
野村萬斎は、狂言での活躍にとどまらず、さまざまなジャンルに挑戦し、見事な実績を築きつづけている。
「人が見たことのないものをやるのが、世阿弥の言う『秘すれば花』だと思います」
近年の活動拠点の一つが、アーティスティック・クリエイティブ・ディレクターをつとめる金沢の石川県立音楽堂だ。ここではオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)とコラボレーションした、能狂言とクラシック、さらに他ジャンルの芸能も交えた創作舞台「萬斎のおもちゃ箱」シリーズを手がけ、好評を博している。
そのなかから、2024年制作のファリャの「恋は魔術師」で3月に全国ツアーを行う。
「この作品の持つフラメンコ的な要素と、日本の舞踊をミックスできないかと考えました。能狂言の女性は抽象性が強いのですが、ここではもっと具体的な女性らしさがほしい。群舞というのも能狂言にはあまりない。そこでネット・サーフィンをしてみていたところ、歌舞伎役者で女形も演じ、日本舞踊吾妻流の家元でもある中村壱太郎さんの存在を知りました。壱太郎さんもフラメンコに興味を持ち、ダンサーとも共演されている。そこで舞台を一緒に創ることをお願いしました」
萬斎は演出に加え、亡霊の役も演じる。
「能は“亡霊専門劇”というくらい(笑)、亡霊がよく出てきますが、『恋は魔術師』の亡霊にはコミカルなところもある。そこは狂言式のほうがいいと思い、自分でやることにしました」
今回は初演の2024年の舞台に、さらに改良を加える。日本舞踊の人数を増やしてより華やかにし、フラメンコ・ダンサーの工藤朋子にも参加してもらう。
「失敗を恐れずトライしないと、事件は起きない。再演をくり返して、よりよいものに仕上げていけるのが、公共劇場のよさです」
工藤も着物風の衣裳で日本舞踊的な舞もするなど、境界はあいまいになる。
「フラメンコのパルマという手拍子を採り入れることも考えています。みんなで踊り手をはやし立てて盛りあげるところは、能楽もフラメンコも似ています。それが、オーケストラの秩序立った響き、重層的な響きと組み合わされる。おおぜいの人間が集まって作りあげるライブ・パフォーミング・アーツの、かけがえのない醍醐味を味わっていただけたらと思います」
古典芸術の未来への危機感もある。
「能狂言もクラシックも、けっして未来は順風満帆とはいえない。若者の今の文化との乖離をどう埋めていくか。どちらの古典芸術にも揺るぎない根幹がありますから、それを踏まえた上で豊かに遊んで、クロスオーバーな作品創りをすることで、双方の観客が混じってくれたら素敵だと思います」
金沢という「保守性と、いろいろなものを受け入れる寛容性を併せ持つ町」に生まれた新しい舞台にいっそうの磨きをかけて、全国に発信するツアーだ。
「見たことのないような世界、クラシックの大迫力+日本舞踊の妖艶、能狂言の亡霊&コミカルに、本物のフラメンコも混ざった、この“事件”をぜひ目の当たりにしてください」
取材・文:山崎浩太郎
(ぶらあぼ2026年1月号より)
MANSAI with OEK —能・狂言×日本舞踊×フラメンコ×オーケストラ—
ファリャ「恋は魔術師」
2026.3/11(水)19:00 石川県立音楽堂 コンサートホール
3/17(火)18:30 サントリーホール
3/24(火)19:00 愛知県芸術劇場コンサートホール
問:石川県立音楽堂チケットボックス076-232-8632
https://www.oek.jp
他公演
2026.3/14(土) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール(025-224-5521)
3/15(日) けんしん郡山文化センター(024-934-2288)
※中村壱太郎は3/17のみ出演。公演によりプログラムが異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。

山崎浩太郎 Kotaro Yamazaki
1963年東京生まれ。演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(以上アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。
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