響ホールの音響設計を担当した専門家たちによる特別座談会 Vol.2

INTERVIEW 橘秀樹(東京大学生産技術研究所名誉教授) & 豊田泰久 & 石渡智秋(以上永田音響設計)

 1993年、北九州市制30周年を記念してオープンした北九州市立響ホールは、今年、開館30周年を迎えた。ガラスや耐火レンガ、鉄などが使われたユニークな内装と、⾳響設計により実現した明瞭で豊かな響きが特長の同ホール。北九州市出身でN響特別コンサートマスターの篠崎史紀氏も「響ホールはどの席でも良い音で聴ける。ホール自体が楽器の役割をはたしていて、このように素晴らしい響きのホールは世界でも数えるほどしかない」と語るなど、公演に訪れ、その響きを絶賛するアーティストも後を絶たないという。
 そこで今回、響ホールの音響設計に携わった専門家3名によるオンライン座談会を実施。参加者は、音響設計の全体監修・基本設計を務めた橘秀樹さん(東京大学生産技術研究所名誉教授)。そして橘さんの基本設計をもとに実施設計を行った永田音響設計から豊田泰久さんと石渡智秋さん。
 第2回は、ホール内装の特徴的な材質について。ホールの壁に用いられている北九州市ならではの素材とは……?

北九州市立響ホール

取材・文:本田裕暉

――響ホールの内装にガラスを積極的に使用することになったのは、どのような経緯からだったのですか?

橘秀樹

 これは設計者の石井和紘さんと私とで意見が一致したのです。昔から「ホールは木でつくるとよい音がする」ということがよく言われます。これは弦楽器などの連想からきているのだと思いますが、少なくとも科学的な根拠はありません。木で作っていても響きのよくないホールはいくらでもあります。吸音すべきところは吸音し、反射・拡散するところはなるべく高い反射性の材料を使うことが大切なのです。建築家も意匠的にガラスを使いたいとのことでしたので、こういったかたちになりました。

ガラスがふんだんに使われた響ホールの内装

――ガラスを用いたコンサート・ホールはどのくらいあるのでしょう?

豊田泰久

豊田 小さい面も含めて言えば調整室の窓などもガラスですから、その意味ではガラスを使っていないホールはありません。ただ、響ホールの場合はガラスを素材として大々的に使っています。そういう意味では数は多くないですね。橘先生が仰られたように、ガラスそのものが悪いということはないのです。ただし、使用にあたってはガラスならではの特性に応じた――例えば薄いガラスを使うと板振動によって低域が吸われるので、それを避けるために厚めのガラスをきっちり使う、というような工夫は必要ですね。

――ガラスを使うことにはどんなメリットがあるのですか?

 やはり反射性ですから、長い響きを実現するのに役立ちます。使ってよかったと思います。

石渡 響ホールの2階側壁のガラスは、客席に向けて凸面の曲面で音の拡散を図っています。素材選びや意匠設計者のデザイン、音響設計の意図がうまくバランスして、響きだけでなく見栄えも気持ちよく仕上がっています。

2階側壁の湾曲したガラス

――ガラスに加えて、1階側壁に製鉄所で使われる耐火レンガが用いられている点も特徴的ですね。

 レンガの使用自体は一般的な方法なのですが、響ホールの場合は溶鉱炉で一度焼いたものを使ったことにより、色合いがやわらかになりました。このホールの側壁は非常にきれいですよ。

味わいのある色合いが印象的な耐火レンガが使用された1階側壁

――舞台の奥側と客席の後壁のリブ格子には鉄パイプが用いられています。これも製鉄所の町、八幡に縁のある素材ですね。

 こちらは特段「鉄の町だから鉄で」という理由ではないのです。木の桟にすることが多いのですが、残響を可変にするためのカーテンを後ろに入れていますから、なるべく桟と桟の間の開口率を大きくしようという理由で強度のある鉄パイプにしました。

鉄パイプが用いられたステージ奥のリブ格子
客席後壁のリブ格子

豊田 後壁もステージの後ろ側もそうなのですが、音を透過(素通し)させるために、開口率を上げる必要がありました。そのためには材料がしっかりしている必要があり、鉄格子を用いることになったのです。開口をたくさんとって、音は素通しにし、その後ろに吸音材や反射材を置いて響きを調節できるようにしました。大きな開口部(穴)を設けながら建築材料として強度を持たせるうえで鉄は使いやすかったのです。

石渡智秋

石渡 リブ格子の素材はやはり木が多くて、鉄が使われているところは少ないですね。響ホールは、後壁のデザインも特徴的です。私たちは「開口率何パーセント、隙間がどのくらい空いていればいいですよ」という話をします。それが響ホールのデザインでは、よくある縦格子ではなく色々なかたちになりました。様々な素材が本当にバランスよく使われています。側壁の折半形状のレンガ壁、ガラスの曲面など、意匠設計者のデザインと音響設計の融合が様々なところで見られますので、ぜひ注目していただけたらと思います。

(Vol.3につづく)

Profile

橘秀樹
東京大学工学系大学院博士課程(建築学専門課程)修了。東京大学名誉教授。
東京大学生産技術研究所で建築音響や騒音・振動制御の研究に取り組む。
北九州市立響ホールのほか、横浜みなとみらいホール等日本各地のコンサートホールの音響設計・コンサルタントを務める。

豊田泰久
広島大学附属福山高校卒後、九州芸術工科大学の音響設計学科に入学し、コンサートホールの音響設計に関する技術を学んだ。1977年大学卒業後、(株)永田音響設計に入社し今日に至る。ロサンゼルス事務所とパリ事務所の代表を務めた後、現在はエグゼクティブ・アドヴァイザー。

石渡智秋
株式会社永田音響設計 プロジェクトチーフ、法政大学大学院兼任講師。
芝浦工業大学大学院修了。修士論文研究を東京大学生産技術研究所 橘秀樹教授のもとで行う。北九州市立響ホールをはじめ、京都コンサートホール、ミューザ川崎シンフォニーホール、台中国家歌劇院(台湾)等のプロジェクトを担当。

北九州市立 響ホール
https://www.hibiki-hall.jp