INTERVIEW カミラ・ニールンド
――現代最高峰のソプラノが東京春祭2026に登場!

Camilla Nylund
ソプラノ

 2025年秋のウィーン国立歌劇場来日公演《ばらの騎士》で素晴らしく若々しい声音で元帥夫人を演じ、客席を魅了したカミラ・ニールンド。フィンランド出身の世界的なソプラノだが、2026年の東京・春・音楽祭ではワーグナー《さまよえるオランダ人》(演奏会形式)に出演のほか、歌曲のリサイタルも開き、シェーンベルクの「グレの歌」にもトーヴェ役で登場する。ベテラン勢では最も忙しい一人だが、快く時間を割いてインタビューに応じてくれた。

 「フィンランドの小さな町の出身です。私の家はスウェーデン語話者なのですが、学校ではフィンランド語も必ず学ぶのね。スイスもそうでしょう。みなドイツ語とフランス語が話せるじゃない? そんな環境で育ちました。歌を始めた当初はミュージカル歌手になりたいと思っていましたが、16歳の時に、かのビルギット・ニルソンさんがフィンランドのタンペレに来られて、1週間のマスタークラスを開かれたのです。私も受講しましたが、この大ソプラノに自分の声を聴いていただけたことに本当に感激し、いつしか私自身もワーグナーを歌うようになりました」

 いまも、ニールンドのキャリアで中心を占めるのは、ドイツ・オペラの大役群。日本ではヨナス・カウフマンとの顔合わせで収録されたベートーヴェン《フィデリオ》の映像(2004)も話題を呼んだ。

 「あのチューリヒの舞台は、私には初めての《フィデリオ》でした。だからそれは緊張したんですよ。でも、結果としては私のキャリアにおいて新しいステップを踏むきっかけになったのです。アーノンクールさんの指揮と合わせるのも初めてでした……初めての役を演じるのって大変なことですよね! でもね、この年になっても私はまだ新役への挑戦心を忘れたくはないの。帰国したらプッチーニの《トゥーランドット》のお姫さま役にデビューします!」

 《フィデリオ》の主役は、無実の夫を救うため男装して敵陣に乗り込む気丈なレオノーレ。一方、先日の元帥夫人は年下の愛人を潔く手放す高貴な女性。そのどちらも活き活きと演じてきたニールンドはいま、《オランダ人》のゼンタには、どのような眼差しを寄せるのだろうか。

 「この娘役は2015年にベルリン、16年にヘルシンキで演じていますが、私のキャリアで、かなり『後からやってきた役』ではあります。でも、2018年にチューリヒでゼンタを歌ったら、その縁で《ワルキューレ》のブリュンヒルデ役のオファーも来たので、声の成熟法としては普通のコースではないかしらと思うのよ」

 では、改めてゼンタのキャラクターについて。

「歌に全力投球するのは勿論ですが、演じるのは難しい役。どういえば良いかしら……ほかの娘さんよりも遥かに自我が強く、親が考える普通の結婚などする気も無いですね。周囲の人たち、つまり、父親や乳母のマリー、幼馴染のエリックの状況も意識はしていますが、それよりも、肖像画だけで知っていた伝説のオランダ人が本当に現れたとなれば、『おとぎ話が現実になった』わけですから、それはもう夢中になるでしょう。その胸中は分かるのです。でも、演出家たちもこの役の解釈には実際悩むようで、ゼンタが『錯乱して幻覚を見た』と結論づけたりもします。ただ、今回の東京でのステージは演奏会形式ですし、強大な音楽に皆さまが身を委ねてくださったならと思います」

 最後に、歌曲のリサイタルについて。

「シベリウスのスウェーデン語歌曲とフィンランド語歌曲を両方とも歌いますから、どうぞご期待ください。ドヴォルザークの歌曲集はオリジナルのドイツ語で歌います。歌曲は一つひとつがオペラのミニチュアでしょう? 短い時間で、一つのドラマが完結します。日本の皆さまにもリートはとても好まれていると伺いました。ご存じですか? フィンランドって、人口比でオーケストラの数が欧州で一番多いのだそうです。皆さまも恵まれた音楽環境のもとでお過ごしと思いますが、私のリサイタルにもぜひ足をお運びいただければ幸いです。再びの来日を、私も楽しみにしています!」

取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:阿部章仁
(ぶらあぼ2026年1月号より)

東京・春・音楽祭2026

東京春祭 合唱の芸術シリーズ vol.13 シェーンベルク《グレの歌》
2026.3/25(水)19:00 東京文化会館
出演/マレク・ヤノフスキ(指揮)、デイヴィッド・バット・フィリップ(ヴァルデマール王)、カミラ・ニールンド(トーヴェ)、アドリアン・エレート(語り手)、NHK交響楽団(管弦楽)、東京オペラシンガーズ(合唱) 他

東京春祭 歌曲シリーズ vol.46
カミラ・ニールンド(ソプラノ) & ヨプスト・シュナイデラート(ピアノ)

2026.3/27(金)19:00 東京文化会館(小)

曲目/ワーグナー:「ヴェーゼンドンク歌曲集」 
   シベリウス:夕べに op.17-6、3月の雪の上のダイヤモンド op.36-6
   ドヴォルザーク:「ジプシーの歌」op.55 
   R.シュトラウス:悲しみへの賛歌 op.15-3、万霊節 op.10-8 他

東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.17 《さまよえるオランダ人》(演奏会形式)
2026.4/5(日)15:00、4/7(火)18:30 東京文化会館
出演/アレクサンダー・ソディ(指揮)、カミラ・ニールンド(ゼンタ)、ミヒャエル・クプファー=ラデツキー(オランダ人)、タレク・ナズミ(ダーラント)、NHK交響楽団(管弦楽)、東京オペラシンガーズ(合唱) 他

問:東京・春・音楽祭サポートデスク050-3496-0202 
https://www.tokyo-harusai.com


岸 純信 Suminobu Kishi

オペラ研究家。『ぶらあぼ』ほか音楽雑誌&公演プログラムに寄稿、CD&DVD解説多数。NHK Eテレ『らららクラシック』、NHK-FM『オペラファンタスティカ』に出演多し。著書『オペラは手ごわい』(春秋社)、『オペラのひみつ』(メイツ出版)、訳書『ワーグナーとロッシーニ』『作曲家ビュッセル回想録』『歌の女神と学者たち 上巻』(八千代出版)など。大阪大学非常勤講師(オペラ史)。新国立劇場オペラ専門委員など歴任。