
日本の民族的な響きからバルトークへ
指揮者の下野竜也が大阪フィルハーモニー交響楽団の第594回定期演奏会(2026.1/22,1/23)に登場。個性的なプログラムが組まれた。小山清茂の管弦楽のための「鄙歌(ひなうた)第2番」と、大栗裕の管弦楽のための「神話」という民族的な主題を扱った日本人作品に加え、バルトークの歌劇 《青ひげ公の城》を演奏会形式で取り上げる。プログラムについて下野に話を聞いた。
まずは、バルトーク作品への布石となるように選曲された2曲について。小山清茂の「鄙歌 第2番」は、日本フィルハーモニー交響楽団による邦人作品の委嘱企画「日本フィル・シリーズ」の第27作として生まれた1978年の作品だ。「西洋音楽のツールであるオーケストラで日本の音を出す難しさ」を乗り越えた作品のひとつだと下野は言う。
「ブラームスやドビュッシーの真似はできても、民衆が盆踊りを踊っているような音楽をこうしてオーケストラ作品にすることは、簡単なようでなかなかできないことです」

後者の大栗裕、「神話」の原曲は吹奏楽曲として、大阪市音楽団の創立50周年を祝して1973年に作曲されたもの。それが1977年に作曲者自身によってオーケストラ作品として書き直され、朝比奈隆指揮の大阪フィルが初演している。テーマは、まさに神話の「天照大神の岩戸隠れ」を扱う。
「大阪フィルの定期に単独でデビューした時(2002年)も、この『神話』とバルトークの作品を組み合わせました。『管弦楽のための協奏曲』でした」
さらに、それ以前の2000年に、ナクソスの『日本作曲家選輯』のシリーズで大阪フィルと録音した大栗裕作品集にも「神話」は収録されていた。大栗は吹奏楽ファンにはお馴染みの作曲家。「東洋のバルトーク」と称されることもあるが、「バルトークのことを『ハンガリーの大栗裕』という人がいるんですってね」と、下野はニヤリと笑う。

対話劇で描かれる陰惨な物語
広島交響楽団の音楽総監督を務めていた2023年にも、下野はバルトークの歌劇《青ひげ公の城》を同楽団と取り上げた。その時のソリストも今回と同じ、青ひげは宮本益光(バリトン)、その妻ユディットは石橋栄実(ソプラノ)というキャストだった。「私が心から信頼を寄せる二人です」と下野は語る。大阪フィルが《青ひげ公の城》に取り組むのは、1995年に秋山和慶の指揮で、そして2013年に井上道義の指揮で取り上げたのに続く3回目で、定期演奏会では初めてとなる。
『青ひげ伝説』をもとに創られた陰惨な物語だが、そこには哲学的な意味を込めた男女の機微が描かれており、「色々と考えさせられる内容だ」という。
「登場人物が主に二人なので、舞台上演でなく今回のように演奏会形式でも対話劇として充分に成立します。演出がない分、音楽に集中できますので、小説を読む時のように想像力を働かせて楽しんでください」
今回は若干の照明演出を加えての演奏が予定されており、冒頭に登場する吟遊詩人は俳優の田中宗利が演じる。
バルトークの友人のバラージュが手がけた台本は、おとぎ話の『マ・メール・ロワ(マザー・グース)』を原型としつつ、より深く人間の本性をえぐり出している。1911年にコンクールの応募作品として完成したこのオペラは、当初演奏不可能とされ、初演されたのは1918年。舞台は青ひげ公の城の中にある暗く陰気な大広間だ。
青ひげとユディットが7つの扉を次々と開けていくことで物語は進む。青ひげは「扉の中を誰も見てはならぬ」と言うが、ユディットは「あなたの城を明るくするのよ」と決然と言い放つ。
第1の扉は「拷問の部屋」、第2の扉が「兵器庫」、第3の扉は「宝物庫」。第4の扉が「花園」で、第5の扉が「広大な領地」、第6の扉は「涙の湖」で、そして最後の第7の扉は「3人の死んだ妻たち」である。「最後の扉は開けない」と言い張る青ひげに、ユディットが迫る言葉はいかに。
「バルトークに特徴的な『夜の音楽』の要素は、このオペラにも感じられます。歌われるハンガリー語のアクセントが直接的にあらわれますから、楽譜の上では複雑な書き方になっていますが、根底にはハンガリーの音楽特有の揺らぎがあり、それはわれわれのような東洋人にも親しみやすさがあると信じています」と下野は力を込める。「素晴らしいオーケストレーションが施されているので、それぞれの楽器の魅力が存分に発揮でき、大阪フィルならではの響きも楽しんでいただけます」。
演奏時間は1時間に満たず、オペラとしては比較的コンパクトだ。青ひげ城の部屋の扉が開くたびに広がる恐ろしい世界がいかに描かれるのか、この日を心待ちにしたい。
下野が大阪フィルの定期演奏会に登場するのは2年半ぶりで11回目。1997年に初代指揮研究員となって以来、四半世紀を越える関係を築いてきた。「大阪フィルでの2年間がなかったら僕は指揮者になれていなかった」という下野が指揮をする今回のコンサートには、彼自身の“原点への回帰”という意味も見出すことができるだろう。

取材・文:小味渕彦之
写真提供:大阪フィルハーモニー交響楽団
大阪フィルハーモニー交響楽団
第594回 定期演奏会
2026.1/22(木)、1/23(金)各日19:00 フェスティバルホール
出演
下野竜也(指揮)
青ひげ:宮本益光(バリトン)
ユディット:石橋栄実(ソプラノ)
吟遊詩人:田中宗利
曲目
小山清茂:管弦楽のための鄙歌第2番
大栗裕:管弦楽のための「神話」
バルトーク:歌劇《青ひげ公の城》op.11(演奏会形式)
問:大阪フィル・チケットセンター06-6656-4890
https://www.osaka-phil.com


