を受賞、この10年ほどは各地の客演でも成果をあげてきた。今年31歳、まだ若手という年齢ではあり、九響首席指揮者は大抜擢といっていいだろう。
「九州にはゆかりがなく、最初に訪れたのは2018年に初めて九響を振るときでした。オーケストラは最初から温かく迎えてくれました。当時まだ24歳ぐらいで、初めての若い指揮者に対してここまでやってくれるんだと驚いたのを覚えています。そこからたびたび共演しましたが、まさかこのようなポストのお話が来るとは全然思っていませんでした」

首席指揮者にという話が来たのは、発表の半年以上前のまだ20代の段階だったという。最初は“まさか小泉和裕の次にとは”と信じられないくらい驚き、迷ったと振り返る。
「僕の性格的にもこの歳で大きなポストを持つのはどうかとすごく悩み、小泉先生が長年かけて作ってこられたものを僕が崩してしまうことも恐れました。ただ、なかなかいただける話ではないですし、何よりもやっぱり九響の音、音楽性や人間性がすごく好きで、がんばってやってみようと決意しました。コンクールの頃は30歳で指揮者デビューできれば十分という人生設計でしたが、ありがたくもだいぶ逸脱してしまいました(笑)」
こういうチャンスがくるのも、実力に加えて、何事にも誠実な姿勢が呼び込んだものだろう。就任1年目を走り抜けて、密に過ごした結果、「先月、さまざまな場面をみていたマネージャーから『ファミリーになった感じがする』と言われました。1年経って関係性が自ずと変わり、自然な感じに収まってきているようです。今のところ、僕はとてもハッピーです。オケのみなさんもそう思ってくれているといいんですけど(笑)」
九響の演奏とファンについても、明るく前向きなエネルギーを感じている。
「九響の音は、ひと言でいうなら“ラテンだな”と(笑)。私と同じ北海道出身の楽員も多かったりしますが、不思議なことに出てくる音は明るい感じになります。発展し続けている福岡の街のオープンな雰囲気も影響しているかもしれません。お客さんの熱量の高さも感じられ、びっくりするくらいブラボーがきこえたり、表で話しかけてくれる人が多いのは、土地柄なのでしょうか。ありがたい限りです。あとはもう少しお客さん全体の人数を増やしていきたいと考えています」

太田&九響の始まりの曲——ショスタコーヴィチで勝負
8月7日のサマーミューザは小出稚子「博多ラプソディ」で開幕。2020年に九響が委嘱した曲で、コロナ禍初期の2020年7月17日に初演。太田は昨年秋に初めて演奏したとのこと。
「福岡・博多を代表するお祭りの博多祇園山笠と博多どんたくの要素でできていて、そういうカルチャーを知ってみると実に博多らしい曲で楽しく、今回持っていくのにふさわしいと思いました。博多のお祭りの雰囲気を表現したいです」
続くプログラム、ビゼーの歌劇《カルメン》から5曲と、ショスタコーヴィチの交響曲第5番も、さまざまな観点から注目となる。この2作の組み合わせについては、少々マニアックな狙いもあるようだが、その関係性は「お客様にご自身で気づいていただけたらうれしいなと思っています」とのこと。とはいえ、このカップリングでの演奏会は意外と稀少で、その面でも楽しみなプログラムだし、〈ハバネラ〉等のアリアを、各地で活躍する人気のソプラノ高野百合絵の歌声で聴ける。
「僕はまだ高野さんと共演したことはありませんが、九響とはよく共演されていて信頼も厚い方です。今回この機会にご一緒できて、カルメンを歌っていただける、しかもメインのシンフォニーにまで関連を持たせられるということで、うれしい機会です」

メインのショスタコーヴィチ5番は、昨年4月の就任記念の最初の定期で取り上げた曲で、その再演となる。
「サマーミューザのウェブサイトで“太田の得意曲”と書いてくださっていますが、私はゆるくて朗らかな性格で、ショスタコーヴィチの厳しさを表現できるかという意味で、実は以前はむしろ苦手な方の曲でした。でも、振っていくうちに、自分の人間性とは異なるもののほうが、結果としてうまくいくこともあると気づかせてくれた曲でもあります」
本作は就任記念公演の成功により、“太田&九響はこの曲で始まった”という挨拶代わりの重要作にもなっており、就任後1年の進化・深化もこの上なく明らかになる。最近の太田の充実ぶりを体験するにつけ、この日も“得意の作品”の壮烈な快演になるに違いない。
インタビュー最後に、自ら「自分のことではありませんが、今回のサマーミューザは東京藝術大学で同期だった松本宗利音くんと阪田知樹くんもN響で出演すると知り、同じお祭りに同期たちと参加できるのがすごく嬉しいです!」と強調していた。音楽の喜びを広く共有していきたいという太田の明朗で気取らないパーソナリティと、活力とパワーのみなぎる九響の新時代を示す公演、大いに期待できそうだ。
取材・文:林昌英
写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール
フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2025
2025.7/26(土)~8/11(月・祝)
九州交響楽団
熱狂のシンフォニック★ナイト
2025.8/7(木)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
(18:00開場/18:20〜プレトーク)
出演
指揮:太田弦(九州交響楽団 首席指揮者)
ソプラノ:高野百合絵*
曲目
小出稚子:博多ラプソディ
ビゼー:歌劇《カルメン》から*
第1幕への前奏曲
ハバネラ
セギディーリャ
第2幕への間奏曲(アルカラの竜騎兵)
ジプシーの歌
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調 op.47
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/
特集:フェスタ サマーミューザ KAWASAKI 2025
川崎の夏を彩るオーケストラの祭典が今年もやってくる!ホスト・オーケストラの東京交響楽団をはじめとする首都圏の10団体に加え、九州交響楽団が初登場。計11のオーケストラが日替わりで熱き競演をくり広げる。注目の指揮者陣には、東響の音楽監督として最後の出演となるジョナサン・ノット、東京シティ・フィル常任指揮者の高関健、神奈川フィル音楽監督の沼尻竜典、新日本フィルの前音楽監督・上岡敏之、日本フィルを指揮する下野竜也と名匠たちが揃う。一方、九響の若き首席指揮者・太田弦をはじめ、出口大地、熊倉優、松本宗利音(しゅうりひと)、小林資典(もとのり)とフレッシュな顔ぶれも。「サマーナイト・ジャズ」、歌とオルガンで楽しむ「真夏のバッハ」、小川典子がライフワークとする「イッツ・ア・ピアノワールド」など恒例企画ももちろん健在。熱い夏の到来が待ちきれない!