
右:小林有沙 ©Yoshinori Kurosawa
蔭にたゆたう色の深さやその美しい変貌に、ぐっと惹き込まれる音楽……ブラームスの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」(全3曲)は、情熱の陰翳を変幻自在に聴かせてくれる傑作だ。この3曲に心捧げたふたり──ヴァイオリンの小林美樹と、姉のピアニスト・小林有沙、それぞれ国際コンクールでの数々の受賞を経て広く活躍、優れた録音も重ねてきた姉妹が、全3曲のライブ録音を届けてくれた。どちらの楽器も主役級の表現を担う(渋くも素晴らしい!)ソナタの魅力を、姉妹デュオだからこその呼吸で響かせてくれる。
「中学生の頃は第1番『雨の歌』を目覚ましに設定していました」と笑うほどブラームスが大好きだった美樹に、姉の有沙も「内面に訴えかけてくる作風にシンパシーを感じます」と語る。
有沙「ブラームスはぶ厚い響きが特徴で、それをまずピアノが作るように書かれています。左手で弾く低音と、そこから自然に生まれる倍音がブラームスの鍵で、二人であわせた時のバランスが難しい」
美樹「ヴァイオリンも、高音より中低音をよく使うんです。盛り上がって歌いたいところに限って、音が出しにくい音域や重音が使われているのですが(笑)、決まるととても美しい。内にこもった情熱を表現したい音楽なんですね」
有沙「クライマックスかと思いきや、まだでした!みたいな曲のつくりがあったり(笑)。テンポ感も重要で、遅すぎると間延びしてしまうし、速すぎると気持ちが伝わらない。さらに、異なるフレーズごとにそれぞれに適したテンポがあって、その間で自然に心地良い変化をつくってゆくのがピアノなので、そこはこだわりました」
ロマンティックな表現、その濃淡を巧みに表現する姉妹の“歌”は、デリケートな緩急のコントロールが自然で絶妙だ。それでいて、作品の天才的な構築感を壊すことなく、歌と響きを満たす“器”の凄さもしっかり感じさせてくれる。
「弱音で人をはっと惹きつける音色や、そこにも本当に様々な表現があることの大切さも考えています」という美樹に、「私は妹の演奏で、まず音が大好きなんです!」と有沙も強調するように、艶の陰翳まで歌いこむヴァイオリンの音色表現は聴きどころ。そして「姉は、細やかさからオーケストラのように包み込む雄大さまで、表現の幅が凄く広い」と美樹も言うように、フレーズに溶けている響きの深みを確かに広げるピアノ表現の精妙……。ふたりの思いがしっかり乗りながら、熱い思いにも足をとられない確かさと美しさがある。ライブならではの空気感も含みながら、ブラームスに欲しい絶妙なポイントも実現した録音だ。
取材・文:山野雄大
(ぶらあぼ2026年1月号より)
SACD『ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ集』
オクタヴィア・レコード OVCL-00907
¥3850(税込)
2025.12/24(水)発売



